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 最悪だ。
 雨が降った。突然のこと。さっきまで晴れていたのに、一瞬で。天気予報だってこんなこと教えてくれなかった。
 大学4年、夏。
 仕方なく駆け込んだ高架下にて、座り込んで本を開いた。たまたま近くを自転車でかけていてよかった。ここが何もない一本道だったらもっとずぶ濡れになっていたはず。
 きっと通り雨。空晴れていて、突然の雨が降った。すぐにあがるだろう。それならしばらくここで雨宿りをするのが最善だ。高校生の頃、よくここで参考書を開いていたことを思い出して、最近は全く来なくなってしまったな、と、そんなことを考える。
 数年前の記憶だけれど、ここで雨を見ると、思い出す記憶がある。

「─────あれ、ごめんなさい、先約がいた」

 突然の声に、ふと、横を見ると。
 突然の雨に降られて、僕と同じように雨宿りしにきたのだろう、綺麗な女の人が立っている。
 僕が言葉を発する前に、躊躇いもなく僕の横へやってきて腰を下ろした彼女の声と行動に、どこか聞き覚えがあるような気がして何も言えなかった。だって、思い当たる節がある。
 いや、そんなわけはない。でも。
 あの日から、何度もここへ通ったけれど、結局2度と会えることのなかった、─────”予兆”。
 あの時は、ドレスを着ていたし、髪は上手にセットされていて、髪色はもう少し暗くて、何よりもっと、震えた声をしていた。でも、あれ、もしかして、もしかするのかもしれない。数年前の記憶。高校生の自分が、初めて感じた、予兆。

「久しぶりに来たなあここ、やっと戻ってきた」

 やっぱり、聞き覚えがある。柄にもなく緊張して、彼女の方を見ることができない。確認するのが怖い。もしも、数年越しに会う、ウエディングドレスの彼女だったら。

「……戻ってきた、ていうのは、」
「わたし数年前に上京してさ、そうそう、あの時、人生最大の大失恋をしてね」
「突然雨が降った日、ですか」
「ふふ、懐かしい、何年経ったんだろ」
「……こんな偶然あるんですか」
「きみは大きくなったなあ、何歳になったの?」
「大学4年ですけど…」
「そっか、じゃあ私より5歳も年下だったんだ」

 あ、やっと、初めて、知る。
 名前も年齢も住んでいるところも生きてきた環境も、何も知らなかった。だけど、もし、次会えたら、何も知らない初対面の他人を、超えてみたいと思っていた。たった一瞬のあの雨の日のことだけれど。
 これは、人生で2度目の、予兆、なのかもしれない。

 ─────『突然の雨が降ったら、その後きっと晴れるはず。運命だったらね』

 数年前、彼女が言った言葉を思い出して、こんな伏線回収の仕方、やっぱり敵わないと思う。


「久しぶり、少年。私のこと覚えてる?」


 一瞬の通り雨が止んだ。信じられないくらいの青空が広がった瞬間のこと。
 横に並んだ彼女が頬杖をつきながら僕の顔を覗き込んだ。
 にこりと笑った彼女に、あの日のウェディングドレスが重なる。言い逃れはもうできない。
 息を呑む。頰が熱くなるのは差し込んだ太陽の光のせいか、はたまた突然現れた彼女のせいか。


「もう一度会えたら、運命と呼ぶことにしようって、思ってました」


 数年振り、2度目、視線が重なる。雨はもう降っていない。



【candy rainy sunny】fin.