2学期から、ハルキはあまり学校に来なくなった。一応卒業はするためにちょくちょくは来ていたけど、それもほんの少しだ。授業に出ないで、学校内の写真を撮って回っているなんてことも珍しくなかった。
 私はあの狭苦しい空間で、今もシャープペンシルを握っている。
 あの時よりもずっとずっと前向きに机に向かっている自分は、多分ハルキがいなかったらとっくの昔に壊れていたと思う。

 秋が終わって冬になると、ハルキは出席日数はもう足りていると言ってパタリと学校に来なくなった。
 私も周りも自分の受験で精一杯で、誰かのことを気にしている状態じゃなかったが故に、ハルキの存在はほとんどクラスから消えてしまった。

 それから半年後。
 私は無事第一志望の大学へ合格した。
 ハルキはついに卒業式も姿をあらわすことはなくて、連絡もとれなくなってしまった。
 新生活が始まる準備で忙しくて、私も段々とハルキのことを考える時間が減っていった。


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 大学の入学式が終わってから程なくして、私の元へ一本の電話が入った。
 携帯に表示されたのは相沢の文字で、卒業してから一回も連絡をとっていないのになんだよ、と思いながら通話ボタンを押す。

『なあ、ちょっとネット開けよ!』

 第一声がそれで、私は拍子抜けしてしまう。イキナリかかってくるもんだから、もっと緊急な連絡かとでも思ったじゃないか。

「もう、なによ? イキナリ電話してきて」

 私は渋々スマホをスピーカーにしてネットを開く。相沢が『いいからニュース欄を見ろ』と急かすので、最新のニュースを順番に見ていくと、その中の1つに、私は目を疑った。
 何故ならそこに、ハルキの名前があったからだ。

『 夏川 春樹 史上最年少で大賞を受賞』

 そんな見出しを見て、私は息を呑んだ。
 夏川春樹、間違いなくハルキの名前だ。ハルキの名前が、載っている。
 私は震える手でその記事をクリックする。画面が変わり、ハルキの顔写真と、記事全面が現れる。スピーカーにしたスマホから相沢が何かを言っているのがわかるけど、何も耳に入ってこなかった。
 その記事によると、ハルキはあれから色んなコンテストに作品を出していて、今回初めての受賞で大賞を取ったというのだ。しかもそれは日本で1番大きな写真のコンテストで、史上最年少で大賞を受賞したらしい。
 胸に、喉元に、なにかがこみ上げてくる。目頭がじわりとあつい。あの日のハルキの笑顔が、私の脳内をよぎる。
 ハルキは頑張ってたんだ。
 自分の道を、たった1人で、歩いていたんだ。
 さらに下へとスクロールしていくと、大賞を受賞したハルキの作品が載っていた。
 それを見て、私は、驚いてケータイを落とした。相沢がなにか言っているけど聞こえやしない。

 だってそこに写っていたのは、あの時ハルキが撮った、私の写真だったのだ。

『戦闘少女』

 それは1番最後にハルキが撮った、泣きじゃくる私の姿だった。夕陽の反射で顔は見えないけれど、セーラー服姿のわたしが泣いていることが伝わってくる、力強い一枚。

 目から熱いものがこぼれ落ちる。
 どうして、だってこんなの、わたしは全然強くない。弱さを全部さらけだした、こんな私の写真を、どうしてハルキは選んだの。ハルキ─────ハルキ。
 私は溢れ出る涙をどうにかこらえ、滲む視界の中、ハルキへのインタビュー記事を読んだ。

『この度は、このような賞を頂き、本当に嬉しく思っています。この写真に写っている彼女を見て、どうして戦闘少女なのかと問う人もいるでしょう。
僕はこの写真の副題を強さだとしています。
実際、僕は彼女のことを弱くて脆いのだと思っていました。しかし、弱さをさらけ出し、涙を流すこの姿を、僕は強さと呼ぶのではないかと思うのです。
彼女は不安定でありながら、とても強く、とても輝いていた人でした』

最後の方は涙でうまく読めなかった。ハルキは、夢を叶えた。ひとりで戦っていたのかな。ううん、きっと私も、一緒に戦っていたんだ。
 落としたスマホから相沢の声がする。

『今だから言うけど、あいつずっとお前のこと好きだったんだよ』

 私は相沢にこたえることなく、ただひたすら、止まることのない涙を流して画面を見ていた。
 ハルキが撮った、闘う私の姿を。

『なあおい、柊聞いてるか? あいつさ、写真始めた時から、いつか柊を被写体として撮りたいって言ってた。あいつ多分、お前に相当勇気もらってたと思うよ。てかその写真だってさ、実際柊がいなかったら大賞なんて取れてなかったわけで』

 相沢の言いたいことはよくわかる。ハルキはきっと、どんな理由であれ私のことを見ていてくれたのだ。ずっと、ずっと。だからあんな風に、不安定な私を理解してくれたのだ。

『あいつ、多分もう日本にいないと思う。その記事にも書いてあるけど、これから世界を飛び回って写真を撮るって。でっかいカメラマンになるよ、あいつは。本当に、すごいよな。あいつ、本当にすごい。』

 ハルキは、あの時言っていた。
 大賞をとったら、誰にも笑われず、恥ずかしくないと。
 ハルキ、今、誰もがあなたを認めているよ。こんな馬鹿げた世界でも、ハルキはちゃんと自分で道を作って、その上を歩いているんだね。

 もうきっと彼には会えないだろう。
 彼は有名なカメラマンになって、世界を飛び回っている。私の手の届かないところへ、彼は自分で道を作ったのだ。
 私は、あの夏を決して忘れることはないだろう。もうきっと一生着ることのないセーラー服と、一生感じられることのないであろうあの感情を、いつまでも胸に抱えて生きていくんだ。
 そして、もしもハルキにまた出会えたら、きっと私は笑顔で言うんだ。

「ねえ、また写真撮ってよ」って。




【セーラー服と戦闘少女】 Fin.