「日本列島には古来から旧石器・縄文時代のイヌや弥生時代のブタ・ニワトリ、古墳時代のウマ・ウシなど家畜を含め様々なものが海を越えて伝わりましたが、羊の飼育及び利用の記録は乏しいんですよ。これは中々面白いと思いませんか」

 いつだったか、日本史の授業中、先生が言った。昼食を食べ終えた午後の眠気のなかで、机に肘をついてなんとか体勢を整えていたときだ。
 年老いた口数の少ない先生が、その時はやけに饒舌だったせいだろう、いやに鮮明にその話を覚えている。

「日本で羊が食用としてあまり馴染みがないのは、歴史と風土に基づいているんですよ」

 僕は窓際の席から涼しい風を感じながら、目線の上で穏やかな表情をした先生と小難しい教科書を行ったりきたりする。
 僕が住んでいる地域に羊という動物は馴染みがない。一度幼い頃に親に連れられた動物園で、あの毛並みを雲のようだとおもったくらいだ。

「明治期に入るとお雇い外国人によって様々な品種のヒツジが持ち込まれましたが、冷涼な気候に適したヒツジは日本の湿潤な環境に馴染まず、多くの品種は定着しなかったそうです。僕はジンギスカンがとても好きなので、この事実が少し悲しくあるんですよ」

 先生、僕、羊の肉を食べたことがない。
 慣れない土地に持ち込まれた外来種。強さと適応力がなければ生きてはいけない。自分たちには馴染まないこの国の風土の中、北の陸で、やっと居場所を見つけた羊たち。
 僕はそれを、なんとなく、自分のようだな、とおもった。