それはありふれた話だ。

 僕の心友が死んだ。夏休みの部活帰り、夕暮れ時の交差点。自動車に轢かれてあっけなく、彼の身体は宙に浮いたそうだ。全身血まみれの彼を運転手が車から降りてきて揺さぶったらしいけれど、その時点で既に息は細かったんだと。
 周りにいた通行人が慌てて救急車を呼んだけれど、間に合わなかったと聞いた。彼が息を引き取った瞬間、一緒にいたのは彼のことを誰よりも愛していた両親でもなく、いつも一緒にいた彼の彼女でもなく、彼を一番に理解しているはずだった親友の僕でもなかった。彼の命を奪った、彼の血のついた自動車を運転していた1人の男だった。
 ついでに言えば、僕はその時家で好きなバラエティ番組の録画を見ながらソーダ味の棒付きキャンディアイスを舐めていた。
 彼がこの世界から消えた瞬間、僕は四角い箱の中でくだらないギャグを発するくだらない芸人に、バカみたいに笑っていた。

 彼が死んだ瞬間、僕は、笑っていた。

 スマホが振動して彼の名前がそこに浮かび上がった時、僕は咄嗟に電話に出た。そこで聞いた彼の母さんの泣き声が、いつまでも僕の頭を離れないでいる。

『テツヤ、死んだの』

 冗談の類ではないとすぐにわかった。息子が死んだと報告する実の母親の声に対して『冗談だろ』なんていう安っぽいドラマは、やっぱり安っぽいドラマでしかなかったんだな、とどうでもいいことを思った。

 8月18日。僕の親友は死んだ。

 悔やむことがあるならば、彼と共有した時間がどこにも残っていないことだ。LINEのやりとりをするなら会った方がいいという考えの僕らは、メールもLINEもほぼしなかったのに加えて、写真もろくに撮らなかった。彼と僕が親友だったことを残すものが何もないことに気がついて、僕は本当に彼の親友だったのだろうかと不安になった。
  僕が彼にできることと言えば、今となっては仏壇の前で手を合わせることくらいだ。あんなにも隣で笑っていた彼に話しかけることすらできないなんて、顔を見ることすらできないなんて、どうかしてる。彼を轢き殺したあの運転手を、僕はこの手で、殺してやりたい。
 なんて、そんなこと出来ないけれど。心の中だけで憎ませてほしい。そうじゃなければこの想いの行き場がない。

 ふりだしに戻るけれど、これはありふれた話だ。僕の心友が死んだ。車に轢かれてあっけなく、彼はこの世からいなくなった。
 そして僕も、きっとあっけなくこの世から消えてゆけるんだろうと思った。彼が車に轢かれて旅立ってしまったように、僕がここから身を投げたら、彼の笑顔をまた見ることができるかもしれない。
 真下に広がるコンクリートの地面を見て、僕は片足を滑らせた。風が僕の足元を通り過ぎて、そのまま、重力が僕を引っ張った。

 彼にまた会えたら、今度はちゃんと親友らしいことをしようと思う。これは、僕の最期の願いだ。



【F R E E F A L L】