「――無理、かぁ……。しているように、見える?」

 美咲(みさき)の問いに、恵子(けいこ)はうなずいた。三月の半ばに引っ越してきてから今まで、弱音を一言も吐かずにがんばっている姿を、見ていたから。

「……そっかぁ」

 苦笑を浮かべる美咲に、恵子はすっとうどの酢漬けを差し出す。ほんの少しだけ醤油をかけているが、これは去年漬けたものだから、かなり酸っぱくなっている。美咲はそれを食べて――ぽろりと涙を流した。

「酸っぱいよ、これ」
「泣けていいでしょ?」

 涙を(ぬぐ)う美咲に、恵子は優しく微笑む。芽衣(めい)の『母親』として、美咲ががんばっているのは見ていればわかった。いつも気を張っているようで、時折見せる虚無の表情が気になり、ようやく問いかけることができたのだ。

「――直樹(なおき)さんが亡くなってから、いろいろあったけど……芽衣がいたから、なんとかがんばれたんだ」

 ぽつりぽつりと言葉をこぼしていく。

「そう……」
「うん。でもやっぱりさ、直樹さんのほうのご家族とは、ギクシャクしちゃって」

 軽く頬をかいて、眉を下げる姿を見て、恵子は小さくうなずく。

「だからこっちに帰ってきたの。芽衣とちゃんと話し合ってね。……でもやっぱり、まだ心の中に穴が空いている感じなの」
「……そうね、愛した人を亡くしたんだもの」

 恵子はそっと自分の胸元に手を置く。勇が亡くなったあと、その感覚を味わっている。ゆっくりと時間をかけて、その穴が小さくなっていくのを実感していた。

「お別れって、突然なんだねぇ……」

 美咲は眉を下げる。乱暴に目元を擦るのを見て、恵子は立ち上がった。そして、美咲のところに移動してそっと彼女を抱きしめる。

 ぽんぽんと彼女の頭を労わるように、慰めるように撫でると、美咲の涙腺が決壊したかのように大粒の涙が流れ始めた。

(泣くことを、我慢していたんだねぇ)

 芽衣の前では気丈に振る舞っていたのだろう。亡き夫を想って泣くことを我慢して、ここに帰ってきたのだろうと考えて、恵子はきゅっと唇を結ぶ。

「がんばったねぇ」
「……うん、私……がんばったよ。……直樹さんを、交通事故で亡くしてから、ずっと、ずっとがんばっていたんだよ……っ」

 抱きしめている恵子の腕に、縋りつくように美咲がしがみつく。その手が震えていることに気付いて、目を伏せてぽんぽんと優しく彼女の頭を撫でた。

 死別した、とは聞いていたが交通事故だったとは初めて聞いた。勇とは病死だったため、心の準備をする時間があったため、突然の別れに彼女がどれだけ驚き、嘆き悲しんだのだろうと考えてたまらずぎゅっと抱きしめる。

「うん、うん……がんばったねぇ。今日は『お母さん』をちょっと休んで、明日からまた元気な姿を芽衣ちゃんに見せようねぇ」

 恵子の言葉に、美咲はぽろぽろと涙を流しながらうなずいた。