健次郎は頭の中で考えを巡らせた。

──あの声の大きさ、聞こえただろうか、、。いや、あいつは家事で忙しい。大丈夫だ。しかしこれからどうする、、。

一旦落ち着け。

もし問い詰められても、言い訳は十分に考えてある。

あいつはオレがいないと生きてはいけない。

そして、どうすることもできない。

大丈夫だ。

そこで健次郎は思考を止めた。

「健くん!」

甘い女の声が聞こえた。

「りこ!」

健次郎はその女の名を呼んだ。

あの女は、ただの捨て駒だ。

職場で出会った、子持ちの独り身。

ちょうどいい駒だと思った。

ある仕事の計画を進めるための、、。

そして、この、本当の浮気相手、りこを隠すための、、。

でも、、まぁ、あの女の人柄に少し惚れていたのは否定できない。

「健くん、今夜、行ける?」

「あぁ、もちろんだ。レストラン、もう予約してある。」

「やった!」

りこが嬉しそうな笑みを浮かべた。

咲希との結婚は、親同士が勝手に決めた。

絵に描いたような、夫に従う妻だった。

最初は良かったのだ。

だが、子供ができてから、育児に忙しく、良い母になろうと必死だ。

良い妻には、、なろうとしない。

オレの気持ちをわかろうとしない。

いや、、オレが言っていないだけなのかもしれないが。

それでいいのだ。

あいつも、オレのことを信じているようで、少し遅く帰ってきても疑いもしない。

残業と嘘を吐き、りこに会っていても、明るく家に出迎えてくれる。

オレは、りことの時間が大切なんだ。

そんな思いを抱えながら、健次郎はりこに微笑みながらこう言った。

「じゃ、6時に集合だ。」

「わかったわ。」

健次郎はりこと会う約束をして、別れた。

健次郎は表では咲希を下に見ているが、実際は違う。

咲希は、健次郎の勤めている会社の社長の娘。

咲希の親により、健次郎の今の社会地位がある。

咲希と別れずに、りこと浮気をする、ということは自分を守るためのものだった。

咲希の親にこのことがバレると、、。

嫌な予感に健次郎は身震いをした。

健次郎は頭を振り、気を取り直し会社へ向かった。


───その姿を見ている人が、、いるのも知らずに。