会社に戻った私を出迎えたのは、夜雨の妹たち、月雨と光雨だった。
「影さん!よいちゃん何処に行ったか知りませんか?」
月雨が心配そうに訊いてきた。
「い、いつからいないんですか?」
──まさか、、。いや、あの子に限って、、。
急に変な不安が押し寄せてきた。
心臓が久しぶりに高鳴っている。
「昨日の夕方、仕事って言って、それっきり。」
俯いて光雨がつぶやいた。
──昨日はあの男の件があったから、、丸一日いない、ということか。
私の不安は絶頂に達した。
──あの子の行きそうな場所、、。あそこか?
「月雨、光雨、私と一緒に来てください。」
──あの子を止められるのは、、2人だけだ。
私は、復讐のために、、生きてきた。
裏山夜雨という人間を捨て、殺し屋雨夜として仕事をこなしてきた。
でも、夜雨の復讐心を殺すことができなかった。
だから、最後、私は影さんとの約束を守ることができなかった。
依頼人のため、、ではなく、私自身、裏山夜雨のために復讐をしてしまった。
ごめんなさい。
守れなくて。
そして、復讐が終わった、と思ったら、もう、私の生きる目的がわからなくなった。
あの憎い男を殺すため、私は今まで生きてきた。
だから、私はこれからどうすれば、どう生きればいい?
生きるって、、なに?
そう思ったら、、私の体は動かなくなった。
もう私のやることは、、終わったんだ。
そう、私の復讐は、終わったんだ。
終わったというのに、、この気持ちはなに?
嬉しい?
それとも、悲しい?
あぁ、、終わったからこんな気持ちなのかな?
お父さん、お母さん、嬉しい?
それとも、、、悲しい?
娘が、、こんな姿で、、どう思う?
私、、2人を殺した奴と、、同じこと、、しちゃった。
私、間違ってた?
正しいと思った道、、踏み間違えた?
ねぇ、、教えて?
私、、本当に復讐をして良かったのかな?
こんな私に、、人を殺した奴に、生きる資格って、、ある?
生きる意味なんて、、ある?
もう、、生きられない。
生きたくない。
早く、、早く、何処かへ、、消えたい。
◇◇◇
夜雨は、灯台にいた。
一日中、ずっと。
満点の星を眺め、夜が明ける様子を眺め、太陽に照らされる海を眺めた。
星夜と月光がそばにいてくれると、感じられる、灯台で、ずっと。
そして、
生きるって、、なに?
そう自問していた。
夜雨は自分自身を無くしかけていた。
日が沈みかけた頃、、夜雨はナイフを手に取った。
「私は、、もう、生きたくない。、、生きれない。だから、、。」
──お母さんも、、こんな気持ちだたのかな。こんなことした、私なんか、妹たちにも、、必要とされないよね、、。きっと葉月くんにも、、。
「みんな、さよなら。」
夜雨は目を瞑った。
そして、ナイフを首に、、。
「「よいちゃん!!」」
その声に、夜雨の手が止まった。
「どうして、、?」
驚いた声が響いた。
「来たらだめ!」
だが、次の瞬間にはそう叫んでいた。
「雨夜、、いえ、夜雨、ナイフを下ろしなさい。もう、、あなたの仕事は終わりました。もう、、それを持つ必要はありません。」
私は強い口調でそう言った。
──やっぱり、夜雨は死のうとしていた。死ぬとしたら、思い出の場所、灯台だろうと思っていた。まだ、、死んでいなくてよかったが、死のうとしている気持ちは変わってはいないようだ、、。
私はまだナイフを下ろしていない夜雨の姿を見つめた。
──なんとしても、、止めないと。
「影さん、、。」
唐突に夜雨が私の名を呼んだ。
「私、、影さんとの約束、破りました。依頼人のため、じゃなくて私のために殺しました。あの男を。もう、、私には生きる資格も生きる意味も、、自分で奪ってしまいました。だから、、」
夜雨は、大きく息を吸った。
「だから、、もう終わりにしたい。この手で私は私を殺します。そうしないと、、終わりにできない。」
涙目になりながら、夜雨は続けた。
「影さん。私の生きる意味って、、なんですか?私たち、罪を犯した者の、生きる意味ってなんですか?もう私、、どう生きたらいいのか、、わからないんです。」
「生きる意味、、。」
──私なんかが、、答えることのできる問いではない。私は、、復讐に生きる人間だ。
私は痛感した。
──やっぱり、私じゃ、この子を、、止められない。
「「よいちゃん!!」」
もう一度、2人が叫んだ。
「よいちゃんは、るうとみうを、、置いていくの?」
「お父さんとお母さんみたいに星になるの?」
「よいちゃんまで、、行かないで!」
「よいちゃん、、ずっと一緒って言ったじゃん!」
その2人の声で、夜雨は月光が亡くなった頃の出来事を思い出した。
◇◇◇
「私が、2人を守るから、、そばにいるから、だから、泣かないで。」
月雨も光雨も、お母さんがいなくなって泣き叫んでいた。
本当は、私も大声をあげて、、泣きたかった。
でも、、2人がいたから、泣かなかった。
私まで泣いたら、私たちを慰めてくれる人はいないから。
本当は、私も死にたかった。
なんて、この世は意地悪なんだろうって思った。
お父さんを殺され、お母さんは前を向いて歩いていたのに、好きな人はお父さんを殺した犯人で。
お母さんはただ遊ばれていただけだった。
そして、、お母さんも私たちの元から奪われた。
本当に、生きる希望を失くしかけた。
でも、月雨と、光雨がいた。
だから、死ななかった。
「私は2人と、、ずっと一緒にいるよ。」
と言って2人を抱きしめた。
◇◇◇
──そうだ、、。私は、2人と一緒にいるって、、約束した。誓った。
「よいちゃん。るうとみうは、、お姉ちゃんと一緒にいるっていうのが、生きる意味だよ。」
「よいちゃんと一緒にいるだけで、幸せだよ。それが生きる意味だよ。」
「よいちゃんのやることは、るうとみうと一緒に過ごすこと。」
「絶対に離れ離れにならないこと。」
「だって、、知ってるでしょ?大好きな人に、、置いてかれちゃう、気持ち。」
「もう会えないっていう気持ち。」
「もっと一緒にいたかったっていう、気持ち。」
「今すぐにでも会いたいっていう気持ち。」
「「知ってるでしょ?よいちゃんも。だから、置いていかないで。ずっと一緒でしょ?るうとみうはよいちゃんと離れたくない!よいちゃんは違うの?離れ離れになってもいいの?よいちゃんも、そうでしょ?」」
2人が泣きながら、夜雨に訴えた。
「私、、悪いこと、、したんだよ?そんな人がお姉ちゃんで、、嫌でしょ?」
夜雨のナイフを持つ手が震えている。
「悪いことをしたとしても、るうとみうのお姉ちゃんってことに変わりない!」
「血のつながった、、大切な大切なお姉ちゃんだよ!」
「誰かがなんと言おうと、胸を張って、るうとみうを1人で頑張って育ててくれたお姉ちゃんだって。」
「頑張り屋で優しくてカッコイイ、強い、大好きなお姉ちゃんだって、言うもん!」
「「大好きなお姉ちゃん、るうとみうと、、生きて!これから、、もっと幸せになろう!よいちゃんから、るうとみうは離れない。だから、よいちゃん!」」
しばらく夜雨は2人を眺めたあと、涙が頬を伝った。
夜雨はナイフを落とした。
夜雨に2人が抱きついた。
「ごめん、ごめんね、、。立派なお姉ちゃんって言われるように、、もっと頑張るから。もう、、こんなことしないから。ずっと、、一緒だから。」
2人を抱きとめた。
3人は涙を流しながら、でも、吹っ切れたような笑顔を見せていた。
──私の出る幕はやはりなかったようですね、、。
と心の中で呟き私は踵を返し、灯台を降りた。
「影!雨夜は?」
とこちらへ駆けてくる若い男がいた。
「葉月!どうして此処へ?」
夜雨とタッグを組んでいた男だった。
この件も夜雨と共に仕事をしていた。
「夜雨が心配で、、。今回の件、いつもより険しい顔をしていたし、様子がおかしかったので。連絡を取ろうとしても、取れなくなって。探していたんです。それで、夜雨は?」
前のめりになりながら葉月が訊いた。
「もう大丈夫です。今、灯台の上で妹たちといますよ。」
「よかった、、。」
大きく息を吐きながらそう言った。
「ところで、、どうして雨夜の本名を知っているんです?」
「え?!、、えっと、、訊いたので、、すみません、、。」
あからさまに顔を赤くして言い訳をしている。
──なんだ、妹たち以外にも、夜雨のことを大切に想っている人がいたじゃないですか、、。本当に、私の出る幕はないですね、、。
心の中で自嘲気味にそう言った。
「葉月、夜雨とはどうなんですか?」
「え?!えーっと、、まだ、、です。」
「しっかりしなさい。すぐ人に取られちゃいますよ。あと、、夜雨のこと、悲しませるようなことをしたら私が復讐しますから。」
「は、はい!」
敬礼でもするような勢いで返事をした。
「よろしい。」
──それにしても、葉月が夜雨のことを好きだったとは、、。そういえば、夜雨の様子がおかしかった頃、私に報告しに来たのも、、葉月だった、、。
夜雨の少し遅い青春を見るのも悪くないですね、、。
私は内心ほくそ笑んだ。
──私も、夜雨のこと、大切に想っていますからね。ずっと見守っていますよ。これからもよろしくお願いします。
灯台を見つめながら私は思った。
「生きるって、素晴らしいことなんだね。こうやって、2人と抱き合って温もりが感じられるから。2人から離れようとして本当にごめんね。もう何処にも行かないから。ずっと一緒にいるから。」
夜雨は2人の存在を確かめるように、抱きながら言った。
「「うん、ずっと一緒だよ!」」
「さ、一緒に、帰ろう。」
夜雨は2人と一緒に立ち上がった。
「あ、ちょっと待ってね。」
夜雨はナイフを拾った。
──影さんの言ったように、私にはもう必要のないものだ。そして、私の胸の中にある、復讐心も、、。
だから、、。
夜雨はナイフを海に投げ捨てた。
──私には、、もう必要ない。この両手には、2人の手があるから。
夜雨は右手と左手でそれぞれ月雨と光雨の手を握った。
「これからも、一緒に生きよう。」
自分自身に言い聞かせるように呟いた。
──お母さん、お父さん、私は、月雨と光雨と生きていきます。3人で、生きていきます。だから、見守っていて。
空に輝く星と月を見て、誓い願った。
その星は、嬉しそうに光っていた。微笑むように、3人の未来を照らしていた。
───
影の部屋に、新聞紙が置いてあった。
2つの記事が新たにスクラップされたのだった。
〈Z湾沖で男性の水死体発見。事件性は低いと見られる。元妻の証言により、自殺と断定か。自宅に遺書らしきものを発見。、、、〉
〈砦ヶ丘A町のマンションの一室で女性が密室の中で死亡しているのを発見。現場の状況から、自殺に見られる。服毒自殺を図ったよう。また、現場からは遺書が見つかっており、、。〉
というような内容だった。
───
外では明るい声が聞こえている。
「ほら!みんな笑って!夜雨可愛いよ!」
葉月がカメラを向けて言った。
「うるさいな!早く撮って!」
夜雨が顔を赤くした。
「よいちゃん照れてる!」
「ね、かわいい!」
顔を見合わせる月雨と光雨。
「もう、、葉月、早く取ってあげなさい。」
後ろから影が諭す。
「ハイ!いくよ!はいチーズ!」
カシャッという音が響いた。
◇◇◇
たくさんの写真と共にその写真は飾られた。
その隣には星夜、月光と一緒にいる夜雨、月雨、光雨の写真が飾られていた。
───了