一夜を過ごした相手は九尾の妖狐公爵でした。〜秘密の子供ごと溺愛されています〜

 私のうどんが女工さん達を笑顔にしてくれている。これまでやめなくて本当に良かったし、製糸工場での商売を提案してくれた裕一郎様へも感謝の気持ちで一杯だ。
 その後は女工さんや雪女のおばあさんと会話を楽しんでいると、あっという間に日が暮れた。彼女達は実家へ、雪女のおばあさんは宿へと去っていく。

「ふう……」

 彼女達とひとしきり会話していた間は、倦怠感とかしんどさがどこかへと吹っ飛んでいたようだ。部屋にひとりだけになった瞬間どこかからまた関節の痛みと倦怠感達が私の身体へ襲い掛かって来る。

「……っ」
「桜子さん、入るよ」

 スーツ姿の裕一郎様が部屋に入って来る。その手には書類が握られているという事は……まだ仕事中なのかな。

「お仕事中すみません……」
「気にしないで。君が大事なんだから」
「……あの、ちょっとだけわがまま言っても構いませんか?」

 何? と裕一郎様が口にしながら横髪を耳にかきあげる。その動きには色気が漂っていた。

「少しだけ甘えてもいいですか?」
「勿論。少しだけなんて言わず、たくさん甘えてよ」
「じゃあ、たくさん甘えてもいいですか?」
「ああ」

 裕一郎様が頷いた後、女中さんが廊下を歩く音が聞こえてきた。その音を聞いた裕一郎様は一旦退出すると、しばらくして真之をゆりかごごとこちらへと連れてくる。

「真之君も一緒でいいか?」
「! はい、もちろんです!」

 真之はゆりかごの中で眠っているが、まだ寝息が荒い。

「ありがとうございます……真之を連れてきてくださって」
「ゆりかごごとなら移動しても大丈夫だと思ってさ」
「確かに……」
「ねえ、桜子さん。今日は一緒に寝ない?」

 いきなりの提案に、私は慌ててそれはよくないです! と返した。だって裕一郎様に伝染(うつ)ったらまずいし……。

「大丈夫だよ。俺は気にしないで」
「で、ですが……」
「ほら」

 ふわっと彼の手が髪に触れる。どきっと心臓が跳ねた。

「……裕一郎様……それはずるいですよ」
「そうかな」

 なおも私の髪を優しく抱き寄せるように掴み、そこへ口づけを落とす。

「……裕一郎様。3人で一緒にいたいです」
「そうだな、俺も同じ気持ちだよ」

 裕一郎様の微笑みが、星のように輝いて見えている。
◇ ◇ ◇
 
 結局その夜は裕一郎様とベッドを共にしてしまった……! 勿論添い寝だけだけど、彼の九尾の尻尾にくるまれて寝ると身体がより温まっていつもより気持ちよく眠れた気がする。
 それに真之がそばにいたのも安心できた。彼は夜中に一度起こして、水分を取っただけで夜泣きしたり寝るのをぐずる事も無かった。
 あっという間に朝が来て、朝食のおじやを少しだけ食べると、昨日と同じく雪女のおばあさんや女工さん達が訪れて色々話をしてくれる。

「それで、今日の昼には帰るんですか?」

 女工さん達は明日から仕事だそうで、今日の昼過ぎには汽車に乗って製糸工場の寮へと帰るらしい。

「桜子さん、また屋台待ってますから!」
「身体、早く良くなりますように、祈っています……!」

 そういえば彼女達は私が裕一郎様との仲は知らないのかな? と思ったけど、ここで種明かしする必要も無いか。
 でも、式を挙げる日には彼女達も招待したい。去り行く彼女達のまだ幼さが残る背中を眺めながらそう思うのである。

「桜子さん、気を付けてね」

 雪女のおばあさんも部屋から去り、戻っていった。
 部屋には誰もいなくなったけど、幸い昨日よりかは症状は少しだけ軽くなっている。
 こうして数日が経過し、私と真之は回復する事が出来た。私が女工さん達や雪女のおばあさんと語っている時以外は裕一郎様が食事に気を遣ったりと看病してくれたのが何よりも大きかった気がする。真之のおしめも女中さんと一緒に変えてくれたり、身体をぬるま湯にくぐらせた手拭いで拭いてあげていたりもしていたそうだ。

「乗れるか?」
「はい、裕一郎様。今までありがとうございました」
「俺としても君と真之君が回復して良かったよ。これからもし何かあればすぐに頼ると良い」

 今から別荘を離れ、黒塗りの最先端を行く高級車に乗り込んで屋敷へと戻る。高級車のシートは革製で思ったよりも硬いが、これはこれで味があるかもしれない。
 車からは風が当たってちょっと冷たいけど、疾走感があふれ出してまるで空を飛ぶあやかしに自分を重ねてしまうくらいだ。

「裕一郎様って空飛んだりできますか?」

 ふと、あちこち目線を飛ばしている真之を抱っこした状態で、隣に座る裕一郎様へと尋ねてみると彼はもちろん。即答した。

「どうした? 一緒に空を飛んでみたいとか思ってる?」
「真之がもっと大きくなってから、3人で。あと空高い所でうどんでも食べてみませんか?」
「いいねえ。やってみようよ」

 これからも3人仲良くやっていきたい。あ、もしかしたら4人5人と増えていくかもしれないけど……。
 家族3人そろっている時が一番幸せだ。例えるなら熱々のうどんのだしくらい、あったかくて安心するから。
 ◇ ◇ ◇

 私と真之が屋敷に戻ってから数か月後。 
 日が経つのは早いもので、2カ月前に執り行われた結婚式が昨日の事のように思い起こされる。式は屋敷近くの神宮で、披露宴は屋敷でそれぞれ行われたのだが、それはそれは豪華なものだった。
 参列客も女工さん達や雪女のおばあさん達をはじめ、多くの人々やあやかし達が名を連ねると言う状況。食事も衣装も豪華で贅沢尽くしな日だった。

「よいしょっと……後はかけつゆを温めるだけ。そろそろ火を起こそうかな」

 今、私はいつものように製糸工場の空き区画でうどんの屋台の準備をしている。毎回多くの女工さん達が来てくれて、たまに裕一郎様も大好きなきつねうどんを頬張ってくれている。こうして私を愛してくれるだけでなく、私のやりたい事を続けてくれるようにもしてくれた裕一郎様には感謝しかない。

「ん、もうちょいで沸騰しそうかな……」

 一之瀬家についてだけど、結納金を納めてからどうなったのかはわからない。借金が増えた事で一家離散したと風の噂では聞いている。
 どうやら真千子は父親により遊郭に売られたという噂話も聞いた。真偽は不明らしいけど、もう彼女達とは関わる事は無いだろう。

「沸騰したから、一旦火を止めよう」

 もうそろそろ、女工さん達がやってくる時間だ。
「桜子さん!」
「裕一郎様……!」

 スーツ姿の裕一郎様がひとり、屋台にふらりと訪れた。

「おあげの良い匂いがしてるね。お腹空いてきたよ」
「よろしければ、先に召し上がります?」
「うん!」

 いつものように、きつねうどんの中玉を器によそい、お箸と一緒に彼へ渡す。

「これだこれだ。桜子さんのきつねうどんは最高なんだよな」
「まあ、そんな……」
「ほんとだよ。桜子さんのきつねうどんが俺は一番大好きだ」

 目を輝かせながら、熱々のおだしが染み混んだおあげにかぶりつく裕一郎様は、最初に出会った時となんら変わっていなかった。

「……今日の真之の夕飯も、きつねうどんにしましょうか」
「それなら俺も晩ごはんはきつねうどんが良いな」
「夜もきつねうどんで良いのですか?」
「ああ。だっていくらでも食べられる味だからさ」

 キラキラしている彼の目はすごく眩しい。でもそんな彼に一目惚れしたんだよなあ。

「桜子さん。いつもうどん作り続けてえらいね。そしていつもありがとう」
「いえいえ。こちらこそいつもありがとうございます」
「好きだよ。桜子さんの事も、桜子さん愛情たっぷりのうどんも。真之君も」

 裕一郎様の後ろから、お腹を空かせた女工さん達が続々とやってきた。

「私も、裕一郎様の事を愛しています」

 さあ、今日も愛情を一杯、いかがでしょうか?
 

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