「遠慮しなくていいんだ。君は俺の大事な女性なのだから」

 にっこりと微笑む裕一郎様の顔が、とても優しくて穏やかな光に満ち溢れているように見える。

「ありがとうございます……」

 としか言葉が出てこない私の右腕付近を真之がぽんぽんと叩いた。
 そんな彼のおかげか、ちょっとだけ気持ちが楽に慣れた気がする。

「じゃあ、案内に戻ろうか」
「はい、お願いします」


 裕一郎様の温かな手に握られて、埃ひとつない木の床を歩いていく。とにかく部屋が多くて広いから慣れるまで時間がかかりそうだ。

◇ ◇ ◇

 あれからあっという間に時間が過ぎたけどいまだに百々家の屋敷での生活には慣れずにいる今日この頃。今は裕一郎様が所有する製糸工場へうどん屋の営業に訪れている。
 真之は裕一郎様にお仕えしている女中達が面倒を見るとの事で、彼女達へ預けてきた。子育て経験があると言っていたので、頼れそうだ。

「よし、仕込みは完了っと……」

 今は11時過ぎ。もうそろそろしたらお昼だから女工さん達が来るはず。工場からは機械音が途切れる事無くずぅっと聞こえて来るけど思ったよりうるさいかも。うるさく感じるのは工場とは無縁だったからかもしれないけど、こんな音の中で彼女達は仕事をしているんだな……。