その日は朝から雨だった。
 水緒は祠の掃除に行くか迷ったが、祖母は雨の日も祠へ行っていたことを思い出し、水緒も傘をさして祠へ向かった。

「……え?」
 新しい祠を建てるとは聞いていたが、祠の場所を移動させるとは聞いていない。

「待ってください!」
 縄をつけ、今にも祠の台座を横に引っ張ろうとしている男たちを水緒は止めた。

「この祠は壊してはダメなんです」
「なんだい? 嬢ちゃん」
「ここは工事が始まるから入ったら危ねぇぞ」
 男たちは身なりの良い水緒を上から下まで眺め、お嬢さんがこんなところに来るんじゃないと肩をすくめる。
 水緒は必死で祠を守ろうと、男たちと祠の間に割り込んだ。

「お願いします。祠は壊さないでください。このまま引っ張ったら祠が壊れてしまいます」
「そう言われてもこっちも仕事だからなぁ」
 小雨に濡れながらボリボリと頭を掻く男。

「壊してはダメだと言い伝えがあるんです」
「でもここの地主の許可もあるしなぁ」
「……え?」
 地主ってお父様?
 どうして許可を?
 お父様だってこの祠は壊してはダメだと知っているはずなのに!

「ほら、これ」
「どうして……?」
 父の署名が入った念書を男から見せられた水緒は顔面蒼白になった。

 そんなはずはない。
 父が祠を壊すことに同意するなんて!
 
「ほらな、許可があるだろ?」
 だから諦めろと言われた水緒は首を横に振った。

「この工事は大倉宗一郎様の命令ですか?」
「あぁ、そうだ。よく知っているな」
「私、宗一郎様の許嫁です。今日は雨ですし、工事は中止してください」
 お願いしますと水緒は男たちに頭を下げる。

「今日だけだぞ」
 ずっと頭を下げたままの水緒に困った男たちは、渋々今日の工事を中止した。

 急いで屋敷に戻った水緒は、父に祠の念書について尋ねたが、父は「書いた覚えがない」と言った。
 でもあの字は確かに父の字だった。
 宗一郎様は一体いつどうやって父にあの念書を書かせたのだろうか?
 本人が知らないうちに書かせるなんて、一体どういうことなのかわからない。
 
 水緒の気持ちを察してなのか、その日から雨は日に日に強くなり、降り続くことになった。