父は結婚式よりも先に街の整備を始めることを宗一郎に許可した。

 結婚式は最高の着物を準備してやりたいから二年後にと。
 宗一郎も快諾し、いつの間にか日取りまで決まっていた。

「では来週から河川工事に着手して、まずは景観から変えます」
「そうか。桜も植え直してくれるのだろう? 満開の桜の中、水緒を嫁に出せるのはうれしい。妻もきっと喜ぶよ」
「桜に囲まれた水緒さんは、本当に綺麗でしょうね」
 俺は幸せ者だなと笑う宗一郎に、父は上機嫌で酒を注いだ。

「そういえば水緒さんが掃除をしている祠ですが」
「あぁ、あれはな、壊してはダメだぞ」
 すでにほろ酔いの水緒の父の言葉に宗一郎は眉間にシワを寄せた。
 
「……そうなのですか?」
 水緒も父親も壊すなという祠。
 あれが一体なんだというのか。
 ただの古い祠じゃないか。

 実はあの祠の場所が一番工事したい場所だ。
 この屋敷を宿泊所に建て替えた時に、山と桜と川が最も美しく、まるで絵画のような景色にするためには川の向きを変えなくてはならない。

「壊すとどうなるのですか?」
「どうなるかは知らん。壊してはならないと先祖代々伝えられている」
 へぇ〜と感心しながら宗一郎は水緒の父の盃に酒を注ぐ。

「家の前の竜ノ川の主は、神子と添い遂げることができなかった。神子は病に侵されていて、みんなのために川がほしいと願いながら亡くなった」
「竜ノ川の主というのが水緒さんが言っていた竜神ですか?」
「そうだ。亡くなった神子を想い、竜神が流した涙が竜ノ川になったと」
 だから竜神の祠には神子の服の一部も一緒に祀られているんだと、水緒の父は祠を守る一族にのみ伝わる話を宗一郎にうっかり話してしまった。
 酒が回り、何を話したかさえ記憶になさそうなほど上機嫌に酔いながら。
 
「悲恋なんですね」
 俺には関係ないけれど、と思いながら宗一郎は水緒の父に酒を勧める。
 どんどん飲ませ、呂律も回らなくなった水緒の父に宗一郎は尋ねた。

「祠を壊していいですか?」
 泥酔した水緒の父の前に念書を広げる。
 署名する水緒の父の姿に、宗一郎はニヤリと笑った。