「……緒さん、……水緒さん!」
 肩に触れられた水緒は、驚いて顔をあげた。

「えっ? ……宗一郎様?」
 だが、なぜか目の前は銀髪の男性ではなく、黒髪の宗一郎。

 えっ? さっきの銀髪の男性は?

「大丈夫かい? 何度呼んでも反応がなかったけれど」
「え? 何度も?」
「急に肩に触れて、驚かせてごめんね」
 申し訳なさそうにする宗一郎に、水緒は首を横に振った。

「あの、さっきの男性はどこに……?」
「男性? ……水緒さんは一人だったけれど?」
 水緒は急にいなくなってしまった男性を探そうと、キョロキョロと辺りを見回す。
 だが、この見晴らしのいい堤防のどこにも、銀色の長髪の男性を見つけることはできなかった。

 え……? 消えた?
 竜穴って?
 それにありがとうって?
 祠の掃除はしているけれど、ありがとうってこの祠のこと……?
 
「水緒さんはどうしてこんなところに?」
「あ、祠の掃除を」
 水緒の足元に置かれた桶を不思議そうに眺めた宗一郎は、冷たい水緒の手をギュッと握った。

「そんなことしなくても。あぁ、手が冷えてしまっている」
「そ、宗一郎様」
 真っ赤な顔で狼狽える水緒に宗一郎は優しく微笑む。

「今日は専門家と川の蛇行を変える相談をしに来たんだ。この祠も新しいものに建て替えるから、もう掃除はしなくていいよ」
「いえ、建て替えはしなくても」
「竜神様だって綺麗な祠の方がいいはずだと、この前話したよね」
 さぁ、身体が冷えているからすぐに屋敷へ行こうと手を引かれた水緒は祠の方を振り返った。

『祠は絶対に壊してはいけないよ』
 建て替えはしてもいいの?
 綺麗な方が竜神様も喜ぶ?
 
「水緒さん?」
「あ、いえ。すみません」
 宗一郎と屋敷へ戻った水緒は、桶と雑巾を片付けながら祠の前で会った男性を思い返した。

 銀色の綺麗な髪、青い眼。
 初めて会ったはずなのに、ずっと昔から知っているような不思議な感覚がした。
 あの人は誰だったのだろう?

 もう一度会いたいなんて、浮気者だろうか?
 私には宗一郎様がいるのに。

 でもなぜかまた会いたいと思ってしまう。
 なつかしいあの人に。
 また会えるだろうか……?