『祠は絶対に壊してはいけないよ』
 亡くなる間際の祖母の言葉がふいに蘇る。
 水緒は、宗一郎と繋いでいない手をギュッと胸の前で握った。

「宗一郎様、この祠はこのままがいいです」
「でもここをもう少し緩やかな川にした方が、桜並木が映えて景色が良くなるから……」
「壊してはダメなんです」
 理由はわからないけれど、なぜか絶対に壊してはいけないような気がした水緒は宗一郎に頼み込んだ。

「竜ノ川は1000年前に」
 水緒はこの土地に竜ノ川ができた時のおとぎ話を宗一郎に話した。

 美しい神子が枯れたこの土地に豊かな川を作ってほしいと願い、竜神様がその願いを叶えてくれた。
 その後、神子は竜神様のもとに召されたという伝説だが、そこまで宗一郎に説明する必要はないだろう。

「この川があるのは竜神様のおかげなんです。だから」
 祠は壊さないでくださいと言おうとした水緒の言葉は宗一郎に遮られた。
 
「では、新しい祠を立てるというのはどう?」
「新しい……?」
「その方が竜神様も喜ぶよ」
「そう……でしょうか?」
 本当に喜ぶのだろうか?
 新しい祠にするのは、あの祠を壊すことにはならないのだろうか?

「竜神様を崇める気持ちは変わらないのだから、新しい祠に変わっても大丈夫だと思うよ」
 崇める気持ち……?
 祖母は毎日祠に手を合わせていたけれど、私は……?

 返事に困った水緒は、ボロボロの祠を見つめることしかできなかった。