この縁談ってお父様から頼んだものなの?
 驚いた水緒が顔を上げると、にっこりと微笑んだ宗一郎と目があってしまった。

「水緒さんと少し近くを散策させていただいても?」
「えぇ、ぜひ。水緒、ご案内しなさい」
 断ることも許されない状況に水緒は溜息をつく。
 宗一郎にスッと差し出された手を取りながら水緒は立ち上がった。

 応接間から玄関へ、そして屋敷の外へ連れ出される。
 歩く速さは水緒に合わせてくれていて、段差も気遣ってくれるので優しい人のようだ。
 背は水緒より20cmほど高く、顔も整っている。
 艶々な黒髪は男性にしては少し長めだが、長すぎるということもなく、洋装もとても似合っていると水緒は思った。

「急に結婚で驚いたよね?」
「はい」
「俺も今日、君のお父上に言われて驚いたけれど、こんなに美人とは予想していなかった」
 お世辞だとはわかっているけれど聞き慣れない「美人」だという言葉に水緒の顔が火照る。

「その淡い水色の着物も、紺の袴もよく似合っているよ」
「この着物は母の形見なんです。とても気に入っていて」
 透かし柄が入った水色の着物は、水緒のために裄丈を伸ばし着られるようにしたもの。
 似合っていると言われた水緒の胸がドクンと高鳴った。

「水緒さん。良き夫になれるように努めるから、結婚してくれないか?」
 財閥の子息と聞き、高慢な人だと勝手に思い込んでいたのかもしれない。
 もともといつかは家のために政略結婚するだろうと思っていた。
 急だったけれど、相手が優しい人でよかった。

「失礼ですが、宗一郎様はおいくつでしょうか?」
「あぁ、うっかりしていた。何も教えていなかったね。今年23歳になるよ。水緒さんは?」
「17歳です」
「6歳も上では、嫌だろうか?」
「いいえ、とんでもないです」
 少し年上に見えると思った勘は間違っていなかった。
 6歳年上と聞いて、『大人の包容力』を期待してしまう自分がいる。
 優しくて頼りがいのある見目麗しい男性。
 結婚相手としては申し分ない、それどころか最高の相手だと友人たちから揶揄われそうだ。

「水緒さん、好きな食べ物は?」
「私は桃が好きです」
「桃の花は今咲いているから、果実は7月頃? その時期になったら持ってくるよ」
 一緒に食べようと言われた水緒は「はい」と微笑んだ。