「み、水緒……!」
「お父様! ご無事でよかった」
 駆け寄る父と抱き合った水緒は、父に別れの言葉を告げた。

 竜神様は願いを叶えてくれた。
 この身と引き換えに。

「そんな、なぜ水緒が犠牲に」
 今から竜神様に水緒を助けてくれるように頼むという父に水緒は首を横に振った。

「祠を守れなかったから」
「壊したのは宗一郎くんなのだろう? ……そういえば彼はどこへ?」
「そ、宗一郎は濁流に、」
 自分だけ逃げたのかと怒りを露わにする水緒の父に、腰を抜かしたままの洋装の女性が震えながら教えてくれた。

 水緒が御神体を抱えてすぐ、水に引き摺り込まれるように消えたと証言する女性。
 まるで水が意志を持っているようだったと聞いた水緒と父は顔を見合わせた。

「水緒、約束通りお前をもらうぞ」
 空の上から声が響く。
 
 あぁ、このまま食べられるのかな。
 でもみんなが助かったから後悔はない。
 不思議なくらい落ち着いたまま水緒は目を閉じた。

「竜神様、お願いです! 水緒を見逃してください」
 代わりに私の命を! と父が叫ぶ。

「ありがとう、お父様」
 必死な父の姿に、水緒は自分が愛されていたことを実感した。

「神との約束を反故することは許さぬ」
 着物の男性の姿になった竜神に、水緒はグイッと腰を引き寄せられる。

「水緒はもう私のモノ、私の妻だ」
「つ、つ、妻?」
 生贄として食べられるのだと思っていた水緒は、竜神の言葉に目を見開いた。

「妻……ですか?」
 川の底にでも引きずり込まれるのではないかと想像していた父も、「妻」の言葉に驚く。
 
「あぁ、清らかな心を持つ水緒でないと、私の妻は務まらぬ。幼い時から待ったのだ、ずっとこの時を」
 水緒の頬に手を添え、透き通るような青い目を細める竜神に、水緒は真っ赤な顔になった。

「幼い頃……?」
「毎日会いに来てくれたであろう?」
 祠の掃除をする祖母の横にいた着物の男性。

 ……今ならわかる。
 あの時、横に立っていたのは銀色の長い髪の竜神様だ。
 どうして忘れていたのだろう?

「ずっと一緒にいると、永遠に一緒だと幼い頃に約束したが覚えていないか?」
 祠が綺麗なら川も綺麗に。
 川が綺麗なら竜神の力も増え、水緒の前に姿を現すことができた。
 だが、いつの頃か水緒は来なくなり、祠も汚れてしまったと竜神は悲しそうに目を伏せた。