「お前が工事の奴らを止めて、そのあとずっと雨で、工事の奴らが竜神が怒っているとか意味のわからねぇこと言い出して逃げちまったから、隣街の金持ちに頼みに行く羽目になったんだろ!」
 悪いのはお前じゃないかと八つ当たりをする宗一郎は、優しくしてくれていた姿とはまるで別人。

 でもこちらがきっと本当の姿。
 結婚前に気づいてよかった。
 とてもではないが、こんな人とは結婚できない。

「なんですって? 隣街のお金持ちってもしかして私のお父様のこと? じゃ、お金目当てで私に求婚を?」
「お前たち二人ともパッとしないただの田舎娘だろ! むしろなんで俺と釣り合うと思ったんだよ」
「騙すなんてひどいじゃないのよ!」
「……最低だわ」
 宗一郎の言葉に洋装の女性はバシバシと腕を叩き、水緒は呆れて溜息をついた。

「うるさい! 全部この祠が悪いんじゃねぇか!」
 くっそ! とヤケになった宗一郎が祠を川の方へ思いっきり押しつける。

「やめて!」
 水緒の手は間に合わず、古い祠の木は宗一郎の手でバキッと折れた。

 御神体だけは!
 水緒は手を伸ばし、竜の置物を掴む。
 でもその後のことは何も考えていなかった。

『この祠を壊すとこの辺りは濁流に飲まれる』

 今まで聞いたことがないゴオォと鳴る音と、地響き。
 だが、そんなことよりも、川に落ちそうな自分。
 水緒はギュッと御神体を握りしめた。

 竜神様ごめんなさい。
 祠を壊してごめんなさい。
 守れなくてごめんなさい。
 スローモーションのようにゆっくりと水緒は濁流の中へ。
 最後に見たのは宗一郎の引き攣った顔と、洋装の女性の驚いた顔だった。

 絶対に御神体は離さない。
 上も下もわからない濁流の中、水緒は御神体を抱えた。
 
 苦しい。
 息ができない。
 助けて!
 誰か助けて!
 
 激しい流れで身体が浮き沈みする。
 押さえつけられるような水に恐怖を感じながらも、水緒にはどうすることもできなかった。

「……水緒」
 御神体が光り、銀髪の着物の男性に変わる。

 ……竜神……様?
 あぁ、銀色の長い髪はまるで川のようで、透き通るような青い目は空を写した川の色。
 着物も違和感なく、この土地に馴染んでいたのはずっとこの街を守ってくださっていた方だから。

 濁流の中、抱きしめられた水緒はグイッと引っ張られるような感覚に思わず目を閉じた。