「お、お父様。これは私の耳がおかしくなってしまったのでしょうか」
「いいや?桜耶の耳は正常だと思うがな。きちんと聞こえていなかったのならもう一度言おう──」
ㅤお父様が口を開こうとしたとき、わたしは大きく首を横に振った。
「き、聞こえました!その……せ、政略結婚、するのですよね?」
ㅤ政略結婚など自分には無縁のものだと思っていたのでいざ口にすると恥ずかしくなる。
「そうだ。相手はあの鷹司家だ」
「え、えぇ!?鷹司のお方と私が……?」
ㅤ鷹司家。
ㅤその一族は政はもちろん、軍人としても成績が優秀な人を多く輩出している。
「ああ。しかも、鷹司燈成様との縁談だ」
「え……」
ㅤわたしはお父様の言葉に硬直する。
鷹司燈成様は鷹司家が誇る最強の軍人。
ㅤ私はその姿を見たことがないのだが、噂によるとかなり美麗らしい。
「明後日、燈成様がお前に会いに来てくれるみたいだ」
お父様はそう言った。
「も、もうお会いするのですか?」
「当たり前だろう。他にいつ会うというのだ」
いつなど聞かれてもわからない。
「…………」
私は黙り込む。
「わかったか?明後日だ、準備をしておくように」
お父様が立ち去った後、私は家の外に出る。
今の季節は桜が美しく咲く。
「私……これからどうなるのかしら」
そう呟くとザザッと強い風が吹き、桜の花びらたちはひらひらと舞う。
私は歩いて神楽殿に向かう。
まさかこんな巫女をしている私が軍人である燈成様と結婚するなんて思ってもいなかった。
縁談の話が私の頭の中を占めているが、今日は大事な祭事の日なのだ。
お父様は神社の宮司をしていて、その娘である私は幼い頃から巫女として舞をしている。
いつもほわほわしているお父様は祝詞を唱えている時はとても真剣で毎回別人なのではないかと考えてしまう。
私は鏡を見て、自分の姿を確認する。
私は鈴を持ち、舞台に上がる。
心を清め、神様に感謝を伝える。
神社の桜は私たちを歓迎してくれているのか、ふわりと舞っている。
ㅤ祭事が終わり、家に戻ろうとする時にふと自分の髪に触れる。
「あれ?簪がない……?」
頭にはいつも花簪を着用して、舞をしている。
舞をしている時に落としてしまったのだろうか。
「……これは貴方のか?」
低く、落ち着きのある声。
声の主の方へ振り向く。
「……っ」
目の前に立っていた男性は和装をしている。
この時代には物珍しく背が高い。
そして、何よりもこの方すごく美しい。
濡羽色の髪は艶があり、清潔感がある。
「あ、私の花簪……ありがとうございます」
私は一礼をし、男性から花簪を受け取ろうと男性に近づく。
「……あっ」
衣装である緋袴の裾を少し踏んでしまいよろける。
「……っと、大丈夫か?」
男性は私を支えてくれていた。
「す、すみません……っ!」
私はバッと男性から離れる。
少し触れたくらいだったが、筋肉がしっかりとついていて格好良かった。
不覚にも心臓がうるさく跳ねていた。
私は燈成様と結ばれるのだから、恋はしてはいけない。
しかも、この一瞬で恋に落ちるはずがないのだ。
私はもう一度男性にお礼を言い、家に戻った。
家に帰っても彼のことを思い出し、身体中が火照る。
彼の名前を聞くことを忘れていた。
私とそれほど変わらない年齢だと思う。
推定十八歳から二十歳前後であろう。
あれほど美しい人は本当にいるのか。
「桜耶、そろそろ夕食の時間よ?」
お母様に呼ばれ、部屋を出る。
また、あの男性と出会うことはできるだろうか。
縁談の話があるというのに私は何を考えているのだろう。
ぼーっとそんなことを考えながら夕食を食べる。
ㅤついに、燈成様と見合いをする日。
ㅤお父様曰く、燈成様は神社に来てくれるとのことだった。
ㅤ大変美麗な軍人とはどのような方なのだろうか。
「……桜耶という少女はこの神社にいるか?」
ㅤ低く、どこか落ち着くこの声には聞き覚えがあった。
「──っ!」
ㅤ私は小走りで声が聞こえた方に行く。
「わ、私が桜耶ですっ!」
ㅤそう言うと男性は私に向かって歩いてきた。
ㅤ私は嬉しくなった。
ㅤこの方はこの間の祭事の時に花簪を拾ってくれた方だったからだ。
「貴方が……この間は申し遅れた。俺は──鷹司燈成」
ㅤ私は彼と会えた喜びよりも、名前の方に疑問を持った。
「鷹司って……私の縁談相手の家……?」
「ああ。そうだ、俺と桜耶は結婚するんだ」
「え、えぇっ!?わ、私と貴方が……?」
ㅤ燈成様が頷いた。
ㅤ祭事の時は和服を着ていたのであまり気にしていなかったが、今の燈成様は洋服を着ている。
ㅤ洋服と言っても、帝国陸軍用の服なのだが。
ㅤ帝国陸軍用の服はとてもおしゃれで軍人が着るものとは思えない。
ㅤこの方が最強の軍人、鷹司燈成様。
ㅤ祭事で会った時に転びかけて支えてもらったことを思い出す。
ㅤあの時、やけに筋肉質だと思っていたのは間違いではなかったようだ。
「ああ、燈成様。いらしていたのですね」
お父様は慌てたように私の方に近づいた。
「すみません、突然来てしまって」
ペコリと燈成様はお辞儀をする。
「いえいえ。改めて娘の桜耶です」
私はお辞儀をしてみせた。
「まさか桜耶さんとまたお会いすることができて嬉しく思います」
ニコリと微笑んだ燈成様を見た瞬間、心臓が射抜かれた気がした。
「おや、燈成様は桜耶とお会いしていたのですかね?」
「ええ、この間の祭事の時に会ったんですよ」
「なるほど」と納得しているお父様。
「……桜耶、頑張るんだぞ」
私は笑顔で頷いた。
「ええ、もちろんですお父様」
結婚というものはよくわからないが、燈成様と共に頑張るのだ。
私と燈成様は移動をすることになった。
私の普段着は着物。
今日はお気に入りの桃色の着物を着ている。
車で移動する。
「さあ、ここだ」
燈成様に手を引かれ、車を降りる。
「こ、ここは……?」
「俺の家だ」
家と言ってもいいのだろうかというくらい大きな家。
さすが鷹司家。
「あの……ここには燈成様のご家族もいらっしゃるのですか?」
「いいや、ここは俺の家だから両親はいないぞ」
そう言われ安堵する自分がいた。
「一人暮らしにしては広すぎません?」
「そうか?……まあ、広いかもしれないな」
一度否定的な見解を見せた燈成様だったが再度家を見て苦笑いした。
「でも、二人暮らしになるのだから広くて損はないだろう」
燈成様にそう言われ、身体中の熱が顔に集まるのを感じた。
「俺と暮らすのは照れるか?」
くくっと笑う燈成様。
「し、仕方がないと思いますっ!いきなり男性と暮らすなんて言われても……」
そんなことを言われてもどう接していけばいいのかわからないのだ。
私は神社が山の上にあるので人と関わる機会も少なかったのだ。
「そうだな。いきなりはさすがに困るな」
そう言った燈成様は私の手を握った。
「あ、あの……っ⁉」
私は驚きのあまり反射的に手を引っ込めた。
「駄目だったか?」
「駄目と言うか……こういうことは常識なのでしょうか」
「こういうこと、というのはどれを指す?」
「その……手を握ることや抱きしめることなど」
私が聞くと、燈成様は困ったような顔をしていた。
「当たり前……とは言わないかもな。会って間もないのに、俺としたことが……失敬」
いきなり謝られ私はあたふたする。
「い、いえっ……私、恋愛とかよくわからなくて」
「そうなのか……こんなところで話すのも疲れるだろう。中へ入ろう」
私は家の中に入る。
ㅤ家の中は和風な造りになっている。
家の中を案内されるが家が広すぎて迷子になりそうだ。
「ここが桜耶の部屋だ」
「あ、ありがとうございます」
私は礼を言い、部屋を見渡す。
この一部屋で生活には困らない気がする。
燈成様の家に来てから数時間が経ち、夕食の時間になった。
「桜耶の料理は美味いな」
「そう言っていただけて光栄です」
私は笑顔で答える。
「……そういえば、桜耶はいくつなんだ?」
「十八です」
そう言うと燈成様は言った。
「ほとんど歳も変わらないのだから敬語はやめにしないか?」
「え……?」
私は両親に対しても敬語なのに燈成様に対して敬語をとるのは気が引ける。
「俺は二十だ。二つなんてほとんど変わらないだろう」
「二つというのはかなり大きいと思うのは私だけでしょうか……」
燈成様は鷹司家の宗家の嫡男だ。
ということは、燈成様はいずれ鷹司家当主になるということだ。
その妻に私がなるというのか。
「……敬語を使われると距離を感じるんだ。桜耶は俺の妻となるんだ、距離が遠いと悲しくなる」
そう言って私の腰を燈成様に近づける。
「あ、あのっ⁉」
「さあ、どうする?俺に対して敬語を外すか、外さないというのなら……」
そう言って私の頬に口づけをした。
「……っ。わ、わかったわ!だから、その……もうやめてっ」
恥ずかしさで消えてしまいそうだ。
「すまない、刺激が強かったか?」
からかうように笑う燈成様。
「なっ……!」
「……桜耶の反応は初々しさがあって見ていて飽きない。こんな時に言うのもあれだが、この間の祭事で会った時に桜耶に一目惚れしたんだ」
私は「一目惚れ」という言葉に思わず固まる。
私も燈成様に一目惚れだったから。
「桜の花のように美しい桜耶に強く惹かれたんだ」
懐かしそうに目を細める燈成様。
私は桜の花のように美しいと言われ、嬉しさで爆発しそうになる。
「桜の花……」
「そうだ……桜耶という名がぴったりだ」
私にとって桜の花は特別だ。
自分の名前になっているというのもあるが、私は昔家にあった書物で名を見た女神が好きだった。
その女神は桜の花のように美しいと言われていた。
その女神についてたくさん調べ、私は桜の花も自分の名前も好きになった。
「嬉しいっ」
素直に笑顔で伝えると燈成様は息を呑んでいた。
「……っ」
「あ、あら……?燈成様、どうかしたの?」
燈成様は固まって動かなくなってしまった。
「い、いいや……」
夕食が終わり、私はすぐに寝てしまった。
ㅤ
「いいや?桜耶の耳は正常だと思うがな。きちんと聞こえていなかったのならもう一度言おう──」
ㅤお父様が口を開こうとしたとき、わたしは大きく首を横に振った。
「き、聞こえました!その……せ、政略結婚、するのですよね?」
ㅤ政略結婚など自分には無縁のものだと思っていたのでいざ口にすると恥ずかしくなる。
「そうだ。相手はあの鷹司家だ」
「え、えぇ!?鷹司のお方と私が……?」
ㅤ鷹司家。
ㅤその一族は政はもちろん、軍人としても成績が優秀な人を多く輩出している。
「ああ。しかも、鷹司燈成様との縁談だ」
「え……」
ㅤわたしはお父様の言葉に硬直する。
鷹司燈成様は鷹司家が誇る最強の軍人。
ㅤ私はその姿を見たことがないのだが、噂によるとかなり美麗らしい。
「明後日、燈成様がお前に会いに来てくれるみたいだ」
お父様はそう言った。
「も、もうお会いするのですか?」
「当たり前だろう。他にいつ会うというのだ」
いつなど聞かれてもわからない。
「…………」
私は黙り込む。
「わかったか?明後日だ、準備をしておくように」
お父様が立ち去った後、私は家の外に出る。
今の季節は桜が美しく咲く。
「私……これからどうなるのかしら」
そう呟くとザザッと強い風が吹き、桜の花びらたちはひらひらと舞う。
私は歩いて神楽殿に向かう。
まさかこんな巫女をしている私が軍人である燈成様と結婚するなんて思ってもいなかった。
縁談の話が私の頭の中を占めているが、今日は大事な祭事の日なのだ。
お父様は神社の宮司をしていて、その娘である私は幼い頃から巫女として舞をしている。
いつもほわほわしているお父様は祝詞を唱えている時はとても真剣で毎回別人なのではないかと考えてしまう。
私は鏡を見て、自分の姿を確認する。
私は鈴を持ち、舞台に上がる。
心を清め、神様に感謝を伝える。
神社の桜は私たちを歓迎してくれているのか、ふわりと舞っている。
ㅤ祭事が終わり、家に戻ろうとする時にふと自分の髪に触れる。
「あれ?簪がない……?」
頭にはいつも花簪を着用して、舞をしている。
舞をしている時に落としてしまったのだろうか。
「……これは貴方のか?」
低く、落ち着きのある声。
声の主の方へ振り向く。
「……っ」
目の前に立っていた男性は和装をしている。
この時代には物珍しく背が高い。
そして、何よりもこの方すごく美しい。
濡羽色の髪は艶があり、清潔感がある。
「あ、私の花簪……ありがとうございます」
私は一礼をし、男性から花簪を受け取ろうと男性に近づく。
「……あっ」
衣装である緋袴の裾を少し踏んでしまいよろける。
「……っと、大丈夫か?」
男性は私を支えてくれていた。
「す、すみません……っ!」
私はバッと男性から離れる。
少し触れたくらいだったが、筋肉がしっかりとついていて格好良かった。
不覚にも心臓がうるさく跳ねていた。
私は燈成様と結ばれるのだから、恋はしてはいけない。
しかも、この一瞬で恋に落ちるはずがないのだ。
私はもう一度男性にお礼を言い、家に戻った。
家に帰っても彼のことを思い出し、身体中が火照る。
彼の名前を聞くことを忘れていた。
私とそれほど変わらない年齢だと思う。
推定十八歳から二十歳前後であろう。
あれほど美しい人は本当にいるのか。
「桜耶、そろそろ夕食の時間よ?」
お母様に呼ばれ、部屋を出る。
また、あの男性と出会うことはできるだろうか。
縁談の話があるというのに私は何を考えているのだろう。
ぼーっとそんなことを考えながら夕食を食べる。
ㅤついに、燈成様と見合いをする日。
ㅤお父様曰く、燈成様は神社に来てくれるとのことだった。
ㅤ大変美麗な軍人とはどのような方なのだろうか。
「……桜耶という少女はこの神社にいるか?」
ㅤ低く、どこか落ち着くこの声には聞き覚えがあった。
「──っ!」
ㅤ私は小走りで声が聞こえた方に行く。
「わ、私が桜耶ですっ!」
ㅤそう言うと男性は私に向かって歩いてきた。
ㅤ私は嬉しくなった。
ㅤこの方はこの間の祭事の時に花簪を拾ってくれた方だったからだ。
「貴方が……この間は申し遅れた。俺は──鷹司燈成」
ㅤ私は彼と会えた喜びよりも、名前の方に疑問を持った。
「鷹司って……私の縁談相手の家……?」
「ああ。そうだ、俺と桜耶は結婚するんだ」
「え、えぇっ!?わ、私と貴方が……?」
ㅤ燈成様が頷いた。
ㅤ祭事の時は和服を着ていたのであまり気にしていなかったが、今の燈成様は洋服を着ている。
ㅤ洋服と言っても、帝国陸軍用の服なのだが。
ㅤ帝国陸軍用の服はとてもおしゃれで軍人が着るものとは思えない。
ㅤこの方が最強の軍人、鷹司燈成様。
ㅤ祭事で会った時に転びかけて支えてもらったことを思い出す。
ㅤあの時、やけに筋肉質だと思っていたのは間違いではなかったようだ。
「ああ、燈成様。いらしていたのですね」
お父様は慌てたように私の方に近づいた。
「すみません、突然来てしまって」
ペコリと燈成様はお辞儀をする。
「いえいえ。改めて娘の桜耶です」
私はお辞儀をしてみせた。
「まさか桜耶さんとまたお会いすることができて嬉しく思います」
ニコリと微笑んだ燈成様を見た瞬間、心臓が射抜かれた気がした。
「おや、燈成様は桜耶とお会いしていたのですかね?」
「ええ、この間の祭事の時に会ったんですよ」
「なるほど」と納得しているお父様。
「……桜耶、頑張るんだぞ」
私は笑顔で頷いた。
「ええ、もちろんですお父様」
結婚というものはよくわからないが、燈成様と共に頑張るのだ。
私と燈成様は移動をすることになった。
私の普段着は着物。
今日はお気に入りの桃色の着物を着ている。
車で移動する。
「さあ、ここだ」
燈成様に手を引かれ、車を降りる。
「こ、ここは……?」
「俺の家だ」
家と言ってもいいのだろうかというくらい大きな家。
さすが鷹司家。
「あの……ここには燈成様のご家族もいらっしゃるのですか?」
「いいや、ここは俺の家だから両親はいないぞ」
そう言われ安堵する自分がいた。
「一人暮らしにしては広すぎません?」
「そうか?……まあ、広いかもしれないな」
一度否定的な見解を見せた燈成様だったが再度家を見て苦笑いした。
「でも、二人暮らしになるのだから広くて損はないだろう」
燈成様にそう言われ、身体中の熱が顔に集まるのを感じた。
「俺と暮らすのは照れるか?」
くくっと笑う燈成様。
「し、仕方がないと思いますっ!いきなり男性と暮らすなんて言われても……」
そんなことを言われてもどう接していけばいいのかわからないのだ。
私は神社が山の上にあるので人と関わる機会も少なかったのだ。
「そうだな。いきなりはさすがに困るな」
そう言った燈成様は私の手を握った。
「あ、あの……っ⁉」
私は驚きのあまり反射的に手を引っ込めた。
「駄目だったか?」
「駄目と言うか……こういうことは常識なのでしょうか」
「こういうこと、というのはどれを指す?」
「その……手を握ることや抱きしめることなど」
私が聞くと、燈成様は困ったような顔をしていた。
「当たり前……とは言わないかもな。会って間もないのに、俺としたことが……失敬」
いきなり謝られ私はあたふたする。
「い、いえっ……私、恋愛とかよくわからなくて」
「そうなのか……こんなところで話すのも疲れるだろう。中へ入ろう」
私は家の中に入る。
ㅤ家の中は和風な造りになっている。
家の中を案内されるが家が広すぎて迷子になりそうだ。
「ここが桜耶の部屋だ」
「あ、ありがとうございます」
私は礼を言い、部屋を見渡す。
この一部屋で生活には困らない気がする。
燈成様の家に来てから数時間が経ち、夕食の時間になった。
「桜耶の料理は美味いな」
「そう言っていただけて光栄です」
私は笑顔で答える。
「……そういえば、桜耶はいくつなんだ?」
「十八です」
そう言うと燈成様は言った。
「ほとんど歳も変わらないのだから敬語はやめにしないか?」
「え……?」
私は両親に対しても敬語なのに燈成様に対して敬語をとるのは気が引ける。
「俺は二十だ。二つなんてほとんど変わらないだろう」
「二つというのはかなり大きいと思うのは私だけでしょうか……」
燈成様は鷹司家の宗家の嫡男だ。
ということは、燈成様はいずれ鷹司家当主になるということだ。
その妻に私がなるというのか。
「……敬語を使われると距離を感じるんだ。桜耶は俺の妻となるんだ、距離が遠いと悲しくなる」
そう言って私の腰を燈成様に近づける。
「あ、あのっ⁉」
「さあ、どうする?俺に対して敬語を外すか、外さないというのなら……」
そう言って私の頬に口づけをした。
「……っ。わ、わかったわ!だから、その……もうやめてっ」
恥ずかしさで消えてしまいそうだ。
「すまない、刺激が強かったか?」
からかうように笑う燈成様。
「なっ……!」
「……桜耶の反応は初々しさがあって見ていて飽きない。こんな時に言うのもあれだが、この間の祭事で会った時に桜耶に一目惚れしたんだ」
私は「一目惚れ」という言葉に思わず固まる。
私も燈成様に一目惚れだったから。
「桜の花のように美しい桜耶に強く惹かれたんだ」
懐かしそうに目を細める燈成様。
私は桜の花のように美しいと言われ、嬉しさで爆発しそうになる。
「桜の花……」
「そうだ……桜耶という名がぴったりだ」
私にとって桜の花は特別だ。
自分の名前になっているというのもあるが、私は昔家にあった書物で名を見た女神が好きだった。
その女神は桜の花のように美しいと言われていた。
その女神についてたくさん調べ、私は桜の花も自分の名前も好きになった。
「嬉しいっ」
素直に笑顔で伝えると燈成様は息を呑んでいた。
「……っ」
「あ、あら……?燈成様、どうかしたの?」
燈成様は固まって動かなくなってしまった。
「い、いいや……」
夕食が終わり、私はすぐに寝てしまった。
ㅤ