その言葉どおり、玄関には幼いころの至くんと彼のお母さんであろう女性の、二人だけの写真が飾られていた。
至くんのお母さんは長い黒髪が印象的で、彼に似た少しキツめな顔立ちの、妖艶で美しい人だった。
彼の夢魔の血はこのお母さんからの遺伝らしい。
しかし至くんとは違い、夢魔らしく奔放で恋愛好きな彼のお母さんは、普段からいろんな男の人の元を飛び回っているため、あまり至くんには関心がないのだそうだ。

「こんな広いお家に一人だなんて、寂しくなったりしないの?」

「まさか。小さい子供でもあるまいし」

しんと静まり返った廊下を、至くんがなんでもない様子で進んでいく。
その背中をどこか神妙になりながら追っていると、あるひとつの部屋の前にたどり着くなり、彼は躊躇することなくその扉を開いた。

「飲み物でも取ってくるから、適当に座っててくれ」

「あ、えと、お構いなく」

通された部屋は極端に物の少ない、広々とした寝室だった。
どうやらここが至くんの部屋であるらしい。
シンプルなデスクとベッド、それ以外は少し大きめの本棚くらいしかない部屋の中をぐるりと見渡してみる。
かわいい文具やアクセサリーが好きで、ついつい物が増えてしまう私の部屋とは大違いの整理整頓された空間。
しかしそのがらんとした生活感のなさに、私はやはり寂しさを覚えてしまっていた。

この部屋の中で、至くんはいつも何を考えているのだろう。
夢魔としての悩みを一人で抱えて、心細くはなかっただろうか。

「座ってていいって言ったけど」

「わっ、ご、ごめん……!」

そうして部屋の真ん中で立ち尽くしていると、すぐに戻ってきた至くんに不審そうな目で見られてしまった。
彼は左腕にお茶のペットボトルを二本抱えており、その内の一本を私に差し出すと、ダークグレーのラグの上であぐらを組んで座った。
そんな彼を見習って、私もその隣に腰を下ろす。
手に持ったペットボトルは冷蔵庫から取り出したものなのかまだ冷たく、そう言えばこの部屋がとてもあたたかいことに気づいた。
きっと今朝、至くんが家を出る前にタイマーをセットしていったのだろう。

「どうした? 急に怖気づいたのかよ」

今さらながらあまりに非日常的すぎる状況に言葉を出せずにいると、黙り込んでいる私が珍しかったのか、至くんはこちらを覗き込むようにして小首を傾げた。
いつもと変わらない仏頂面だけれど、そこにかすかに心配そうな色が見える。
やはり彼は思っていた以上に心根の優しい人だ。
そんな至くんを間近で眺めながら、「やはり恐ろしく整った顔立ちをしているなぁ」と彼の心配を裏切るようなことを考えつつ、私は勢いよく首を横に振った。

「そんなわけないでしょ。男の子の家に来たのなんて初めてだから、ちょっと緊張してるだけ」

「無理強いするつもりなんてないから、帰りたければ帰ってもらっていいけど」

「大丈夫だって! せっかく友達になってもらえたんだから、ちゃんと役目は果たすよ」

自信を表すように拳で胸を叩いたものの、至くんはさして心が動いた様子もなく「ふぅん」と相槌を打つだけだった。
そもそも彼の方はまだ私をそこまで信用してはいないのだろう。
それならばこれから少しずつ信頼を勝ち取っていかなくてはと、私は能天気な自分を隠すように背筋を伸ばし、真面目を装ってから彼の方へ体を向けた。

「そう言えばさ、今日はぜんぜん間食してなかったみたいだけど、それってやっぱり私の精気を喰べたからなんだよね?」

まず初めに、私は今日の至くんを見ていて抱いた疑問を彼に投げかけてみた。