するとまさかそんなことを言われるとは思っていなかったらしい我妻くんが、あからさまに目を剥いてこちらを見た。
驚きすぎたのか、なかなか声が出せないようで、唇だけがわなわなと震えている。

「……かっ、軽々しく言うなよ! それがどういうことなのか、あんたも分からないわけじゃないだろ!?」

「もちろん、ちゃんと分かってるよ」

「だったらなおさらタチが悪いな。興味本位かお人好しかは知らないが、安易に近づいてこようとするな。自分の身を滅ぼすだけだぞ」

ドスの利いた声で我妻くんが脅してくる。
しかし私はちっとも怖くはなかった。
もちろん彼の拒絶には、人間から精気を得ることへの嫌悪感が一番にあるのだろう。
けれどぶっきらぼうな物言いの中には、こちらへの気遣いもたしかに含まれていたのだ。

彼の優しさに気づいて確信する。
思っていたとおり、この人は悪い人ではないのだ。
やっぱり私、我妻くんと仲良くなりたい。
もっと彼のことをたくさん知りたい。

「あのね。私、好きな人がいるんだ」

続けて私がそう言うと、我妻くんは余計にわけが分からないとでも言いたげに頭を抱えながら項垂れた。
おかげで初めて見ることができた彼の旋毛に向かって、にっこりと微笑みかける。

「だけどその人はね、絶対私に振り向いてくれない人なの。それでも私は一生その人しか好きになれないと思うから、誰とキスをしたってどうでもいいし、それで我妻くんの役に立てるなら別に構わないよ」

私が大手を振って協力できる理由を話すと、我妻くんはおずおずと顔を上げた。
その表情には、ほんのわずかに期待の色も見える。
どうやら彼は今、人間の理性と夢魔の欲望というふたつの狭間で揺れているらしい。

「……あんたには関係ないことだ」

「もしもまたお腹が減って、別の人に同じことをしたらどうするの? そうならないためにも、やっぱり日常的に精気を摂取してた方がいいと思わない?」

「だからあんたには関係ない」

「ふぅん。そんなこと言うんだ」

けっこう強情な我妻くんに業を煮やして腕を組む。
ここまできたら奥の手を使うしかないだろうと、私は不敵に笑った。

「あーあ、私、あれがファーストキスだったのになぁ。それをあんなふうに奪われて、この先トラウマになっちゃうかも」

「ぐっ……」

「そう言えばさっき、我妻くんに倒されて背中も打ったんだった。あれは痛かったなぁ。痣になってるんじゃないかなぁ」

わざとらしく悲しい顔をしながら、良心が痛むような言い方をする。
おそらくだけれど、彼は見た目に反して人がいいところがあるのだ。
こんなふうに責められれば、きっと折れてくれるに違いない。
案の定、精神的に追い詰められた様子の我妻くんは、「クソッ……!」と悪態をついてからこちらを睨んだ。

「分かったよ。本当にいいんだな!?」

「うん、もちろん!」

私の目論見どおりに事が運び、してやったりとほくそ笑む。
そのまま上機嫌で立ち上がり、床についてしまっていたスカートを払っていると、我妻くんが何かを言いたげに私を見下ろした。

「どうしたの?」

「あんたの願いはなんだ」

「へっ?」

「これ以上、貸しばかりつくりたくない。俺にできることならなんでも叶えるから言え」