頑なに拒もうとするその腕を自分の首の後ろに回し、私はなんとか彼を立たせようとした。
「保健室に行こう? ほら、私に掴まって――」
「やめろっ……!」
私を突っぱねるように身じろぐ我妻くんは、まるで毛を逆立てて威嚇する野生動物のようだ。
何がそこまで彼を追い立てるのかは分からないけれど、こんなにも弱っているというのに、ここまで他人の手を拒むものだろうか。
およそやりすぎとも思える拒絶に怯みながらも、おいそれと引き下がるわけにはいかず、もう一度立ち上がろうと試みる。
しかし中腰になった直後、肩を強く後ろに引っ張られる感覚がして、私はバランスを崩してしまった。
そのまま後ろにすっ転び、背後の靴箱に体を打ちつける。
「痛ったぁ……」
反射的に後頭部を守ったせいで、背中を強打した。
情けない声が漏れ、げほげほと咳までこぼしてしまう。
どうやら怒った我妻くんに引き倒されたらしい。
むりやり手を貸そうとした私も悪いけれど、そこまでして私に触られるのが嫌だったのだろうか。
彼と仲良くなりたかった手前、少しショックを受けながら転んだときにつむった瞼を開く。
するといつの間にか、弱っていたはずの我妻くんが私の目の前に回り込んでいた。
我妻くんは見つけた獲物を逃すまいとでもいうように、私の両肩を掴んで靴箱に押さえつける。
おそるおそる見上げれば、いつ見ても綺麗だと思っていた彼の顔が、今は私の間近にあった。
「我妻くん……?」
しかしいつもと違うのは、その目がギラギラと金色に輝いているということだった。
彼の目は特段珍しくもないブラウンの色をしていたはずなのに。
なんなのだろう、今のこの目は。
普通の人間ではあり得ないような目の色の変化を、呆然としながら見入る。
やがてその喉仏が生唾を飲み込んで上下したかと思うと、我妻くんのつくる影が私に重なり、唇に知らない温度が乗った。
それが生まれて初めてのキスだと気づいたのは、数秒遅れてからのことだった。
「んん……!」
我妻くんからキスをされている。
なぜ、どうして、こんな脈絡もなく。
あまりに突拍子もない出来事に混乱しつつ、それでも私がどこか冷静でいられたのは、我妻くんの瞳が手負いの獣のように切実に見えたからだった。
彼は私が好きなわけでも、もちろんキスがしたいわけでもない。
ただどういうわけか、こうするほかに手立てがなかったのだと、なぜだかそう思わされたのだ。
初めは私の肩を掴んでいただけだった我妻くんは、そのうち私の上にのしかかるような体勢になり、両手で私の頬を固定した。
重ねるだけだった唇も、次第に啄むような大胆な動きに変わり、時おり軽く歯を立て、舌で擽る。
どうやら固く閉じた私の口を開かせたいらしい。
けれど、それはさすがに無理な話だった。
なにしろこちらは触れるだけのキスでさえ驚いてしまっていて、それ以上に高度なことなどできるはずもないのだ。
それにそもそも、私たちはただのクラスメイトのはずで――。
――そうだ、私、どうして我妻くんとキスをしてるの……!?
「んんっ! やっ……!」
異様な状況に麻痺していた思考が一気に動き出し、弾かれたようにもがいて抵抗する。
しかしいくら私が突っぱねても叩いても、男子の持つ強い力には敵わなかった。
それでもなんとか逃れるために体を捩っていると、煩わしい様子で目を細めた我妻くんが、右手で私の鼻を摘んだ。
自ずと呼吸ができなくなってしまい、出せない悲鳴が喉の奥へと消えていく。
やがて酸素を求めて開いてしまった口に舌を捩じ込まれ、私は目を白黒とさせた。
口内で蠢く舌が熱い。
ぐちゃぐちゃと響く音がうるさい。
上手く息ができなくてどうしようもなく苦しい。
「保健室に行こう? ほら、私に掴まって――」
「やめろっ……!」
私を突っぱねるように身じろぐ我妻くんは、まるで毛を逆立てて威嚇する野生動物のようだ。
何がそこまで彼を追い立てるのかは分からないけれど、こんなにも弱っているというのに、ここまで他人の手を拒むものだろうか。
およそやりすぎとも思える拒絶に怯みながらも、おいそれと引き下がるわけにはいかず、もう一度立ち上がろうと試みる。
しかし中腰になった直後、肩を強く後ろに引っ張られる感覚がして、私はバランスを崩してしまった。
そのまま後ろにすっ転び、背後の靴箱に体を打ちつける。
「痛ったぁ……」
反射的に後頭部を守ったせいで、背中を強打した。
情けない声が漏れ、げほげほと咳までこぼしてしまう。
どうやら怒った我妻くんに引き倒されたらしい。
むりやり手を貸そうとした私も悪いけれど、そこまでして私に触られるのが嫌だったのだろうか。
彼と仲良くなりたかった手前、少しショックを受けながら転んだときにつむった瞼を開く。
するといつの間にか、弱っていたはずの我妻くんが私の目の前に回り込んでいた。
我妻くんは見つけた獲物を逃すまいとでもいうように、私の両肩を掴んで靴箱に押さえつける。
おそるおそる見上げれば、いつ見ても綺麗だと思っていた彼の顔が、今は私の間近にあった。
「我妻くん……?」
しかしいつもと違うのは、その目がギラギラと金色に輝いているということだった。
彼の目は特段珍しくもないブラウンの色をしていたはずなのに。
なんなのだろう、今のこの目は。
普通の人間ではあり得ないような目の色の変化を、呆然としながら見入る。
やがてその喉仏が生唾を飲み込んで上下したかと思うと、我妻くんのつくる影が私に重なり、唇に知らない温度が乗った。
それが生まれて初めてのキスだと気づいたのは、数秒遅れてからのことだった。
「んん……!」
我妻くんからキスをされている。
なぜ、どうして、こんな脈絡もなく。
あまりに突拍子もない出来事に混乱しつつ、それでも私がどこか冷静でいられたのは、我妻くんの瞳が手負いの獣のように切実に見えたからだった。
彼は私が好きなわけでも、もちろんキスがしたいわけでもない。
ただどういうわけか、こうするほかに手立てがなかったのだと、なぜだかそう思わされたのだ。
初めは私の肩を掴んでいただけだった我妻くんは、そのうち私の上にのしかかるような体勢になり、両手で私の頬を固定した。
重ねるだけだった唇も、次第に啄むような大胆な動きに変わり、時おり軽く歯を立て、舌で擽る。
どうやら固く閉じた私の口を開かせたいらしい。
けれど、それはさすがに無理な話だった。
なにしろこちらは触れるだけのキスでさえ驚いてしまっていて、それ以上に高度なことなどできるはずもないのだ。
それにそもそも、私たちはただのクラスメイトのはずで――。
――そうだ、私、どうして我妻くんとキスをしてるの……!?
「んんっ! やっ……!」
異様な状況に麻痺していた思考が一気に動き出し、弾かれたようにもがいて抵抗する。
しかしいくら私が突っぱねても叩いても、男子の持つ強い力には敵わなかった。
それでもなんとか逃れるために体を捩っていると、煩わしい様子で目を細めた我妻くんが、右手で私の鼻を摘んだ。
自ずと呼吸ができなくなってしまい、出せない悲鳴が喉の奥へと消えていく。
やがて酸素を求めて開いてしまった口に舌を捩じ込まれ、私は目を白黒とさせた。
口内で蠢く舌が熱い。
ぐちゃぐちゃと響く音がうるさい。
上手く息ができなくてどうしようもなく苦しい。