「覚悟をしてた」だなんてかっこつけたことを言っておきながら、結局私の涙はとどまるところを知らなかった。
恭ちゃんとの思い出が頭の中に溢れてきて、何かを思い出しては小さな子供のように泣きじゃくってしまう。
そんな私を公園のベンチに座らせてくれた至くんは、それからもずっと何も言わずに私の隣にいてくれた。

「こんなことに付き合わせちゃってごめんね」

「別に」

「至くんがいてくれてよかった。本当にありがとう」

ようやく私の気持ちが落ち着いたのは、アトリエを出てから小一時間が経ったころのことだった。
散々泣いたまぶたは熱を持ち、すでにまばたきが重くなるほどに腫れている。
きっとこれからもっと腫れ上がって無惨な顔になってしまうことだろう。
明日が日曜日でなかったら、学校を休まなければならないところだった。

「それにしてもかっこ悪いところを見せちゃったね。恥ずかしいな」

「かっこ悪いところなら、俺の方が見せてるだろ」

至くんの言葉に「ん?」と首を捻る。
私は別に、至くんのことをかっこ悪いと思ったことなどないのだけれど。
それでもきっと彼なりに思うところがあるのだろう。
そんなことを考えていると、至くんは真っ直ぐ前を向いたまま、ふいに「中2のときだった」と呟いた。

「えっ……?」

「中2の冬、俺は夢魔として目覚めたんだ」

「そう、だったんだ」

「目覚めてすぐに母親に連れられて夢魔の集いに行った。そこで初めて夢魔としての生き方を教わったんだ。事情を知る人間の女を紹介されて、そのとき初めて精気をもらった」

夢魔のことを嫌悪する至くんは、私に夢魔に関する基本的な情報以外を教えてくれることはなかった。
だからこそ、夢魔としての至くんの話を聞くのはほとんど初めてで、私は思わず驚いてしまっていた。

「ショックだったよ。自分が人間ではないという事実も、こうしなければ生きていけないということも。なにより人間の体液を貪って恍惚とした自分が恐ろしかった」

中学2年生という多感な時期にそんな出来事が起これば、ショックを受けるのも無理はないだろう。
想像するだけで胸が痛くなり、私はすぐそばにあった至くんの右手に自分の左手を重ねた。

「それからはずっと無理をして生きてた。夢魔の欲を抑えつけながら、誰にも正体を知られないように他人を遠ざけてたんだ」

至くんの人を圧倒するようなオーラは、彼が人間として生きていくために無理をしてまとっていたものだったのか。
初めて知るそんな事実に、またしても胸が締めつけられる。

けれど、至くんはどうして今そんなことを教えてくれる気になったのだろう。
不思議に思いながら彼の話を聞いていると、ずっと正面を見据えていた至くんは、突然隣に座る私に視線を移した。

「だけど結花だけは思い通りにならなかった」

「私?」

「周りが俺を遠巻きにするなかで、なぜかあんただけはこっちを興味深そうに見てただろ。席替えで隣になったときも嬉しそうにしてるし、ずっと変な女だと思ってたんだ」

そう言えば至くんは、私のことを“変な女”として認識してくれていたんだっけ。
たしかに他人を遠ざけようとしているのに、なぜか自分に興味を示してくる人間がいれば、変なやつだと思って当たり前だろう。

「そっか。私が鈍感なせいで、至くんをやきもきさせちゃってたんだね」

「初めはそうだったかもしれない。正体を隠すのにすごく厄介な存在がいるって思ってた。だけど――」

そこまで言って、至くんはわずかに微笑んだ。