叶うことのない恋だと、痛いほどに分かっていたはずだ。
それなのに、どうしてこんなにも涙が出るのだろう。
まるで子供のようにしゃくり上げながら嗚咽していると、左頬に何か柔いものが当たった感触がした。
それが私の涙を吸い取った至くんの唇だと分かったのは、彼の顔が離れてからのことだった。

「至くん……?」

不思議に思って見上げた至くんは、眉を寄せて苦しげな表情をしていた。
その目は、あのぎらぎらとした金色に輝いている。

「悪い、こんなときに」

「ううん」

「甘いな」

ああ、そうか、涙も立派な体液なのか。
こんなにしょっぱいものを甘いと感じるだなんて、夢魔の味覚は本当に不思議だ。

「あんた、あの人のことが本当に好きだったんだな。でなきゃこんなに甘い涙は流せない」

「そうだよ。だって産まれてからずっと、恭ちゃんが好きだったんだから」

4人兄弟で一人だけ歳の離れた末っ子の恭ちゃんは、ずっと自分より年下の兄弟がほしかったらしい。
だから恭ちゃんの姉である私の母が私を産んだとき、彼はまるで自分の妹のようにかわいがってくれたのだ。
小さい子供の相手をするなんてとても大変だったはずなのに、恭ちゃんはどんなときでも私に構ってくれた。
けれど悪いことをするときちんと叱ってくれて、お母さんと喧嘩をしたときは一緒に謝ってくれた。
優しくてかっこよくて、私がリクエストをすると、何枚だって絵を書いてくれる。
夢みたいに綺麗で、恭ちゃんの創る世界をずっと隣で見ていたくて。
叔父と姪では結婚できないと知るまでは、本気で恭ちゃんのお嫁さんになれると信じていたのだ。

「きょうちゃん、絵ーかいて?」

「いいよ。なんの絵がいい?」

「ゆいかの絵!」

「分かった。ベルと一緒の絵を描こうか」

「うんっ!」

恭ちゃんの穏やかな笑顔が鮮やかに脳裏に浮かぶ。

好きだ。
大好きだ。
産まれたときから、今でもずっと。
私は、恭ちゃんだけが好きなのだ。