ベルはキッと怖い顔をしているけれど、幼い私がちょっかいをかけても動じないくらい穏やかで、いつも凛と背筋が伸びたとても賢い子だった。
そう言えばベルも、我妻くんと同じようにたくさんごはんを食べる子だったっけ。
そんなベルに似ているからか、私は我妻くんにどこか親近感を覚えてしまうのだろう。
お気に入りの赤い首輪をして、私と庭を走り回ってくれたベルの姿を思い出して懐かしむ。
すると私の話を聞いた亜季ちゃんは、「信じられない」とでも言いたげに眉を寄せた。

「我妻がわんこに似てるなんて、結花ってほんと大らかというか、肝が据わってるというか……」

「そうかな? たしかに能天気だとは思うけど」

私はまだ我妻くんのことを何も知らない。
けれどどうしても彼を悪い人だとは思えないのだ。
あの不機嫌な表情の下に、別の一面を隠し持っているような気がして。

「いつか仲よくなれたらいいなって思ってるよ」

空っぽになってしまった隣の席を見つめる。
彼はベルとは違って人と関わるのが好きではないのかもしれない。
けれどいつの日か、ここに座った我妻くんと楽しく話せる日が来ればいいなと、私は心の片隅で願っている。



私の住んでいるところは豪雪地帯とは言えないまでも、冬になればきちんと雪が積もるような寒い地域だ。
とはいえ例年の積雪は多い日でも10センチ程度で、慣れている人間ならばそこまで生活に困ることはない。
しかし数年に一度くらいのペースで、交通が麻痺するほどの大雪が降ってしまう。
そして今年がちょうど、そんな大雪に見舞われる年だったらしい。

朝、私が目を覚ますと、昨晩から降り続いた雪が辺り一面を銀世界へと変えていた。
おそらく一晩で50センチは積もったのだろう。
すべてを覆い尽くす雪景色は非日常的でドキドキするけれど、おかげでどの電車やバスもことごとく止まり、 通学の足がなくなってしまっていた。
SNSやトークアプリを確認しても、全校の半分以上の生徒が学校には来られそうにないようだ。

いつもは電車通学をしている私も、今日は父の出勤の車に同乗させてもらうことでなんとか登校していた。
通学路も渋滞が起こっており、校門に着いたころには1限が始まってしまっていたけれど、生徒がほとんど集まらない中で授業を進めることはできないはずだから、きっと丸一日自習時間で終わってしまうだろう。
そのため急ぐ理由もなく、雪で滑ってしまわないようにのんびりと教室へ向かう。
人気(ひとけ)のない生徒玄関は、雪が音を吸収しているせいか、世界が終わってしまったかのように静かだ。
なんとなく不気味な感じがして、早く上履きに履きかえてしまおうと足早に歩みを進める。
しかし誰もいないと思っていた靴箱のところに蹲る人影を見つけ、私は小さく悲鳴を上げてしまった。

「あ、我妻くん……?」

思いがけない人影に驚いたものの、よくよく目を凝らして見てみれば、そこにいたのは隣の席の我妻くんだと分かった。
彼は具合が悪そうに身を屈めながら、なぜか肩で息をしている。
私の声に振り向いたその顔は、血の気が感じられないくらいに真っ青だった。

「我妻くんどうしたの!? 大丈夫!?」

異常事態に気づいた私は、慌てて彼に駆け寄ると、すぐさまその額に手を当てた。
手のひらから伝わってくる温度は生ぬるい。
おそらく熱はないようだけれど、ただの不調とは思えないくらいに顔が歪み、こめかみには冷や汗が滲んでしまっている。
もしかして、何か悪い病気にでもかかってしまったのではないだろうか。

「触るな……どっか行け……」

「こんなときに何言ってるの!」

我妻くんが緩慢な動作で私の手を振り払う。
しかしいくら彼が群れることを嫌う性質(たち)なのだとしても、こんな状態の人を放っておけるほど私は薄情者ではない。