至くんの善良さを引っ掻いてみたくて、八つ当たりでしかない言葉を吐く。
すると私が思ったとおり、至くんは痛ましそうに眉をわずかに歪ませた。
恭ちゃんと約束をした土曜日はすぐにやってきた。
至くんの家でいつものように精気の供給をし、それから二人で恭ちゃんのアトリエへと向かう。
いつもポーカーフェイスの至くんだけれど、今日はなんだか少しだけ浮かれているように見えた。
そんな彼の些細な変化に気づけるようになるくらいには、私たちが一緒に過ごした時間も長くなってきたのだろう。
「それにしても至くんが芸術好きだなんて知らなかったな」
「別に、芸術なんてまったく詳しくない」
「そうなの? ならなんで恭ちゃんのことを知ってたの?」
「グループ展に飾られてた松嶋さんの絵が、夢魔の絵だったんだ」
「ああ。恭ちゃんの絵、ファンタジー作品が多いもんね」
2年前、まだ中学生だった至くんは、駅前で配られていたグループ展のチラシを偶然受け取り、そこに載っていた恭ちゃんの絵に魅了されたらしい。
そしてその足でグループ展に向かい、画集まで買ったのだそうだ。
「あの人の描く夢魔があんまり綺麗で、俺もあんなふうだったらよかったのにって思った」
遠い目をしながら至くんが呟く。
彼は見た目も心も今のままで十分綺麗なのに、自分ではそうは思えないのだ。
そのことに、なんだか私まで寂しさを感じてしまう。
「恭ちゃんのアトリエまでもうすぐだよ。こっちこっち!」
「おい! 引っ張るな!」
そんな寂しさを振り払うように、私は至くんの服の裾を引っ張り、先を急いだ。
「おじゃましまーす!」
「おう。いらっしゃい」
アトリエに着くと、恭ちゃんはいつものように笑顔で迎えてくれた。
いつも少し散らかっている部屋の中は、至くんを招くためか、今日はきちんと整理整頓されている。
「お招きいただいてありがとうございます。これ、よければ召し上がってください」
すると私の横で珍しく緊張した様子の至くんが、手に持っていた紙袋を恭ちゃんに差し出した。
何か持っていると気になっていたけれど、どうやらそれは駅前にあるケーキ屋さんの紙袋だったらしい。
気軽に来てもらってよかったのに、手土産まで用意していたとは、やっぱり至くんは律儀な人だ。
中に入っていた焼き菓子の詰め合わせを見て、恭ちゃんも感心したように目を丸くした。
「ありがとう。せっかくだしみんなで食べようか。お茶でも淹れてこよう」
「私たちは先に見てるねー」
キッチンへと向かう恭ちゃんに声をかけ、いまだ遠慮気味な至くんの背中を押しながらアトリエへと足を踏み入れる。
たくさんのキャンバスが置かれている室内は、そう広くもないせいで、余計に絵に溢れた空間に見えた。
「だいたい時系列順で並んでるんだよ。こっちが学生時代に描いてたやつ」
「これ、昔の結花か?」
「そうだよ。小さいころの私と、おばあちゃんが飼ってたベルって子。目つきは鋭いけど、賢くていい子でね。ちょっと至くんに似てるでしよ?」
「誰がハスキーだよ」
「えー? けっこう似てると思うのに」
すると私が思ったとおり、至くんは痛ましそうに眉をわずかに歪ませた。
恭ちゃんと約束をした土曜日はすぐにやってきた。
至くんの家でいつものように精気の供給をし、それから二人で恭ちゃんのアトリエへと向かう。
いつもポーカーフェイスの至くんだけれど、今日はなんだか少しだけ浮かれているように見えた。
そんな彼の些細な変化に気づけるようになるくらいには、私たちが一緒に過ごした時間も長くなってきたのだろう。
「それにしても至くんが芸術好きだなんて知らなかったな」
「別に、芸術なんてまったく詳しくない」
「そうなの? ならなんで恭ちゃんのことを知ってたの?」
「グループ展に飾られてた松嶋さんの絵が、夢魔の絵だったんだ」
「ああ。恭ちゃんの絵、ファンタジー作品が多いもんね」
2年前、まだ中学生だった至くんは、駅前で配られていたグループ展のチラシを偶然受け取り、そこに載っていた恭ちゃんの絵に魅了されたらしい。
そしてその足でグループ展に向かい、画集まで買ったのだそうだ。
「あの人の描く夢魔があんまり綺麗で、俺もあんなふうだったらよかったのにって思った」
遠い目をしながら至くんが呟く。
彼は見た目も心も今のままで十分綺麗なのに、自分ではそうは思えないのだ。
そのことに、なんだか私まで寂しさを感じてしまう。
「恭ちゃんのアトリエまでもうすぐだよ。こっちこっち!」
「おい! 引っ張るな!」
そんな寂しさを振り払うように、私は至くんの服の裾を引っ張り、先を急いだ。
「おじゃましまーす!」
「おう。いらっしゃい」
アトリエに着くと、恭ちゃんはいつものように笑顔で迎えてくれた。
いつも少し散らかっている部屋の中は、至くんを招くためか、今日はきちんと整理整頓されている。
「お招きいただいてありがとうございます。これ、よければ召し上がってください」
すると私の横で珍しく緊張した様子の至くんが、手に持っていた紙袋を恭ちゃんに差し出した。
何か持っていると気になっていたけれど、どうやらそれは駅前にあるケーキ屋さんの紙袋だったらしい。
気軽に来てもらってよかったのに、手土産まで用意していたとは、やっぱり至くんは律儀な人だ。
中に入っていた焼き菓子の詰め合わせを見て、恭ちゃんも感心したように目を丸くした。
「ありがとう。せっかくだしみんなで食べようか。お茶でも淹れてこよう」
「私たちは先に見てるねー」
キッチンへと向かう恭ちゃんに声をかけ、いまだ遠慮気味な至くんの背中を押しながらアトリエへと足を踏み入れる。
たくさんのキャンバスが置かれている室内は、そう広くもないせいで、余計に絵に溢れた空間に見えた。
「だいたい時系列順で並んでるんだよ。こっちが学生時代に描いてたやつ」
「これ、昔の結花か?」
「そうだよ。小さいころの私と、おばあちゃんが飼ってたベルって子。目つきは鋭いけど、賢くていい子でね。ちょっと至くんに似てるでしよ?」
「誰がハスキーだよ」
「えー? けっこう似てると思うのに」