どうせなら私も至くんに美味しく精気を喰べてほしいと思うけれど、とはいえこんな状態で彼以外の人のことを考えられるほどの精神的な余裕もなかった。
言われたとおりに好きな人のことを頭に思い浮かべようとするも、至くんの額がまるで甘えるように私の首筋に当たって、その感触に現実へと引き戻される。
まるで誰にも懐かない狼を飼い慣らすことができたみたいだ。
そんな不思議な優越感を抱きながら、私は好きな人のことを考えるのを潔く諦め、それからゆっくりと目を閉じた。
静かな部屋の中で、規則正しい心臓の音がやけに大きく聞こえてくる。
至くんから与えられる熱は、もはや背中だけではなく、私の全身をあたためるように溶け込んでいた。
心地よいぬくもりの中で、体が微睡みへと沈んでいく。
――――恭ちゃん
私ね、素肌で人と抱き合うことが、こんなにもあたたかいものだとは知らなかったよ。
この熱を知る機会が、まさか私にもやってくるだなんてね。
「終わり……?」
「ああ。助かった」
背中の熱が離れていったのは、精気の受け渡しが始まってから20分が経ったころのことだった。
至くんが心配していたような体の不調も起こらず、むしろ私は本当に精気を渡すことができたのか疑わしいくらいに何も感じることがなかった。
「本当に喰べられたんだよね?」
「ああ。そっちこそ、本当になんともないんだな?」
「なんともなさすぎて拍子抜けしてるくらいだよ」
「そうか」
そもそも精気とは人間の生命活動の元になる力のようなもののことで、健康な人間は生きてさえいれば日々勝手に養われていくのだそうだ。
つまりは多少夢魔に分け与えたとしても特に問題はないらしい。
そして夢魔も獲物を殺すわけにはいかないため、人間を殺せるほどの精気を奪うことはできないのだという。
背中合わせになって制服を着込みながら、改めて夢魔や精気について教わっていると、私が一番上のブレザーを着終わったところで、至くんがくるりと振り向いてこちらに頭を下げた。
「至くん!? どうしたの、突然!?」
「いくら奪っても問題ないものだったとしても、精気は人間にとって必要不可欠で大切なものだ。だから俺みたいな夢魔に分け与えてくれて、本当にありがたいと思ってる」
「やめてよ。元々は私が言い出したことなんだから」
まったくこの人は悪魔だというのに、本当に律儀なのだから。
私だって100パーセントの善意ではなく、彼とお近づきになりたくてやったことなのに、ここまで感謝をされては居心地が悪くなってしまう。
そう思った私は「そんなことよりさ、今日は金曜日だけど、明日からの休みはどうするの?」と、あたふたとしながらも話題を変えた。
「土日くらい適当に飯食ってしのぐ」
「そっか。じゃあ休みの日も、暇なときがあったら会いにくるよ」
「さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないだろ」
「遠慮しなくてもいいのに」
こうして軽口を叩いていると、至くんとの距離がだんだんと縮まっていっているように思える。
きっと彼の方も、少しずつ私に心を開いてくれているのだろう。
その証拠のように、わずかに上がった彼の口角を見て、私は笑い声を上げた。
言われたとおりに好きな人のことを頭に思い浮かべようとするも、至くんの額がまるで甘えるように私の首筋に当たって、その感触に現実へと引き戻される。
まるで誰にも懐かない狼を飼い慣らすことができたみたいだ。
そんな不思議な優越感を抱きながら、私は好きな人のことを考えるのを潔く諦め、それからゆっくりと目を閉じた。
静かな部屋の中で、規則正しい心臓の音がやけに大きく聞こえてくる。
至くんから与えられる熱は、もはや背中だけではなく、私の全身をあたためるように溶け込んでいた。
心地よいぬくもりの中で、体が微睡みへと沈んでいく。
――――恭ちゃん
私ね、素肌で人と抱き合うことが、こんなにもあたたかいものだとは知らなかったよ。
この熱を知る機会が、まさか私にもやってくるだなんてね。
「終わり……?」
「ああ。助かった」
背中の熱が離れていったのは、精気の受け渡しが始まってから20分が経ったころのことだった。
至くんが心配していたような体の不調も起こらず、むしろ私は本当に精気を渡すことができたのか疑わしいくらいに何も感じることがなかった。
「本当に喰べられたんだよね?」
「ああ。そっちこそ、本当になんともないんだな?」
「なんともなさすぎて拍子抜けしてるくらいだよ」
「そうか」
そもそも精気とは人間の生命活動の元になる力のようなもののことで、健康な人間は生きてさえいれば日々勝手に養われていくのだそうだ。
つまりは多少夢魔に分け与えたとしても特に問題はないらしい。
そして夢魔も獲物を殺すわけにはいかないため、人間を殺せるほどの精気を奪うことはできないのだという。
背中合わせになって制服を着込みながら、改めて夢魔や精気について教わっていると、私が一番上のブレザーを着終わったところで、至くんがくるりと振り向いてこちらに頭を下げた。
「至くん!? どうしたの、突然!?」
「いくら奪っても問題ないものだったとしても、精気は人間にとって必要不可欠で大切なものだ。だから俺みたいな夢魔に分け与えてくれて、本当にありがたいと思ってる」
「やめてよ。元々は私が言い出したことなんだから」
まったくこの人は悪魔だというのに、本当に律儀なのだから。
私だって100パーセントの善意ではなく、彼とお近づきになりたくてやったことなのに、ここまで感謝をされては居心地が悪くなってしまう。
そう思った私は「そんなことよりさ、今日は金曜日だけど、明日からの休みはどうするの?」と、あたふたとしながらも話題を変えた。
「土日くらい適当に飯食ってしのぐ」
「そっか。じゃあ休みの日も、暇なときがあったら会いにくるよ」
「さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないだろ」
「遠慮しなくてもいいのに」
こうして軽口を叩いていると、至くんとの距離がだんだんと縮まっていっているように思える。
きっと彼の方も、少しずつ私に心を開いてくれているのだろう。
その証拠のように、わずかに上がった彼の口角を見て、私は笑い声を上げた。