「精気の受け渡しに副作用や後遺症のようなものは出ないと言われているが、もしも疲れたり怠くなったりしたらすぐに言ってくれ」
「うん。それじゃあやってみよ」
けれど今さら羞恥心を感じてなどいられない。
なにせこのことを提案したのは私の方なのだから。
そう思って勢いよく返事をすると、なぜだか至くんが私の後ろでため息を吐いた。
「至くん? どうかした?」
「俺が言えたことじゃねーけど、あんまり自分を安売りするなよ。ほんと危なっかしいな、あんた。将来詐欺にでも引っかかりそうだ」
「失礼な。これでもけっこう慎重な方なのに」
「どこがだよ。あっさり夢魔のことなんか信じるし、男の家に着いてきて、今は服まで脱いでるんだぞ。このまま何かされたらとか考えないのか」
「そんなこと考えないよ。私、至くんのこと信頼してるもん」
そちらこそこの期に及んで何を言っているのかと呆れていると、再び至くんのため息が聞こえた。
「今日までろくに話したこともなかったくせに、よくそんなことが言えるな」
「だって私、ずっと至くんのことを見てたからね」
そう、話したことはなかったけれど、入学式の日からずっと、私は至くんのことを見ていたのだ。
彼はたしかに目つきが悪くて無口で無愛想だ。
けれど授業はきちんと受けているし、休み時間ごとに何かを食べるその食べ方が綺麗だと思っていた。
大きな物音を立てているのは聞いたことがなく、いつも所作が落ち着いている。
怖そうな見た目だけれど、きっと真面目で穏やかな人なのだろう。
そんな予想を裏付けるように、彼は今日、何度も私を気遣う素振りを見せてくれた。
今の言葉だって、不用心に見える私を心配してくれたのだ。
だからこそ、彼は信頼に足る人だと私の直感が言っている。
「もしもこれで至くんに傷つけられたとしても、それは私の見る目がなかったってことだから、後悔したりなんかしないよ」
思っていたことを素直に告げると、後ろの至くんが息を呑んだ気配がした。
ややあって、「約束する」と掠れた声が響く。
「あんたを傷つけるようなことはしない。絶対に」
「やっぱり優しいね、至くんは」
からからと愉快な笑い声を上げると、そんな私とは対照的に、至くんは不服そうな様子で黙り込んでしまった。
それから彼の腕が躊躇いがちに伸びてきて、私を諌めるかのような強さでブラウスを握っていた両手ごと抱きしめられる。
先ほどまで笑っていたためか、さほど緊張はしていない。
それよりも背中に感じた体の熱さに私は驚かされていた。
これほどまでに体温が高いのは、彼が夢魔だからなのだろうか。
それとも男の子はみんな、こんなふうに体に熱を持っているものなのだろうか。
「好きなやつがいるって言ってたな」
あたたかさに包まれながら微睡みのような心地で思案していると、至くんは唐突にそんなことを言った。
どうして今その話をと、少し遅れて「うん」と返事をする。
「だったらそいつのことを考えていてくれ」
「どうして?」
「その方が甘くなるから」
それっきり、至くんは何も言わずに私を抱きしめ続けた。
どうやら恋をしている人間の精気は、通常の精気よりも甘く美味しくなるものらしい。
夢魔がわざわざ夢の中に入りこんでまで人間を誘惑するのには、獲物を恋に落とせば極上の精気を得られるという理由もあるのだろう。
「うん。それじゃあやってみよ」
けれど今さら羞恥心を感じてなどいられない。
なにせこのことを提案したのは私の方なのだから。
そう思って勢いよく返事をすると、なぜだか至くんが私の後ろでため息を吐いた。
「至くん? どうかした?」
「俺が言えたことじゃねーけど、あんまり自分を安売りするなよ。ほんと危なっかしいな、あんた。将来詐欺にでも引っかかりそうだ」
「失礼な。これでもけっこう慎重な方なのに」
「どこがだよ。あっさり夢魔のことなんか信じるし、男の家に着いてきて、今は服まで脱いでるんだぞ。このまま何かされたらとか考えないのか」
「そんなこと考えないよ。私、至くんのこと信頼してるもん」
そちらこそこの期に及んで何を言っているのかと呆れていると、再び至くんのため息が聞こえた。
「今日までろくに話したこともなかったくせに、よくそんなことが言えるな」
「だって私、ずっと至くんのことを見てたからね」
そう、話したことはなかったけれど、入学式の日からずっと、私は至くんのことを見ていたのだ。
彼はたしかに目つきが悪くて無口で無愛想だ。
けれど授業はきちんと受けているし、休み時間ごとに何かを食べるその食べ方が綺麗だと思っていた。
大きな物音を立てているのは聞いたことがなく、いつも所作が落ち着いている。
怖そうな見た目だけれど、きっと真面目で穏やかな人なのだろう。
そんな予想を裏付けるように、彼は今日、何度も私を気遣う素振りを見せてくれた。
今の言葉だって、不用心に見える私を心配してくれたのだ。
だからこそ、彼は信頼に足る人だと私の直感が言っている。
「もしもこれで至くんに傷つけられたとしても、それは私の見る目がなかったってことだから、後悔したりなんかしないよ」
思っていたことを素直に告げると、後ろの至くんが息を呑んだ気配がした。
ややあって、「約束する」と掠れた声が響く。
「あんたを傷つけるようなことはしない。絶対に」
「やっぱり優しいね、至くんは」
からからと愉快な笑い声を上げると、そんな私とは対照的に、至くんは不服そうな様子で黙り込んでしまった。
それから彼の腕が躊躇いがちに伸びてきて、私を諌めるかのような強さでブラウスを握っていた両手ごと抱きしめられる。
先ほどまで笑っていたためか、さほど緊張はしていない。
それよりも背中に感じた体の熱さに私は驚かされていた。
これほどまでに体温が高いのは、彼が夢魔だからなのだろうか。
それとも男の子はみんな、こんなふうに体に熱を持っているものなのだろうか。
「好きなやつがいるって言ってたな」
あたたかさに包まれながら微睡みのような心地で思案していると、至くんは唐突にそんなことを言った。
どうして今その話をと、少し遅れて「うん」と返事をする。
「だったらそいつのことを考えていてくれ」
「どうして?」
「その方が甘くなるから」
それっきり、至くんは何も言わずに私を抱きしめ続けた。
どうやら恋をしている人間の精気は、通常の精気よりも甘く美味しくなるものらしい。
夢魔がわざわざ夢の中に入りこんでまで人間を誘惑するのには、獲物を恋に落とせば極上の精気を得られるという理由もあるのだろう。