至くんは普段、休み時間のたびに食べ物を頬張っている。
それなのに、今日はほとんど何も口にはしていないようだった。
ならば一度のキスでいったい何時間ほど空腹を抑えられるのかと問うと、至くんは少しのあいだ考え込んでから私を見据えた。

「まぁ、キスで精気をもらえば半日くらいは持つな」

「そうなんだ。だったらもっとたくさん精気をあげられたら、その分長くお腹を満たせるってこと?」

「ああ。1回ヤらせてもらえれば、2、3日は何も食わなくて済むくらいの精気を取り込める」

「やっ、ヤら……!」

突然至くんの口から飛び出した赤裸々な言葉に、思わず閉口してしまう。
しかし私の脳裏には、すぐさま今日の自習中にスマートフォンで調べたあれこれが浮かんできていた。

夢魔とは人の夢に入り込み、淫らな夢を見せて誘惑する生き物だったはずだ。
それなら彼らの望む先が性行為だったとしてもなんの違和感もない。
むしろ“体液を啜って精気を得る”とは、主にそういうことを意味していたのだろう。
キスまでしか想定できなかった自分の幼稚な思考に今さらながら気づき、私は慌てて首を振った。

「で、でも私とはキスまでだからね! それ以上のことはさすがに――」

「当たり前だろ。はなからあんたにそんな期待はしていない」

焦る私を見て、至くんが呆れたように鼻で笑う。
どうやら彼の方は私が深く理解していないことに気づいていたらしい。
そのことにホッと胸を撫で下ろしていると、至くんの目がギラギラと光をまとったような気がした。
その目がみるみるうちに今朝見たばかりの金色の目へと変わっていく。
聞けば夢魔の欲望が高まるとき、彼らの目は金色に輝くらしい。

「今からあんたの肌に触れて精気を取り込もうと思う」

「肌……。体液からじゃなくてもいいの?」

「それが一番人間に負担がかからないだろうからな」

至くん曰く、体液から精気を得るより時間はかかるけれど、素肌同士で触れ合えば皮膚からも精気を得ることができるのだそうだ。
「悪いけど、上だけ脱げるか」と言って、至くんが自分の制服を脱ぎ始める。
制服のブレザーとセーター、ネクタイにシャツ、中に着ていた黒いインナーをするすると脱ぎ、あっという間に上裸になってしまった彼を見て、私も弾かれたようにブレザーのボタンに手をかけた。

「見ないようにするから、全部脱いだら服で前を隠して、俺に背中を向けてくれ」

「分かった」

至くんがそっぽを向いていることを確認して、着込んでいた制服をひとつずつ脱いでいく。
ブレザーとカーディガン、リボン、ブラウス、インナー、そしてブラのホックを外してすべての衣服を脱ぎ終えると、私は言われたとおり脱いだばかりのブラウスで胸から下を隠し、至くんに背中を向けた。
部屋の中はあたたかいとはいえ、素肌をさらせばわずかに肌寒さを感じる。
それにさすがの私も、男の子の前でこの格好になるのは少し気恥ずかしいものがあった。

「準備できたよ」

「ああ」

寒さと緊張で震えそうになる声をどうにか堪えながら至くんを呼ぶと、彼はそっぽを向いたまま返事をし、私の方へと近づいた。
おそらく至くんはバックハグで私の背中から精気を取り込もうと考えたのだろう。
しかしこれまでキスだのなんだの、あけすけにいろいろな話をしてきたけれど、ハグはハグで恥ずかしいものがある気がする。