川崎との外出を終えて帰ってきても夕食までにはまだ時間があったので僕はあまりにも多い課題を少し片付けた。
全教科出ているものの、答えを写せばいいみたいなものもある。毎日こつこつやれば一応三日間で終わるだろう。
みんな親元なり保護者のもとへ帰るのにどうして大量に課題が出るのかわからない、みんなゆっくりしに帰るのにどこに課題なんてやる時間があるのか、とお好み焼きを食べながら力説したのは川崎。確かにそうだ。多少なりともここでの生活は気を遣う。どこへ行っても同じ年頃の人間がごろごろいて部屋だって一人じゃない。もちろんわかって来てるわけだけど、それでもたまにはここから離れて一人でリフレッシュも必要だろう。……仮の住まいじゃない、もうここしかないと腹をくくった僕はそうストレスも感じないが。とは言え学費も寮費も小遣いも父親から出ているのだから恵まれてないわけじゃない。
川崎とのご飯は楽しかったな。特別なことは何もなかったけど、久しぶりに何かに満たされた気がした。
これから生徒会長さんと夕飯を一緒に食べる。緊張は少しあるけど穏やかな気持ちで食事できそうだ。
なんだけど、よく考えれば時間を決めていなかったことに気付く。連絡先の交換なんてしてないから尋ねることもできない。仕方ないので食堂が開く時間に行って入口あたりで待つことにした。
すると会長さんもその時間にやって来た。
「ごめん、時間を決めてなかったよね」
だけど少しも待たずに会うことができて。会長さんも僕と同じ考えでやって来たのだろう。食堂が開く最初からここにいればいつかは会えるだろうと。なんとなく嬉しくなった。
入り口で落ち合ってそのまま配膳カウンターへ向かう。ゆっくりと、僕を置いていくことなく前を歩く会長さんの後をついて。
「メニューなんだっけ」
カウンターで順番待ちの列の最後尾に並ぶと会長さんは僕を振り返った。
「生姜焼きってありました」
献立は食堂の入り口に一週間分貼り出される。いつも楽しみにしている僕は朝食の時に夕飯までチェックしていて。寮生活の楽しみの一つだ。今日は生姜焼きにポテトサラダに冷奴。
「お肉ね、よかった。俺昼は外で焼き魚定食食べたんだよ」
「僕はお好み焼きでした」
「へえ、羽鳥君も外食だったんだ」
「はい。クラスの副委員長と食べました」
「楽しかった?」
「え。はい」
「それはよかった」
そこでちょうどトレイを手にする順番が来て話は終わって。
「いただきます」
ほとんどが帰省してるから当然ここで食事をとる人も少なくて、探すまでもなく好きな場所に差し向かいで座れた。
「お好み焼きいいな、明日食いに行くかな。羽鳥君は今日食べたから誘えないね」
会長さんはポテトサラダをつつきながら僕を見る。
別に食にこだわりはないから毎日同じものを食べることに抵抗はない。お好み焼きだったらトッピングで味も変わってくるし、そう同じものを食べているという感覚もないだろう。でも川崎のように同級生の気安さはない分、明日の昼もこの人と食事となると少し遠慮したい気分ではある。嫌な気持ちはないのだけども。
「今日何食べたの?」
「豚玉です」
「そっかー。スタンダードが一番美味いっていうのはあるよね。俺は肉玉うどんをよく食べるかな」
「うどん、ですか?」
うどん? お好み焼きに?
「お好み焼き屋って「のんちゃん」だろ? あそこ広島風もやってて焼きそばとかうどんとか入ってるんだよ」
うーん、そんなメニューあったかな。確かに店の名前はそうだったけど。
「時間が合えば今度一緒に行こう」
「はい」
と返事しておく。いつか行ければいい。
「誰かと一緒にご飯食べると楽しいよね」
「そうですね」
会話がそうなくとも時間を共有してるだけで何かつながりを感じて心が穏やかになる。言葉をかわせばもっとその気持ちは大きくなるはずだ。嫌いな人は論外として。
「羽鳥君が楽しそうな顔をしてるからよかったよ」
「え?」
「今日誰かと一緒にご飯を食べたから俺といる今も君は顔が明るい」
「……」
会長さんまでそんなことを言うのか。
「羽鳥君が楽しそうだと俺も嬉しい」
どうしてそこまで気遣ってくれるのか。生徒会長ってそんなことまでフォローしないといけないのか。
「誰かに遠慮してるの?」
!
「今日はその人がいないから君は自由で明るい顔をしてるのかと邪推してしまうな」
……。
違う、遠慮じゃない。こうあるべきだからこうしてるだけで。
「誰にも遠慮なんかしてないです。会長さんから見れば暗い奴と見えるのかもしれませんがこれが僕の普通です」
「そっか。羽鳥君、この後何か用事ある?」
「いえ……」
あるわけがない。食事したら風呂に入って寝るだけだ。課題だとか読書だとかするにしても一人で過ごすだけで。誰もいない、真司がいない部屋で。
「デザート食べない? って言っても俺の買い置きのアイスだけど」
寮には飲み物の自販機とアイスの自販機がある。アイスの自販機は飲み物に比べて極端に台数が少ないので風呂あがりは並んでることが多い。スーパーやコンビニで自分で買ってきて共用の冷蔵庫に入れておけるから不便はないようだけど。僕は今のところ並んだりわざわざ買ってきてまで食べたいと思わなかったからここに来てから食べてない。風呂あがりにはせいぜいお茶を買うぐらいで。部屋に自分用のインスタントコーヒーは買ってあるからそれをアイスコーヒーにして飲むことも多い。と言っても別に嫌いなわけじゃない。どうぞと言われればいただきたいとは思う。
「はい」
「よし。食べ終わったらこのまま俺の部屋に直行する? それとも風呂入ってから来る?」
そう言う会長さんはすでに食べ終えていて。あれ? 一緒にいただきますしたのに。まだ半分ほどしか食べてない僕は。
「……すみません、まだ食べ終わってなくて」
「いやいや、俺が早いだけ。生徒会の仕事が食堂閉まる時間近くまで終わらないこともあって早食いの癖がついちゃってさ」
学校が休みの今日は当然生徒会の仕事はない。だからゆっくり食事もできるはずなのに僕を誘ってくれるなんて。本当にいい人なんだな。
「風呂に入ってからいただいていいですか?」
その方が時間を気にすることなく、会長さんに気を遣わせずに済む気がする。
「了解。じゃあ俺の部屋に……は一人じゃ来づらいね。えーとどうしようかな」
「一時間後に二番館の玄関、はいかがですか?」
とてもじゃないが三年生の根城へ一人で入っていく勇気はない。
「うん、それでいこう。時間はきっちり守らなくても大丈夫だから。遅れそうになっても急がないでね」
「はい」
その後は僕が食べ終わるまで待っていてくれて一緒にトレイを返却して食堂の入り口で別れた。
一時間もあればゆっくり風呂にも入れるし髪も乾かせるだろう。人が少ないから風呂も混んでないし。
……安易に連絡先を訊いてこない気遣いに小さく感動した。今じゃ何でもすぐに「連絡先、アカ教えて」って言われる。だけど会長さんは訊かなかった。その距離感が僕は嬉しかった。電話帳やSNSにたくさんの連絡先が載ってることを自慢とは思わないし、親しくもない人に教えたくない。会長さんはどうかというと連絡先を教えたくないとは強く思わないけど進んで教えたいとも思わないし、知りたいとも思わない。今のところは。同じ中学のよしみで親切にしてくれていることはありがたく思うけど。
全教科出ているものの、答えを写せばいいみたいなものもある。毎日こつこつやれば一応三日間で終わるだろう。
みんな親元なり保護者のもとへ帰るのにどうして大量に課題が出るのかわからない、みんなゆっくりしに帰るのにどこに課題なんてやる時間があるのか、とお好み焼きを食べながら力説したのは川崎。確かにそうだ。多少なりともここでの生活は気を遣う。どこへ行っても同じ年頃の人間がごろごろいて部屋だって一人じゃない。もちろんわかって来てるわけだけど、それでもたまにはここから離れて一人でリフレッシュも必要だろう。……仮の住まいじゃない、もうここしかないと腹をくくった僕はそうストレスも感じないが。とは言え学費も寮費も小遣いも父親から出ているのだから恵まれてないわけじゃない。
川崎とのご飯は楽しかったな。特別なことは何もなかったけど、久しぶりに何かに満たされた気がした。
これから生徒会長さんと夕飯を一緒に食べる。緊張は少しあるけど穏やかな気持ちで食事できそうだ。
なんだけど、よく考えれば時間を決めていなかったことに気付く。連絡先の交換なんてしてないから尋ねることもできない。仕方ないので食堂が開く時間に行って入口あたりで待つことにした。
すると会長さんもその時間にやって来た。
「ごめん、時間を決めてなかったよね」
だけど少しも待たずに会うことができて。会長さんも僕と同じ考えでやって来たのだろう。食堂が開く最初からここにいればいつかは会えるだろうと。なんとなく嬉しくなった。
入り口で落ち合ってそのまま配膳カウンターへ向かう。ゆっくりと、僕を置いていくことなく前を歩く会長さんの後をついて。
「メニューなんだっけ」
カウンターで順番待ちの列の最後尾に並ぶと会長さんは僕を振り返った。
「生姜焼きってありました」
献立は食堂の入り口に一週間分貼り出される。いつも楽しみにしている僕は朝食の時に夕飯までチェックしていて。寮生活の楽しみの一つだ。今日は生姜焼きにポテトサラダに冷奴。
「お肉ね、よかった。俺昼は外で焼き魚定食食べたんだよ」
「僕はお好み焼きでした」
「へえ、羽鳥君も外食だったんだ」
「はい。クラスの副委員長と食べました」
「楽しかった?」
「え。はい」
「それはよかった」
そこでちょうどトレイを手にする順番が来て話は終わって。
「いただきます」
ほとんどが帰省してるから当然ここで食事をとる人も少なくて、探すまでもなく好きな場所に差し向かいで座れた。
「お好み焼きいいな、明日食いに行くかな。羽鳥君は今日食べたから誘えないね」
会長さんはポテトサラダをつつきながら僕を見る。
別に食にこだわりはないから毎日同じものを食べることに抵抗はない。お好み焼きだったらトッピングで味も変わってくるし、そう同じものを食べているという感覚もないだろう。でも川崎のように同級生の気安さはない分、明日の昼もこの人と食事となると少し遠慮したい気分ではある。嫌な気持ちはないのだけども。
「今日何食べたの?」
「豚玉です」
「そっかー。スタンダードが一番美味いっていうのはあるよね。俺は肉玉うどんをよく食べるかな」
「うどん、ですか?」
うどん? お好み焼きに?
「お好み焼き屋って「のんちゃん」だろ? あそこ広島風もやってて焼きそばとかうどんとか入ってるんだよ」
うーん、そんなメニューあったかな。確かに店の名前はそうだったけど。
「時間が合えば今度一緒に行こう」
「はい」
と返事しておく。いつか行ければいい。
「誰かと一緒にご飯食べると楽しいよね」
「そうですね」
会話がそうなくとも時間を共有してるだけで何かつながりを感じて心が穏やかになる。言葉をかわせばもっとその気持ちは大きくなるはずだ。嫌いな人は論外として。
「羽鳥君が楽しそうな顔をしてるからよかったよ」
「え?」
「今日誰かと一緒にご飯を食べたから俺といる今も君は顔が明るい」
「……」
会長さんまでそんなことを言うのか。
「羽鳥君が楽しそうだと俺も嬉しい」
どうしてそこまで気遣ってくれるのか。生徒会長ってそんなことまでフォローしないといけないのか。
「誰かに遠慮してるの?」
!
「今日はその人がいないから君は自由で明るい顔をしてるのかと邪推してしまうな」
……。
違う、遠慮じゃない。こうあるべきだからこうしてるだけで。
「誰にも遠慮なんかしてないです。会長さんから見れば暗い奴と見えるのかもしれませんがこれが僕の普通です」
「そっか。羽鳥君、この後何か用事ある?」
「いえ……」
あるわけがない。食事したら風呂に入って寝るだけだ。課題だとか読書だとかするにしても一人で過ごすだけで。誰もいない、真司がいない部屋で。
「デザート食べない? って言っても俺の買い置きのアイスだけど」
寮には飲み物の自販機とアイスの自販機がある。アイスの自販機は飲み物に比べて極端に台数が少ないので風呂あがりは並んでることが多い。スーパーやコンビニで自分で買ってきて共用の冷蔵庫に入れておけるから不便はないようだけど。僕は今のところ並んだりわざわざ買ってきてまで食べたいと思わなかったからここに来てから食べてない。風呂あがりにはせいぜいお茶を買うぐらいで。部屋に自分用のインスタントコーヒーは買ってあるからそれをアイスコーヒーにして飲むことも多い。と言っても別に嫌いなわけじゃない。どうぞと言われればいただきたいとは思う。
「はい」
「よし。食べ終わったらこのまま俺の部屋に直行する? それとも風呂入ってから来る?」
そう言う会長さんはすでに食べ終えていて。あれ? 一緒にいただきますしたのに。まだ半分ほどしか食べてない僕は。
「……すみません、まだ食べ終わってなくて」
「いやいや、俺が早いだけ。生徒会の仕事が食堂閉まる時間近くまで終わらないこともあって早食いの癖がついちゃってさ」
学校が休みの今日は当然生徒会の仕事はない。だからゆっくり食事もできるはずなのに僕を誘ってくれるなんて。本当にいい人なんだな。
「風呂に入ってからいただいていいですか?」
その方が時間を気にすることなく、会長さんに気を遣わせずに済む気がする。
「了解。じゃあ俺の部屋に……は一人じゃ来づらいね。えーとどうしようかな」
「一時間後に二番館の玄関、はいかがですか?」
とてもじゃないが三年生の根城へ一人で入っていく勇気はない。
「うん、それでいこう。時間はきっちり守らなくても大丈夫だから。遅れそうになっても急がないでね」
「はい」
その後は僕が食べ終わるまで待っていてくれて一緒にトレイを返却して食堂の入り口で別れた。
一時間もあればゆっくり風呂にも入れるし髪も乾かせるだろう。人が少ないから風呂も混んでないし。
……安易に連絡先を訊いてこない気遣いに小さく感動した。今じゃ何でもすぐに「連絡先、アカ教えて」って言われる。だけど会長さんは訊かなかった。その距離感が僕は嬉しかった。電話帳やSNSにたくさんの連絡先が載ってることを自慢とは思わないし、親しくもない人に教えたくない。会長さんはどうかというと連絡先を教えたくないとは強く思わないけど進んで教えたいとも思わないし、知りたいとも思わない。今のところは。同じ中学のよしみで親切にしてくれていることはありがたく思うけど。