昨日は前の日に真司の怒りを買ったからかフェラチオをさせてくれなかった。風呂上がりに恐る恐る訊いてみたものの断られるどころか完全に無視された。
唯一真司と繋がれる行為。異常かもしれないが今の僕にはそれが最上でそれしかなくて。なのにそれすらないなんて。
フェラチオがしたいわけじゃない。だけどやれないことが、真司にいよいよ愛想をつかされて必要とされないことが、辛い。
そして今日も。
「あの、真司……」
呼びかけても言葉は返ってこないし、僕を見ることもない。僕の存在に気付いていないとでもいうように。
終わったのかもしれない。憎まれるどころか存在すら認めてもらえなくて。
朝起きた時も、授業を終えて夕食をとって部屋にこうして二人でいても、何も返ってこない。真司の要求をうまくこなせなかったのは自分だ。だけど話がしたい。真司のために何かしたい。無視されるのは一番辛い。喉がぎゅっと締まって息ができなくなる。
僕はこの部屋にいない方がいいのだろう。いや、僕が辛い。
風呂に入っても消灯時間にはまだ時間がある。どこかで時間を潰して消灯時間近くになったら戻ろうと思い風呂の準備をして部屋を出た。真司には声をかけなかった。机で課題をしているみたいだしどうせ何も返ってこないだろうから。
友達同士の楽し気な声であふれる風呂場に行く気になれず、別の場所にあるシャワー室へ行く。どちらを使っても構わないし、シャワーは二十四時間使える。クラスの奴にちらりと聞いた話だと良い仲になった人たちが汗を流すのに夜中使うことも少なくないんだとか。そのためというわけではないだろうが設置されているシャワーブースは一つではなく、利用者は多い。
脱衣所にあるドライヤーで髪を乾かすのも億劫で。タオルで拭き取っただけで廊下へ出た。消灯までの自由時間は廊下にも自販機前にも人がいて、それぞれくつろいでいる。
とうとうここにも僕の居場所はないのかもしれない。
温まった体を冷やそうと、どこか涼める場所が、一人でいられる誰も来ない場所がないかと一番館を出た。
暑くもなく寒くもなく、季節柄外気は気持ち良くて。
少し向こうに寮の門が見える。門限後でも中から外へ出ることは可能だ(もちろん寮のルール違反だけど)。だけど寮の門を出たところで僕に帰る場所はない。真司に無視されようともここにいるしかないのだ。
「羽鳥君?」
日が落ちて寮の敷地内の街灯がついている中、僕の名を呼んだのは生徒会長だった。
「会長さん……」
二番館から出てきた会長さんは僕のところへ歩いてきた。
「羽鳥君も夕涼み?」
そう言う会長さんの髪も濡れていて。風呂上がりのようだった。
「はい……」
「良ければどこかに座る? ちょっとだけ秘密基地みたいなとこがあるんだよ」
そう言って連れてきてくれたのは裏手の小さめの東屋だった。木や花が植えてある、門が見える表にも東屋があって景観がいいので晴れた日には結構利用者がいる。僕たち一年生は遠くから見るばかりで多くは上級生が楽しそうにおしゃべりをしている。
この裏手の東屋は昼間でも人がいないだろうと思わせるところにあった。時間が時間だから当然今も人はいない。木や花もない場所で近くには外回り用の掃除用具が置いてある。日陰で、癒しになるような場所ではない。会長さんが秘密基地と言うのもわかる気がした。
「昼間でもほとんど人がいなくて、ここにあることを知らない奴もいると思う。一人になりたい時はよくここへ来るんだよ、俺」
僕たちは並んで木のベンチに座る。そんな場所を僕に教えてくれていいのだろうか。
「羽鳥君も疲れた時はここに来てみるのもいいかもしれないね。一人の時間は必要だよ」
「はい……」
今はどうだろう。真司がすごく遠くて。一緒にいたいが一緒にいるのが辛い。
「元気ないみたいだけど、誰かと喧嘩でもした?」
「いえ……喧嘩はしてないです」
「喧嘩、は? 他に何かトラブルがあった?」
しまった、墓穴を掘った。こんな言い方じゃ他にあると言ってるようなものだ。
「ないです、何も」
「そっか。ところで羽鳥君は明日からのゴールデンウィーク、実家に帰るの?」
「いえ、帰りません」
帰る場所がないから。そんなことは言えないけど。つまらない話だし、変に心配されても困る。
「俺も帰らないんだけど、夕食一緒に食べない? 相部屋の子は実家に帰るんだよね?」
「だと思います」
おばさんも真司の顔を見たいだろうし、真司だって。僕が知る限り、親子はとても仲が良かった。
「じゃあ決まりだね。連休初日、食堂で待ってるよ」
「え、でも、他の人と約束が」
「ああ、誰かともう約束してる? だったら次の日はどう?」
「いえ、そうじゃなくて、会長さんが先輩方と約束があるんじゃないかなと」
「俺はないよ。ないから誘ってる。仲の良いやつらみんな帰省するからいないんだよ」
「そう、ですか」
まあ、そうだよな。誰もいないから僕を誘ってくれたんだ。
「羽鳥君は俺一人の方がいいだろう? 知らない三年生と一緒に食事は嫌だろうなとも思ってさ」
「あ、いや、嫌ってことは……先輩方が楽しくないでしょうし」
「それはないと思うけど羽鳥君が緊張してご飯もね。俺とも緊張する?」
「いえ、そんなことは」
半分嘘だ。同級生みたいに気が置ける感じはしないし、この人は有名人だし、三年生だし。僕はこの人のことを忘れていた、し。緊張はする。でも嫌な気分にはならないと思う。今だって、こうやって隣に座ることは嫌じゃない。僕に向けられる感情がとても優しいからほっとする。
「そう、よかった。羽鳥君の都合が悪くなった時はナシでいいからね」
終始笑顔を向けてくれていた会長さんは一人で東屋を出て行った。一緒に戻ろうと言わないのは僕に気を遣ってくれたのだろう。僕が気後れするときっとわかってるから。
会長さんと少しの間だったけど一緒にいて気分が軽くなって。
真司に償おうと、言う通りにしようとは思ってるけど真司が僕にぶつける感情が心に痛くてやりきれなかった。
会長さんはとてもいい人だ。同じ中学だからと目をかけてくれて。僕も会長さんみたいな人になれたらと思う。不安に思ってる人の力に少しでもなれたらと思う。押し付けでない、そっと寄り添えるような。
入浴での火照りもすっかり落ち着いて部屋へ帰ろうと一番館に戻り部屋への廊下を歩いていると少し向こうで真司の笑い声がした。僕たちの部屋の先にある真司の仲の良い友達の部屋の前だろう。ドア口で話し込んでいるのを見かけることがよくある。
「お前の同室の羽鳥さ、大人しいっていうか暗いよな。割と可愛い顔してんのにもったいない」
近付くにつれ、話がはっきり聞こえてくる。
「羽鳥と話とかすんの?」
「するよ、ぼちぼち。大人しいやつだけど口はよく動くぞ」
「へえ。実はおしゃべりなのか。人見知り?」
真司の友達はその意味がわからなかったようだが、かっと顔に熱が走り見られないように俯いた。きっと僕のことなんて気付いてないのだろうけど。思わず唇を手の甲で拭う。
「今度他の奴も呼んでおしゃべり大会でもするか? 部屋ならゆっくりできるよな」
な……それって。
「お、いいな。羽鳥と話してみたいわ、俺」
まさかみんなの咥えろってこと……? そこまでされるのか。真司だから、なのに。
さすがに惨めで、鼻先がつんと痛くなって。僕は俯いたまま急いで部屋に入った。真司の視界にいたくない。
少し時間は早いがもう寝てしまおうと寝間着代わりの大きめのシャツとスウェットパンツに着替えて布団に入った。起きていても今日はせいぜい本を読むぐらいで何もすることはない。
消灯時間ではないから部屋の明かりは僕の一存では消せない。目の端に溜まった涙をシャツの袖で拭い頭から布団を被った。
その時、がちゃりとドアが開いて人が入ってきた。ノックもないから真司が戻ってきたのだろう。どうせ何も言われることはない。寝たフリをしようが本当に寝ていようが関係ない。
だけど、壁側を向いていた僕は背中に近寄ってくる足音を感じて。
「お前、明日何時だ」
え?
ずっと無視されていたのに。
「起きてるだろ? 何時に出るんだ」
僕の都合など関係ないとばかりに真司は言葉を続ける。
起きているとバレているのなら起きるしかない。僕はのろのろと布団から出て身を起こした。真司は明日からのゴールデンウィークのことを言っているのだろう。三日休みがあれば近郊の生徒は大方帰省するから。学校側も推奨している。
「僕は帰らない。旅行に行くらしくて帰っても誰もいなくて」
嘘をついた。詮索されたくないから。する気はないかもしれないけど。
「俺は朝飯食ったら出る」
「そう、ゆっくりしてきてね」
そこで会話は終わって真司は自分の机に向かった。今の状態では振れる話題もない。真司とほぼ何もしてないから共通の話題もないし、何かを訊くこともできない。
唯一真司と繋がれる行為。異常かもしれないが今の僕にはそれが最上でそれしかなくて。なのにそれすらないなんて。
フェラチオがしたいわけじゃない。だけどやれないことが、真司にいよいよ愛想をつかされて必要とされないことが、辛い。
そして今日も。
「あの、真司……」
呼びかけても言葉は返ってこないし、僕を見ることもない。僕の存在に気付いていないとでもいうように。
終わったのかもしれない。憎まれるどころか存在すら認めてもらえなくて。
朝起きた時も、授業を終えて夕食をとって部屋にこうして二人でいても、何も返ってこない。真司の要求をうまくこなせなかったのは自分だ。だけど話がしたい。真司のために何かしたい。無視されるのは一番辛い。喉がぎゅっと締まって息ができなくなる。
僕はこの部屋にいない方がいいのだろう。いや、僕が辛い。
風呂に入っても消灯時間にはまだ時間がある。どこかで時間を潰して消灯時間近くになったら戻ろうと思い風呂の準備をして部屋を出た。真司には声をかけなかった。机で課題をしているみたいだしどうせ何も返ってこないだろうから。
友達同士の楽し気な声であふれる風呂場に行く気になれず、別の場所にあるシャワー室へ行く。どちらを使っても構わないし、シャワーは二十四時間使える。クラスの奴にちらりと聞いた話だと良い仲になった人たちが汗を流すのに夜中使うことも少なくないんだとか。そのためというわけではないだろうが設置されているシャワーブースは一つではなく、利用者は多い。
脱衣所にあるドライヤーで髪を乾かすのも億劫で。タオルで拭き取っただけで廊下へ出た。消灯までの自由時間は廊下にも自販機前にも人がいて、それぞれくつろいでいる。
とうとうここにも僕の居場所はないのかもしれない。
温まった体を冷やそうと、どこか涼める場所が、一人でいられる誰も来ない場所がないかと一番館を出た。
暑くもなく寒くもなく、季節柄外気は気持ち良くて。
少し向こうに寮の門が見える。門限後でも中から外へ出ることは可能だ(もちろん寮のルール違反だけど)。だけど寮の門を出たところで僕に帰る場所はない。真司に無視されようともここにいるしかないのだ。
「羽鳥君?」
日が落ちて寮の敷地内の街灯がついている中、僕の名を呼んだのは生徒会長だった。
「会長さん……」
二番館から出てきた会長さんは僕のところへ歩いてきた。
「羽鳥君も夕涼み?」
そう言う会長さんの髪も濡れていて。風呂上がりのようだった。
「はい……」
「良ければどこかに座る? ちょっとだけ秘密基地みたいなとこがあるんだよ」
そう言って連れてきてくれたのは裏手の小さめの東屋だった。木や花が植えてある、門が見える表にも東屋があって景観がいいので晴れた日には結構利用者がいる。僕たち一年生は遠くから見るばかりで多くは上級生が楽しそうにおしゃべりをしている。
この裏手の東屋は昼間でも人がいないだろうと思わせるところにあった。時間が時間だから当然今も人はいない。木や花もない場所で近くには外回り用の掃除用具が置いてある。日陰で、癒しになるような場所ではない。会長さんが秘密基地と言うのもわかる気がした。
「昼間でもほとんど人がいなくて、ここにあることを知らない奴もいると思う。一人になりたい時はよくここへ来るんだよ、俺」
僕たちは並んで木のベンチに座る。そんな場所を僕に教えてくれていいのだろうか。
「羽鳥君も疲れた時はここに来てみるのもいいかもしれないね。一人の時間は必要だよ」
「はい……」
今はどうだろう。真司がすごく遠くて。一緒にいたいが一緒にいるのが辛い。
「元気ないみたいだけど、誰かと喧嘩でもした?」
「いえ……喧嘩はしてないです」
「喧嘩、は? 他に何かトラブルがあった?」
しまった、墓穴を掘った。こんな言い方じゃ他にあると言ってるようなものだ。
「ないです、何も」
「そっか。ところで羽鳥君は明日からのゴールデンウィーク、実家に帰るの?」
「いえ、帰りません」
帰る場所がないから。そんなことは言えないけど。つまらない話だし、変に心配されても困る。
「俺も帰らないんだけど、夕食一緒に食べない? 相部屋の子は実家に帰るんだよね?」
「だと思います」
おばさんも真司の顔を見たいだろうし、真司だって。僕が知る限り、親子はとても仲が良かった。
「じゃあ決まりだね。連休初日、食堂で待ってるよ」
「え、でも、他の人と約束が」
「ああ、誰かともう約束してる? だったら次の日はどう?」
「いえ、そうじゃなくて、会長さんが先輩方と約束があるんじゃないかなと」
「俺はないよ。ないから誘ってる。仲の良いやつらみんな帰省するからいないんだよ」
「そう、ですか」
まあ、そうだよな。誰もいないから僕を誘ってくれたんだ。
「羽鳥君は俺一人の方がいいだろう? 知らない三年生と一緒に食事は嫌だろうなとも思ってさ」
「あ、いや、嫌ってことは……先輩方が楽しくないでしょうし」
「それはないと思うけど羽鳥君が緊張してご飯もね。俺とも緊張する?」
「いえ、そんなことは」
半分嘘だ。同級生みたいに気が置ける感じはしないし、この人は有名人だし、三年生だし。僕はこの人のことを忘れていた、し。緊張はする。でも嫌な気分にはならないと思う。今だって、こうやって隣に座ることは嫌じゃない。僕に向けられる感情がとても優しいからほっとする。
「そう、よかった。羽鳥君の都合が悪くなった時はナシでいいからね」
終始笑顔を向けてくれていた会長さんは一人で東屋を出て行った。一緒に戻ろうと言わないのは僕に気を遣ってくれたのだろう。僕が気後れするときっとわかってるから。
会長さんと少しの間だったけど一緒にいて気分が軽くなって。
真司に償おうと、言う通りにしようとは思ってるけど真司が僕にぶつける感情が心に痛くてやりきれなかった。
会長さんはとてもいい人だ。同じ中学だからと目をかけてくれて。僕も会長さんみたいな人になれたらと思う。不安に思ってる人の力に少しでもなれたらと思う。押し付けでない、そっと寄り添えるような。
入浴での火照りもすっかり落ち着いて部屋へ帰ろうと一番館に戻り部屋への廊下を歩いていると少し向こうで真司の笑い声がした。僕たちの部屋の先にある真司の仲の良い友達の部屋の前だろう。ドア口で話し込んでいるのを見かけることがよくある。
「お前の同室の羽鳥さ、大人しいっていうか暗いよな。割と可愛い顔してんのにもったいない」
近付くにつれ、話がはっきり聞こえてくる。
「羽鳥と話とかすんの?」
「するよ、ぼちぼち。大人しいやつだけど口はよく動くぞ」
「へえ。実はおしゃべりなのか。人見知り?」
真司の友達はその意味がわからなかったようだが、かっと顔に熱が走り見られないように俯いた。きっと僕のことなんて気付いてないのだろうけど。思わず唇を手の甲で拭う。
「今度他の奴も呼んでおしゃべり大会でもするか? 部屋ならゆっくりできるよな」
な……それって。
「お、いいな。羽鳥と話してみたいわ、俺」
まさかみんなの咥えろってこと……? そこまでされるのか。真司だから、なのに。
さすがに惨めで、鼻先がつんと痛くなって。僕は俯いたまま急いで部屋に入った。真司の視界にいたくない。
少し時間は早いがもう寝てしまおうと寝間着代わりの大きめのシャツとスウェットパンツに着替えて布団に入った。起きていても今日はせいぜい本を読むぐらいで何もすることはない。
消灯時間ではないから部屋の明かりは僕の一存では消せない。目の端に溜まった涙をシャツの袖で拭い頭から布団を被った。
その時、がちゃりとドアが開いて人が入ってきた。ノックもないから真司が戻ってきたのだろう。どうせ何も言われることはない。寝たフリをしようが本当に寝ていようが関係ない。
だけど、壁側を向いていた僕は背中に近寄ってくる足音を感じて。
「お前、明日何時だ」
え?
ずっと無視されていたのに。
「起きてるだろ? 何時に出るんだ」
僕の都合など関係ないとばかりに真司は言葉を続ける。
起きているとバレているのなら起きるしかない。僕はのろのろと布団から出て身を起こした。真司は明日からのゴールデンウィークのことを言っているのだろう。三日休みがあれば近郊の生徒は大方帰省するから。学校側も推奨している。
「僕は帰らない。旅行に行くらしくて帰っても誰もいなくて」
嘘をついた。詮索されたくないから。する気はないかもしれないけど。
「俺は朝飯食ったら出る」
「そう、ゆっくりしてきてね」
そこで会話は終わって真司は自分の机に向かった。今の状態では振れる話題もない。真司とほぼ何もしてないから共通の話題もないし、何かを訊くこともできない。