奇しくも真司も僕もクラス委員長になった。真司はどうだったか知らないが、僕のクラスは最後まで立候補する人がいなくて最後はくじ引きで決まった。
 最初の委員会に出席するとすでに真司がいた。クラス副委員長と並んで座っている真司は楽しそうにおしゃべりをしていて、僕は副委員長が羨ましかった。
「羽鳥、どこ見てんの?」
 僕の隣に座るうちのクラスの副委員長が僕の目の前で手をひらひらさせた。
「え、あ、ごめん。なに?」
「いや、ぼーっと一点を見てるからどうしたんかなって、まあ、委員長なんて嫌だよなあ」
「あ、いや、それは仕方ない、くじだったし。川崎(かわさき)だってやりたくなかっただろ」
 副もくじ引きで。
「俺は副だから次からは委員会でなくていいし。楽なんだよ」
「そうなの?」
「そ。この先、体育祭とか文化祭とかあるだろ、委員長は大変らしい」
「そうか……でもやるしかないよね」
 くじ引きとは言え、どこにもズルはなく公平に決まったのだから頑張るしかない。
「まあさ、学年代表は野間にやらせりゃいいよ。ああいうの好きそうだし、頼めばやってくれそう。あいつ学年一位だろ、入学式の時挨拶してたもんな」
「真……野間が?」
「ええ? お前まさか入学式寝てたの? 大人しそうな顔して結構神経図太いな」
「いや寝てはなかったけど……」
 入学式に興味がわかなくて、集中して前を向いていなかった。これから始まる新しい生活というものに夢も希望も持てなかったし。これから一人で生きていくのだと思うとワクワクや嬉しいなんて思えなかった。真司との秘め事もあって。新入生代表挨拶をしたことも今言われるまで知らなかった。寝てたわけじゃないから視界にはあったのかもしれないけど。
「そういや、羽鳥って野間と同室じゃね?」
「あ、うん」
「あいつどうなの?」
「野間は部屋でもあのままだよ、いい奴」
 嘘かと言えばそうでもない。友達が訪ねてくればドア口で楽しそうに話してるし。僕への当たりが氷のようなだけだ。
「ふうん、でも羽鳥もすごいよな、二番」
「二番?」
「二番だろ、入試の成績」
「え?」
 そんな話は知らない。
「寮の部屋割ってさ、入試の成績順っていう噂があんだよ」
 入試の成績なんて公表されるものではないし、当然本人にも知らされない。真偽は別として、僕はとにかくここに入学しなければと必死で勉強した。食事と住むところを確保するためには絶対ここでなければならなかった。下宿や一人暮らしには不安がある。学校の寮ならすべての面で安心して暮らせると思ったのだ。金の心配はしなくていいと父親には言われて銀行の預金通帳とキャッシュカードを渡された。学費寮費は毎月ここから引き落とされて後は自由に使っていいと。
「そうなんだ。川崎は何でも知ってるね」
「親戚が三年にいてさ、それでちょっとかじっただけ」
「へえ、心強いね」
「んーまあ、すごく仲が良いわけじゃないけどわからないことは訊けるかな。羽鳥もなんかあったら言ってよ、俺訊いてみるから」
「うん、ありがと」
 身内がいるっていいな。僕だって、血縁ではないにしても真司がいると言えばそうだけど。でも心強いなんて言える関係じゃない。
「それでは時間になったので、代表委員会を始めます」
 クラス委員長と生徒会執行部で構成されるらしい代表委員会。今日の会場であるここ理科室に入ってきた背の高い人が、教卓に紙ファイルを置いてそう言った。背の高い人についてぞろぞろ入ってきた十人ばかりの人たちは前の方の机に陣取って座る。
 ざわざわとそれぞれ喋っていた場がしんと静まり返った。
「生徒会長の守矢(もりや)です。今日は学年代表を決めるのと執行部と各専門委員長の紹介をして終わります。今後の委員会日程と生徒会行事については帰り際にプリントを配るので持ち帰って各自見ておいてください」
 笑顔が優しくてさわやかを絵に描いたような生徒会長はその容姿に違わずぐだぐだになることなく颯爽と会を進行させ、四十分ほどで終了した。
 のだが、一つ問題が。
「じゃ、羽鳥お先。なんかあったら手伝うからな」
「うん、ありがとう」
 川崎は手を振って理科室を出て行った。川崎が真司にやらせればいいと言っていた学年代表。不公平なくということで全学年最初からくじで。一学年三クラスしかないから確率は三分の一で絶対当たらないと言い切れなくはあったのだけど。
 僕と真司ともう一人が生徒会長の持つくじの入った箱を順に引いた結果。はい、当たりました。最初に引いた僕が。
「余計に仕事があるとかそいうのじゃないから大丈夫だよ、学年の連絡係みたいな感じ」
 この世の終わりのような顔をしていたのかもしれない。確か副会長だと紹介されていた三年生ににこにこと笑いかけられた。
「はい……」
 委員会終了後、学年代表は残るようにと言われ。
 別に今帰っても少し後になっても、僕は部活をやってないから何も困ることはないのだけど、なんとなく疲れたから横になりたかったし、生徒会活動だとかに興味もないしで、早く寮に帰りたかった。残ったのはその連絡係についての話で、連絡はスマホにメールでするので捨てアカで構わないから書記にメールアドレスを送ってほしいということだった。書記の人のメールアドレスを教えてもらってメモを取り。そこへ。
「羽鳥君は俺と同じ中学だよね?」
 生徒会長が僕の横に立った。中学?
「……ええ、と」
「俺のこと知らない? 羽鳥君が一年生の時の生徒会副会長。今回は会長だけど」
 僕が一年の時、三年で、生徒会副会長……。
「……すみません」
 まったくわからない。
「あはは、いいんだよ。一年生だったから覚えてないかもね。俺はクラス委員長として委員会に来てた羽鳥君のことをよく覚えたから、ここで会えて嬉しくて」
 本当に今と同じ状況だ。僕、そんなのしてたっけ。きっと今回みたいにくじかジャンケンで負けたんだろうな。まったく覚えてない。
「ただ、あの頃とイメージが変わってて少しびっくりした。元気溌剌、って感じだったのに大人びたっていうか、落ち着きがあるというか」
 ……。
 何も知らなかった頃の僕だろう、きっと。毎日がただただ楽しかった頃。
「高校生ですし、少しは落ち着かないといけないと思って」
 へらへらと笑ってみた。きっともう純粋に、無垢に笑えない。どんな気持ちで笑えていたのかわからない。
「いい心がけだけど、進路は二年生になってからでも大丈夫。今は学校に慣れて楽しく過ごせることを考えたらいいと思うよ」
「はい」
 きっとみんなそう言うのだ。少しずつ慣れていけばいいんだと。この人の性格の良さみたいなものが乗ってそうなんだろうなと素直に聞けるけど、僕はすでにいっぱいいっぱいでコップの水は今にも溢れそうで。どうすれば楽しくなるかなんて、何が楽しいのかなんて、思いつかない。今日を過ごすのに精いっぱいだ。
 だけどこの人には僕の事情なんて関係ない。生徒会長として新一年生に当たり前のアドバイスをしてくれてるだけだ。
「ありがとうございます。少しずつ頑張れたらと思います」
「うん、頑張ってね」
 僕の味気ないテンプレみたいな返事に生徒会長はにこっと笑ってくれた。可もなく不可もなく、これでいい。
「よし、じゃ解散。お疲れ様でした」
 会長の号令で場はお開きになった。