中学二年生の初めに起こった事件以降、僕は真司と会うことが許されず、電話もできなかった。真司や真司のお母さんにしてみれば僕の声なんか聞きたくもないだろうけど……。
 その後、祖母の封筒は祖母の部屋の押し入れの奥から出てきた。当たり前だけど真司の無実は証明されて。
 祖母は軽度の認知症を患っていた。僕たちはそれにまだ気付いていなくて、違う科を受診した際に指摘を受けた。それでも祖母は真司がこっそり返しきたのだと言い、母は話を合わせて。そういう対応をするのが祖母にはいいのだと父も母も言ったが僕は吐きそうになるほど嫌な気分になり。
 真司たちにちゃんと謝ったのかと訊けば、母は縁を切りたかったから丁度いい、あの親子と付き合うとこちらまで白い目で見られると信じられないことを言った。そんなことないのに、誰もそんなことを言ってないし真司は悪い奴じゃない。
 父親がアル中で死ぬような程度の低い家だからと理解できない言葉を並べる母が。気持ち悪くて、我慢が出来なくて。
 だから言ってしまった。お母さんなんか死ねばいい、と。母に直接。
 そんな言葉を自分が口にするなんて思わなかった。だが抑えられなかった。辛くて、申し訳なくて、こんな言葉を吐く人が自分の母親なのだと思ったら。
 そしたら、本当にそうなってしまった。
 一週間後、母は事故死した。車の運転中に電柱に独り相撲で激突してそのまま意識が戻ることなく。
 僕が母に酷い言葉を投げつけたことを知らない父は呆然とする僕を抱きしめて、母は心が不安定だったのだと言った。実は離婚の話があったのだと。父が切り出した離婚の話に母は泣いていたと。祖母のお金のこともそんな中での出来事だったのだと。
 でも、とどめは僕が刺したのだと思った。僕が殺したのだ。僕は人殺しだ。
 真司を傷つけた母は死に、祖母はケア施設に入り、父は僕の知らない人と再婚した。
 いつの間にか僕は一人ぼっちになっていた。
 でもそれは真司を傷つけた罰なのだろうと思って。仕方ないと思った。 
 中学三年生になって進路を決める頃、今住んでいる家を売ってマンションを購入するつもりだと父が言ったので僕は全寮制の高校を受験することに決めた。見せてもらった間取りには僕の部屋はないように思えたから。父からはその進路について反対されることも、問い質されることもなく。
 そして無事高校入試に合格し、四月頭の入寮日。
 僕は再会したのだ、真司と。
 しかも寮の同じ部屋。僕が部屋のドアを開けた時、すでにいて。
 男子校の上に全寮制なんて特殊なのに、まさか真司も受けていたなんて。
 僕はどんな顔をしたらいいのかわからなくて、真司もそうだったのか、僕たちは無表情でしばらく見合って。先に目をそらしたのは真司だった。
 でも僕はここで一歩を踏み出すべきだと自分を叱咤し。
 神様にチャンスをもらえたのだ。二度と会うことはないと思っていたのに目の前にいる。すれ違いなんかじゃなく目の前に立っている。
 ちゃんと言わないと。謝りたい。傷付けてごめんと。何度でも、許してもらえるまで。
「真司」
 僕は着替えの入った鞄を下ろすと、ベッドの上で荷解きを始めた真司の前に立った。
「あの時はごめん。本当にごめん。真司にも真司のお母さんにも迷惑をかけて、心無いことを言って傷付けた。どうしたら許してくれるのかわからないけど謝らせて。ごめん。ごめんね」
 響くのかはわからない。でも僕には心を込めて謝ることしかできなくて。
「お前、本当に悪いと思ってるのか」
 許すとすぐに言ってもらえないことはわかっていた。だから硬い声のその言葉も仕方ないと思った。一年以上経っていて、僕のことなんか忘れてるだろうとも思っていた。久しぶりだと笑ってくれるなんてことはありえない。
「うん……母だけじゃない、僕も、あの時何もできなかった僕も真司を傷つけた」
 僕の言葉は母には届かず。
「なら、毎晩俺に奉仕しろよ」
「え?」
 ほうし?
「俺の竿を咥えるんだよ、口で。俺を気持ち良くさせんの」
「それって……」
「そ、フェラ。謝りたいんならできるだろ?」
 ニヤリともしない冷たい目の真司は冗談を言ってるわけではなく。
「俺の手の代わり、お前の口でしろよ」
 最後に見た日から少し大人びた顔つきになっていた。鋭い目つきだと感じるのは僕が真司に引け目があるからなのか、僕だけにそうなのか。
 口淫……男の僕が男の真司に。真司は僕を辱めたいのだ。僕の性的指向が男ではないことをわかった上での嫌がらせ。好意からでは決してない。女の人だっていきなり男にフェラチオをしろと言われたら怒り出すだろう。無理やりさせられそうになればレイプだ。相手の尊厳を削ぎ取る行為。
 僕はそこまで憎まれていた。
 そうかもしれない、それだけのことをした。死ねと言われないだけマシなのかもしれない。
 フェラチオなんてしたことないけどそれで真司の溜飲が下がるのなら。真司の中の憎しみが消えて綺麗な心に戻れるのなら。
「わかった」
 この日の晩から僕は毎日真司の陰茎を口で扱いて射精させるという奉仕をすることになった。