「星空が見たかったので」
「キレイに見えますよ、高い建物も、明るい建物もないので! まぁ、田舎だからなんですけどね」

 口を付けたクッキーを、ばりばりと噛み砕いて、サイダーで流し込む。
 ごちそうさまと小さく答えてから、立ちあがろうとすれば、またオーナーは質問攻めを始めた。

「いくつですか? 年近い気がするんですけど」
「まだ続きます?」

 ツンケンとした答えになってしまったのは、自覚がある。
 静かな場所に行きたかった。
 一人に、なりかった。
 だから、ここに来たはずなのに。

「だって、ペンションとか選ぶ人って、誰かと居たい人じゃないですか」
「偏見!」
「違います?」

 真剣な目に見つめられて、ごくんっと唾を飲み込んだ。
 一人になりたかった。
 それでも、誰かと一緒に居たかったのかも。
 だから、ホテルじゃなくペンションを選んだ。

 自分自身の気持ちに気づいて、恥ずかしくなって顔を覆った。

「星空を見にいくまで、まだまだ時間あるので、くだらない話でもしませんか」
「くだらないって」
「この地方のおいしいものとか、今日の天気とか、どうでも良いことです」

 オーナーの柔らかい声に、ふっと笑う。
 久しぶりの笑い声は、乾いていたけど、でも、確かに私の声だった。

***

 死にたいとか、それほどの悩みは無かったけど。
 色々、背負ってるものを捨てたかった。
 そんな時に、ここのペンションに訪れ、ルナのしつこさに救われたのだ。
 私はそれ以来常連になり気づけば……ここの従業員になっていた。

 ルナとは、気の置けない親友みたいな感じだけど。

 パチンっという音を聴きながら、トマトを十個ほどカゴに乗せる。ネギは三本ほど、根っこごと引っこ抜いた。
 トマトは本当は多分五つくらいで充分なんだけど、私が食べたいから倍の量収穫しておく。

 ぽたりと汗が土に染み込んで、虫の羽音が耳に響いた。
 ぶんぶんと手を振り回して追い払いながら、野菜を乗せたカゴを持ち上げる。

 キッチンに戻れば、出汁のいい香りが漂っていた。

「いい匂い」
「かつおだしと、昆布だし合わせたやつ」
「絶対うまいやつ。トマトの皮、剥くわ」

 トマトを流水で洗ってからフォークに刺そうとすれば、ルナの手に止められる。
 言いたいことがわかったけど、首を横に振った。
 私は、ルナの強引さに救われたけど、本当に静かにしたい人だっている。
 今回の田畑様は、そんな気がした。

「私がいくから、やらないで置いておいて」
「もー、そうじゃない人だって居るでしょ」
「そうじゃない人はペンションなんか、来ないの!」

 私の静止を振り切って、ルナは階段を駆け上っていく。
 あぁ、もう知らないから。