人生はゲームみたいなものだと思う。
やり込めばやり込むほど無双できるのに、みんなそれに気が付かない。
携帯のその小さな画面を覗き込む時間を少しでも自己投資に充てたなら、架空ではない現実を楽しめるというのに、奴らはそんなこと微塵も思わないらしい。
でも、その方が俺には都合が良かった。
哀しいかな、人間はいつだって支配される側とする側に二分される。
そのためには無知で盲目な奴らの存在は必要だった。
つまり、奴らはただの愚鈍なのではない、そう、愛すべき愚鈍なのだ__
「真くん、ごめん! 今日提出の課題まだ終わってなくて、それで」
「立川さん……」
立川ひなの。チアリーディング部、キャプテン。すらっとした肢体、明るくて通る声、誰とでも気軽に話せるコミュニケーション能力の高さに定評がある女子生徒。
しかし、勉強の方はからっきしで、最近は授業中もよく寝ている。
「……いいよ。ちょうど俺、図書室行こうと思ってたところだし。一時間もあれば十分かな?」
「ありがとう!! 真くん、本当神!! 今度絶対ジュース奢るからね!」
手を握られ、ブンブンと上下に振り回される。
「はは、大袈裟だな。こういう時はお互い様だろう」
三年に進級し、クラス替えがあってからはや一ヶ月。
学級委員の仕事をしていることもあって俺はクラスメイトの大体の立ち位置とキャラクターを比較的容易く頭に入れることができていた。
高校三年生ともなれば、部活動や委員会で重要なポジションを任されている生徒も多い。
例に漏れず立川ひなのもその一人__
図書室へ向かう道中、俺は先ほど彼女に握られた手を開いて閉じてみた。
手に残るちょっとした違和感は思い切りよく握られた名残りだろうか、
その事実に俺の胸はキュッと締め付けられた。
あぁ__
あんのぉ、ゴリラぁ!!
俺の手を握り潰すつもりか?
華奢で繊細な俺様の手になんてことを。
俺は鞄からアルコールスプレーを取り出すと、すかさず手に吹きつけ、流れるように無添加無香料のハンドクリームで手首から爪の先まで保湿する。
あいつは媚を売っておいて損がないから大目に見ているが、己の愚鈍さに他人を巻き込むその図太い神経は辟易に値する。
いくら部活でキャプテンをしているからと言って、レポート一本くらい両立できなくてどうする?
俺なんか一年生の頃から生徒会の仕事と学級委員を両立しているが、課題をやり忘れたことなんか一度もなかったぞ。
ただの一度もだ!!
勢い余って開けた図書室の扉はけたたましい音を立てて全開する。
「……失礼」
咳払い一つして中に入れば、机で本を読んでいる生徒と視線がかち合った。
__あれは、たしか、同じクラスの、あー、名前なんだっけ。
もっさりとした黒髪に、機能性重視の縁付きメガネ。
クラスメイトとして存在は認識していたが、いかんせん目立たないこともあり、肝心の名前が思い出せない。
入り口で仁王立ちをし、思案をする俺に、先に声をかけたのは向こうのほうだった。
「白石くん、珍しいね、こんなところで会うなんて」
「えっ、あ、あぁ」
思わずキョドってしまうのは、向こうが意外にも俺の名前を知っていたから。
まぁ、俺みたいな、顔も成績も運動神経も何もかも完璧なやつがクラスメイトにいたら、嫌でも覚えてしまうのは当然か。
「って、白石くんは僕なんかのこと知らないよね。直接話すのは初めてだし」
「……そんなことは、」
「僕、中村満。よろしくね」
「……嫌だなあ、クラスメイトだからもちろん知ってるよ」
「そっか、さすが白石くんだね」
中村はそういうと眼鏡の下でニコニコと微笑む。
「ここ座ってよ」
中村に促されて、俺は断る口実もなく、彼の前の席に腰を下ろした。
「本を読みに来たの?」
「いや、ちょっと時間ができたから、作業でもしようかと思って」
俺は隣の椅子にカバンを置くと、中から生徒会の資料を取り出した。明日の総会の発表原稿である。一時間もあれば余裕で内容を暗記し、質疑応答に備えることもできるだろうと目論んだ。
「へぇ、白石くんは偉いね。いつも見ていて尊敬するよ」
またかと思った。
大した努力もしたことないくせして、他者を手放しに褒める愚鈍が俺は大嫌いだった。
「そんなことないよ。中村くんは読書?」
ちらっと著書タイトルを盗み見る。
どうせ碌なものを読んでいないだろうとたかを括っていたのだが、それは意外にも難しそうな学術書の類だった。
「はは、タイトル見られちゃった? 恥ずかしいな」
おおよそ恥ずかしがってはいない口調で、さらっとかわされる。
「人心掌握入門?……経営者にでも興味があるのか」
「いや、ちょっと個人的興味なんだ」
「__そうか」
相槌を打ったものの、全然わからない。
人心掌握に個人的興味ってなんだ?
会話が終わり、本に目を通している中村の顔をこっそりと伺う。
こいつ、みたところただの冴えない隠キャじゃないか。
それなのに……。
「僕の顔に何かついてる?」
「えっ」
中村がクスッと笑った。
「この時間帯ってね、司書さんがいないんだ」
「……あぁ、言われてみれば」
振りかえると、カウンターは無人で、そのほかのスペースにも人はおらず、図書室はおよそ僕と中村の二人きりだった。
「なんでも職員会議なんだとか」
「へぇ」
「……僕、ずっと白石くんと話してみたかったんだ、だから嬉しい、こうして話せるの」
「それは、光栄だな、」
突然のストレートな言葉に、動揺し視線が泳ぐ。なんなんだ、こいつ、調子が狂うな。
すると、ことりとした音がして、中村の方に視線を戻せば、眼鏡が机に置かれていた。その横にはいつのまに閉じられたのか、先ほど彼が読んでいた本がその表紙をあらわにしていた。
「どうした?」
「これ、伊達メガネなんだ」
怪訝な顔をする俺に、中村は眼鏡を差し出した。確かめてみろということなのだろうか。俺は仕方がなく眼鏡を受け取った。かけてみれば、それはレンズはついているものの度が入っていないのだろう、かけても、かける前と変わらないただレンズを一枚隔てただけの世界が広がっていた。
「どう?」
中村がずぃっと、俺の視界ど真ん中に入ってくる。
「どうって、__は?」
そう声が漏れたのは、眼鏡を外した中村の顔がえらく整っていたから。
さっきは気が付かなかったが、まじまじと見れば見るほど、切れ長の瞳に、長いまつ毛が白い肌に作る影は幻想的で、ごくりと俺の喉が鳴る音がやけに大きくあたりに響いた。
「おまえ、その顔……」
「ふふ、驚いた?」
アイツはそういうと、俺の顔から眼鏡を取ろうと、身を乗り出した。
まるで氷のように冷たい中村の手が、一瞬耳に触れる。
「っ、あ」
しまった。
反射的に出してしまった変な声に、俺は思わず顔を赤らめた。
中村はキョトンとした顔で動きを止める。
その状態で、だんまりと見下ろされるのは羞恥プレイ以外の何ものでもなく、俺は何に謝るのかもわからないまま「悪ぃ」とモゴモゴと口した。
「……かわいいなぁ、やっぱり」
__え?
その時背筋がゾッとした。
幻聴か?
ボソリとしたつぶやきに耳を疑い、顔を上げれば、メガネの鞘に触れそれを取り上げるのが何かの合図とでもいうように、
アイツの手が、頬ぼね、顎へと滑らかにスライドし、実に慣れた手つきで気がつけば俺の唇はアイツのに蹂躙されていた。
「へっ……っんぅ!?」
中村の空いた方の手が、俺の体を舐め回すように撫で上げる。__っ。
(こいつ……!)
「っ、何すんだよっ」
舌を噛んで、覆い被さってきた中村を引き剥がせば、アイツは机に片足をついたまま、うざったい自身の髪の毛を掻き上げた。
「いったぁ」
舌をべーと突き出して、こちらを見下す仕草一つをとっても艶めかしい。
これが先ほどと同じ隠キャくんであることが俺には理解し難かった。
「……気分が悪い。無かったことにしてやるから、さっさとどっか行け」
俺は中村に冷たくそう言った。
屈辱だった。
一瞬とはいえ、人に弱い姿を見せるとは、それもこんな下の下の下のやつに__
中村が席を立つ気配に、早く行けよクソが、と内心毒づけば、アイツは俺の席の真後ろに立っていた。
「なっ、オマエ__はやく」
すると、中村は僕の後ろから机に手をついて、覆い被さるように耳元で囁く。
「っ__!」
(こいつ、俺が耳弱いの分かってて__)
「勘違いしてるみたいだからいうけどサ、これは出来心でも過ちでもないんだよ。機会があればシてみたいってずっと、ずっーと思ってたことだから。愛想振りまいてる完璧主義の王子サマが、僕みたいな下の下のやつに、好きなようにされてプライドへし折られて、でも体は正直だから反応しちゃうの」
中村の嫌な視線に、俺はまさかと思って下を見た。
「見るな!」
俺が勢いよく立ち上がれば、中村はひょいと後ろに下がる。
「アハっ、可愛いね。でも、残念。言えないね、こんなの。恥ずかしくて誰にも言えないね?」
「っ__! 死んで死にやがれ!」
「あはは、猫被るのやめたの? 怖いなぁ、もう」
また、あした♡、と、スキップでもしそうな勢いで図書室を後にする中村。
そんな彼を追い立てるように、5時のベルがなる。
机の上には覚えきれてない原稿と、あいつが置いていった本。
何がまた明日、だ。
くそっ、とんだ食わせ物じゃねぇか。
俺はワナワナとする全身浴を落ち着かせるためギュッと拳を握りしめた。
俺はいつだって支配する側。
それは覆らない真理なんだ。
それなのに、それなのに、こんな。
__中村満
……今に見てろよ、どっちが上かわからせてやる!!
白石真は完璧主義だ。
どんなことでも常に人の上に立ちたい男。
今ここにとんでもない愛の勝負が幕を上げようとしているが、それはまた別のお話。
(完)
やり込めばやり込むほど無双できるのに、みんなそれに気が付かない。
携帯のその小さな画面を覗き込む時間を少しでも自己投資に充てたなら、架空ではない現実を楽しめるというのに、奴らはそんなこと微塵も思わないらしい。
でも、その方が俺には都合が良かった。
哀しいかな、人間はいつだって支配される側とする側に二分される。
そのためには無知で盲目な奴らの存在は必要だった。
つまり、奴らはただの愚鈍なのではない、そう、愛すべき愚鈍なのだ__
「真くん、ごめん! 今日提出の課題まだ終わってなくて、それで」
「立川さん……」
立川ひなの。チアリーディング部、キャプテン。すらっとした肢体、明るくて通る声、誰とでも気軽に話せるコミュニケーション能力の高さに定評がある女子生徒。
しかし、勉強の方はからっきしで、最近は授業中もよく寝ている。
「……いいよ。ちょうど俺、図書室行こうと思ってたところだし。一時間もあれば十分かな?」
「ありがとう!! 真くん、本当神!! 今度絶対ジュース奢るからね!」
手を握られ、ブンブンと上下に振り回される。
「はは、大袈裟だな。こういう時はお互い様だろう」
三年に進級し、クラス替えがあってからはや一ヶ月。
学級委員の仕事をしていることもあって俺はクラスメイトの大体の立ち位置とキャラクターを比較的容易く頭に入れることができていた。
高校三年生ともなれば、部活動や委員会で重要なポジションを任されている生徒も多い。
例に漏れず立川ひなのもその一人__
図書室へ向かう道中、俺は先ほど彼女に握られた手を開いて閉じてみた。
手に残るちょっとした違和感は思い切りよく握られた名残りだろうか、
その事実に俺の胸はキュッと締め付けられた。
あぁ__
あんのぉ、ゴリラぁ!!
俺の手を握り潰すつもりか?
華奢で繊細な俺様の手になんてことを。
俺は鞄からアルコールスプレーを取り出すと、すかさず手に吹きつけ、流れるように無添加無香料のハンドクリームで手首から爪の先まで保湿する。
あいつは媚を売っておいて損がないから大目に見ているが、己の愚鈍さに他人を巻き込むその図太い神経は辟易に値する。
いくら部活でキャプテンをしているからと言って、レポート一本くらい両立できなくてどうする?
俺なんか一年生の頃から生徒会の仕事と学級委員を両立しているが、課題をやり忘れたことなんか一度もなかったぞ。
ただの一度もだ!!
勢い余って開けた図書室の扉はけたたましい音を立てて全開する。
「……失礼」
咳払い一つして中に入れば、机で本を読んでいる生徒と視線がかち合った。
__あれは、たしか、同じクラスの、あー、名前なんだっけ。
もっさりとした黒髪に、機能性重視の縁付きメガネ。
クラスメイトとして存在は認識していたが、いかんせん目立たないこともあり、肝心の名前が思い出せない。
入り口で仁王立ちをし、思案をする俺に、先に声をかけたのは向こうのほうだった。
「白石くん、珍しいね、こんなところで会うなんて」
「えっ、あ、あぁ」
思わずキョドってしまうのは、向こうが意外にも俺の名前を知っていたから。
まぁ、俺みたいな、顔も成績も運動神経も何もかも完璧なやつがクラスメイトにいたら、嫌でも覚えてしまうのは当然か。
「って、白石くんは僕なんかのこと知らないよね。直接話すのは初めてだし」
「……そんなことは、」
「僕、中村満。よろしくね」
「……嫌だなあ、クラスメイトだからもちろん知ってるよ」
「そっか、さすが白石くんだね」
中村はそういうと眼鏡の下でニコニコと微笑む。
「ここ座ってよ」
中村に促されて、俺は断る口実もなく、彼の前の席に腰を下ろした。
「本を読みに来たの?」
「いや、ちょっと時間ができたから、作業でもしようかと思って」
俺は隣の椅子にカバンを置くと、中から生徒会の資料を取り出した。明日の総会の発表原稿である。一時間もあれば余裕で内容を暗記し、質疑応答に備えることもできるだろうと目論んだ。
「へぇ、白石くんは偉いね。いつも見ていて尊敬するよ」
またかと思った。
大した努力もしたことないくせして、他者を手放しに褒める愚鈍が俺は大嫌いだった。
「そんなことないよ。中村くんは読書?」
ちらっと著書タイトルを盗み見る。
どうせ碌なものを読んでいないだろうとたかを括っていたのだが、それは意外にも難しそうな学術書の類だった。
「はは、タイトル見られちゃった? 恥ずかしいな」
おおよそ恥ずかしがってはいない口調で、さらっとかわされる。
「人心掌握入門?……経営者にでも興味があるのか」
「いや、ちょっと個人的興味なんだ」
「__そうか」
相槌を打ったものの、全然わからない。
人心掌握に個人的興味ってなんだ?
会話が終わり、本に目を通している中村の顔をこっそりと伺う。
こいつ、みたところただの冴えない隠キャじゃないか。
それなのに……。
「僕の顔に何かついてる?」
「えっ」
中村がクスッと笑った。
「この時間帯ってね、司書さんがいないんだ」
「……あぁ、言われてみれば」
振りかえると、カウンターは無人で、そのほかのスペースにも人はおらず、図書室はおよそ僕と中村の二人きりだった。
「なんでも職員会議なんだとか」
「へぇ」
「……僕、ずっと白石くんと話してみたかったんだ、だから嬉しい、こうして話せるの」
「それは、光栄だな、」
突然のストレートな言葉に、動揺し視線が泳ぐ。なんなんだ、こいつ、調子が狂うな。
すると、ことりとした音がして、中村の方に視線を戻せば、眼鏡が机に置かれていた。その横にはいつのまに閉じられたのか、先ほど彼が読んでいた本がその表紙をあらわにしていた。
「どうした?」
「これ、伊達メガネなんだ」
怪訝な顔をする俺に、中村は眼鏡を差し出した。確かめてみろということなのだろうか。俺は仕方がなく眼鏡を受け取った。かけてみれば、それはレンズはついているものの度が入っていないのだろう、かけても、かける前と変わらないただレンズを一枚隔てただけの世界が広がっていた。
「どう?」
中村がずぃっと、俺の視界ど真ん中に入ってくる。
「どうって、__は?」
そう声が漏れたのは、眼鏡を外した中村の顔がえらく整っていたから。
さっきは気が付かなかったが、まじまじと見れば見るほど、切れ長の瞳に、長いまつ毛が白い肌に作る影は幻想的で、ごくりと俺の喉が鳴る音がやけに大きくあたりに響いた。
「おまえ、その顔……」
「ふふ、驚いた?」
アイツはそういうと、俺の顔から眼鏡を取ろうと、身を乗り出した。
まるで氷のように冷たい中村の手が、一瞬耳に触れる。
「っ、あ」
しまった。
反射的に出してしまった変な声に、俺は思わず顔を赤らめた。
中村はキョトンとした顔で動きを止める。
その状態で、だんまりと見下ろされるのは羞恥プレイ以外の何ものでもなく、俺は何に謝るのかもわからないまま「悪ぃ」とモゴモゴと口した。
「……かわいいなぁ、やっぱり」
__え?
その時背筋がゾッとした。
幻聴か?
ボソリとしたつぶやきに耳を疑い、顔を上げれば、メガネの鞘に触れそれを取り上げるのが何かの合図とでもいうように、
アイツの手が、頬ぼね、顎へと滑らかにスライドし、実に慣れた手つきで気がつけば俺の唇はアイツのに蹂躙されていた。
「へっ……っんぅ!?」
中村の空いた方の手が、俺の体を舐め回すように撫で上げる。__っ。
(こいつ……!)
「っ、何すんだよっ」
舌を噛んで、覆い被さってきた中村を引き剥がせば、アイツは机に片足をついたまま、うざったい自身の髪の毛を掻き上げた。
「いったぁ」
舌をべーと突き出して、こちらを見下す仕草一つをとっても艶めかしい。
これが先ほどと同じ隠キャくんであることが俺には理解し難かった。
「……気分が悪い。無かったことにしてやるから、さっさとどっか行け」
俺は中村に冷たくそう言った。
屈辱だった。
一瞬とはいえ、人に弱い姿を見せるとは、それもこんな下の下の下のやつに__
中村が席を立つ気配に、早く行けよクソが、と内心毒づけば、アイツは俺の席の真後ろに立っていた。
「なっ、オマエ__はやく」
すると、中村は僕の後ろから机に手をついて、覆い被さるように耳元で囁く。
「っ__!」
(こいつ、俺が耳弱いの分かってて__)
「勘違いしてるみたいだからいうけどサ、これは出来心でも過ちでもないんだよ。機会があればシてみたいってずっと、ずっーと思ってたことだから。愛想振りまいてる完璧主義の王子サマが、僕みたいな下の下のやつに、好きなようにされてプライドへし折られて、でも体は正直だから反応しちゃうの」
中村の嫌な視線に、俺はまさかと思って下を見た。
「見るな!」
俺が勢いよく立ち上がれば、中村はひょいと後ろに下がる。
「アハっ、可愛いね。でも、残念。言えないね、こんなの。恥ずかしくて誰にも言えないね?」
「っ__! 死んで死にやがれ!」
「あはは、猫被るのやめたの? 怖いなぁ、もう」
また、あした♡、と、スキップでもしそうな勢いで図書室を後にする中村。
そんな彼を追い立てるように、5時のベルがなる。
机の上には覚えきれてない原稿と、あいつが置いていった本。
何がまた明日、だ。
くそっ、とんだ食わせ物じゃねぇか。
俺はワナワナとする全身浴を落ち着かせるためギュッと拳を握りしめた。
俺はいつだって支配する側。
それは覆らない真理なんだ。
それなのに、それなのに、こんな。
__中村満
……今に見てろよ、どっちが上かわからせてやる!!
白石真は完璧主義だ。
どんなことでも常に人の上に立ちたい男。
今ここにとんでもない愛の勝負が幕を上げようとしているが、それはまた別のお話。
(完)