「玲王の赤点なしにカンパーイ!」
「にぃにぃ、カンパーイ!」
一学期終業式の日。翼は三澤の自宅で、期末テストの健闘を祝う家族パーティーに参加している。
三澤のテスト結果は最高点が数学の六十四点で、最低点は国語表現で赤点ギリギリセーフの四十点。他の科目は平均点より少し下くらいでいいとは言えないが、赤点だらけの中間テストから見れば大躍進だ。
「かーさんもおまえらも、秀才の大塚の前で恥ずかしすぎるんだけど」
真っ昼間から発泡酒を片手に持ったオレンジ色の髪の母親と、翼が手土産にしたカップゼリーで乾杯をする弟ふたりに、三澤はきまり悪そうにする。
「いいじゃん、めでたいんだから! ほんと、大塚くんのおかげだね」
母親の麻紀は薄くて短い眉を弧の形にすると、思い出したように発泡酒をグラスに注いで、三澤の父の遺影の前に置きに行った。
「光輝、玲王にいい友達ができてさぁ。……って、あんたは昔、何回か大塚くんに会ってるんだよね。ねぇ、嬉しいよね。あんたのファンが玲王の友達で、いろいろ世話焼いてくれるなんてさ」
少し涙声に聞こえた。
「ああなると長い。酔っ払いは放っておくぞ」
ため息混じりの三澤だが、耳が少し赤い。照れているようにも見えて、翼も面映い気持ちになりながら自分のグラスを取って、ソーダ水を飲み干した。
爽やかな甘みが喉ではじける。視界までパチパチチカチカするのは、三澤に友情を感じているからなのだろう。いつもそうだから、多分間違っていない。
「でもでも、翼君って、本当に頭がいいんだね。あのね、私も教えてもらったところ、よくできてるって先生から褒められたんだよ」
母親似の三澤の妹、凜音が新しくソーダ水を継いでくれる。
「あったり前だろ。大塚は特進クラスにだって負けてないんだから」
三澤の方が自信満々に返事をした。
翼のテストはほとんどが満点だった。特進クラスとはテスト内容が違うので実際は比べようがないが、病休が多い翼では特進クラス独特のカリキュラムをこなせないだろうという判断理由で、三澤と同じ普通クラスに在籍となっている。
とはいえ、翼にとっては休んでいる間にベッドの上でできることが限られていて、主に漫画の読書と勉強くらいしかすることがなかっただけのことだ。
けれどそれが三澤や弟妹の役に立てたのは嬉しい。
テスト週間とその前の週、三澤は平日のアルバイトを休んだので、三澤家で勉強会をやった。またその間、翼も一緒に学童と保育園に弟妹を迎えに行き、凜音と次男、獅央の勉強も見たり、三澤の真似をして髪をライオンヘアにしている三男、緋王の遊び相手にもなったりした。
一度は凛音が軽い喘息発作を起こして、病気による苦しさを知っている翼は彼女の症状が落ち着くまで、背を撫でて寄り添った。
翼には兄弟がいないが、三澤家の子どもたちは皆明るくて、人懐っこい。もう旧知の仲のように打ち解けている。
「大塚くん、ホント、うちの玲王みたいにガサツで単細胞なやつと仲良くしてくれてありがとね。この子、昔から図体がでかくて目つきも悪いから、みんなから怖がられててさぁ、友達いなかったんだよねぇ。ね、玲王」
「おい、酔っ払い。そんな話やめろよ」
「いーじゃんよぉ」
「ぅわっ」
ほろ酔いの麻紀は、三澤が話を切り上げようとするとガバリと彼の背に抱きついた。
「アタシはさ、玲王は光輝そっくりのイイ男だと思ってんの! 光輝はね、そりゃぁもう男の中の男って感じでさ。チームを卒業するときのケジメをつける勇姿は……」
「やめろって。大塚はそういうのとは無縁なんだってば!」
「あんた、光輝を恥ずかしいと思ってるわけ? この親不孝者!」
パシン、と三澤の頭を軽く叩く麻紀。三澤は頭頂部を両手で守る。
「あ〜。ったく。マジで酔っ払い。夜勤明けで眠いんだろ。ほら、もう寝てろよ」
絡まれて埒があかないと判断したのか、三澤は母親の肩を担いで奥の和室に向かう。
「ちぇー。……そうだ、大塚君」
母親は三澤に抵抗しないものの、歩きながら翼の方に顔を向けた。
「あのさ、玲王はホンッとに優しくて頼れるやつでさ、これからももっとイイ男になるからさ……見捨てないでやってね。これからもそばにいてやって」
「は、はい!」
三澤がいい人なのは充分わかっているし、これからもそばにいたいと思うのは翼の方だ。
翼が力強く返事をすると、母親はニカッと笑った。
それもまた春のおひさまみたいな笑顔で、胸がぽかぽかと暖かくなる。
「なんか騒がしくてワリィな」
子どもたちに囲まれている翼の元に、母親を寝かせた三澤が戻ってきた。
「ううん、おかえり。……あっ」
「ん? ……あっ、これ、大塚のグラスか。ワリィ」
三澤が喉を潤したソーダ水のグラスは翼が使っていたものだ。しかも向きの加減で、おそらく間接キスになった。
だがこれこそ友達同士の当たり前だ。それにもう、箸も一緒に使った。
そう思うのに、胃に直接ソーダ水を注ぎ込んだかのように、目の前だけじゃなく胸の中までパチパチチカチカする。泡がしゃっくりとなって出てきそうで、翼は口元を押さえた。
「あ。あの、ホント悪かった。グラス、か、変えてくるから」
翼の動揺の理由に気づいたのか、三澤も言葉を噛んでギクシャクした動きをした。
「い、いいよ、大丈夫! 友達だし、三澤君なら平気!」
三澤が握ったままのグラスを奪い、ソーダ水を注ぐ。
けれど勢い余ってドボドボと注いでしまい、ソーダ水が泡をはじかせながらグラスからあふれた。
「わ、わ」
まるで、胸からあふれ出しそうな「なにか」を取り戻すみたいに、翼は慌ててコップに口を付ける。
……あ、これ、また間接キスだ。
三澤も気づいたのだろう。「あっ」と小さく声を出した。
その後、子どもたちに「にぃにぃと翼君、間違えてお酒飲んだの? かーさんとおんなじ顔の色~」と不思議がられたふたりだった。
「にぃにぃ、カンパーイ!」
一学期終業式の日。翼は三澤の自宅で、期末テストの健闘を祝う家族パーティーに参加している。
三澤のテスト結果は最高点が数学の六十四点で、最低点は国語表現で赤点ギリギリセーフの四十点。他の科目は平均点より少し下くらいでいいとは言えないが、赤点だらけの中間テストから見れば大躍進だ。
「かーさんもおまえらも、秀才の大塚の前で恥ずかしすぎるんだけど」
真っ昼間から発泡酒を片手に持ったオレンジ色の髪の母親と、翼が手土産にしたカップゼリーで乾杯をする弟ふたりに、三澤はきまり悪そうにする。
「いいじゃん、めでたいんだから! ほんと、大塚くんのおかげだね」
母親の麻紀は薄くて短い眉を弧の形にすると、思い出したように発泡酒をグラスに注いで、三澤の父の遺影の前に置きに行った。
「光輝、玲王にいい友達ができてさぁ。……って、あんたは昔、何回か大塚くんに会ってるんだよね。ねぇ、嬉しいよね。あんたのファンが玲王の友達で、いろいろ世話焼いてくれるなんてさ」
少し涙声に聞こえた。
「ああなると長い。酔っ払いは放っておくぞ」
ため息混じりの三澤だが、耳が少し赤い。照れているようにも見えて、翼も面映い気持ちになりながら自分のグラスを取って、ソーダ水を飲み干した。
爽やかな甘みが喉ではじける。視界までパチパチチカチカするのは、三澤に友情を感じているからなのだろう。いつもそうだから、多分間違っていない。
「でもでも、翼君って、本当に頭がいいんだね。あのね、私も教えてもらったところ、よくできてるって先生から褒められたんだよ」
母親似の三澤の妹、凜音が新しくソーダ水を継いでくれる。
「あったり前だろ。大塚は特進クラスにだって負けてないんだから」
三澤の方が自信満々に返事をした。
翼のテストはほとんどが満点だった。特進クラスとはテスト内容が違うので実際は比べようがないが、病休が多い翼では特進クラス独特のカリキュラムをこなせないだろうという判断理由で、三澤と同じ普通クラスに在籍となっている。
とはいえ、翼にとっては休んでいる間にベッドの上でできることが限られていて、主に漫画の読書と勉強くらいしかすることがなかっただけのことだ。
けれどそれが三澤や弟妹の役に立てたのは嬉しい。
テスト週間とその前の週、三澤は平日のアルバイトを休んだので、三澤家で勉強会をやった。またその間、翼も一緒に学童と保育園に弟妹を迎えに行き、凜音と次男、獅央の勉強も見たり、三澤の真似をして髪をライオンヘアにしている三男、緋王の遊び相手にもなったりした。
一度は凛音が軽い喘息発作を起こして、病気による苦しさを知っている翼は彼女の症状が落ち着くまで、背を撫でて寄り添った。
翼には兄弟がいないが、三澤家の子どもたちは皆明るくて、人懐っこい。もう旧知の仲のように打ち解けている。
「大塚くん、ホント、うちの玲王みたいにガサツで単細胞なやつと仲良くしてくれてありがとね。この子、昔から図体がでかくて目つきも悪いから、みんなから怖がられててさぁ、友達いなかったんだよねぇ。ね、玲王」
「おい、酔っ払い。そんな話やめろよ」
「いーじゃんよぉ」
「ぅわっ」
ほろ酔いの麻紀は、三澤が話を切り上げようとするとガバリと彼の背に抱きついた。
「アタシはさ、玲王は光輝そっくりのイイ男だと思ってんの! 光輝はね、そりゃぁもう男の中の男って感じでさ。チームを卒業するときのケジメをつける勇姿は……」
「やめろって。大塚はそういうのとは無縁なんだってば!」
「あんた、光輝を恥ずかしいと思ってるわけ? この親不孝者!」
パシン、と三澤の頭を軽く叩く麻紀。三澤は頭頂部を両手で守る。
「あ〜。ったく。マジで酔っ払い。夜勤明けで眠いんだろ。ほら、もう寝てろよ」
絡まれて埒があかないと判断したのか、三澤は母親の肩を担いで奥の和室に向かう。
「ちぇー。……そうだ、大塚君」
母親は三澤に抵抗しないものの、歩きながら翼の方に顔を向けた。
「あのさ、玲王はホンッとに優しくて頼れるやつでさ、これからももっとイイ男になるからさ……見捨てないでやってね。これからもそばにいてやって」
「は、はい!」
三澤がいい人なのは充分わかっているし、これからもそばにいたいと思うのは翼の方だ。
翼が力強く返事をすると、母親はニカッと笑った。
それもまた春のおひさまみたいな笑顔で、胸がぽかぽかと暖かくなる。
「なんか騒がしくてワリィな」
子どもたちに囲まれている翼の元に、母親を寝かせた三澤が戻ってきた。
「ううん、おかえり。……あっ」
「ん? ……あっ、これ、大塚のグラスか。ワリィ」
三澤が喉を潤したソーダ水のグラスは翼が使っていたものだ。しかも向きの加減で、おそらく間接キスになった。
だがこれこそ友達同士の当たり前だ。それにもう、箸も一緒に使った。
そう思うのに、胃に直接ソーダ水を注ぎ込んだかのように、目の前だけじゃなく胸の中までパチパチチカチカする。泡がしゃっくりとなって出てきそうで、翼は口元を押さえた。
「あ。あの、ホント悪かった。グラス、か、変えてくるから」
翼の動揺の理由に気づいたのか、三澤も言葉を噛んでギクシャクした動きをした。
「い、いいよ、大丈夫! 友達だし、三澤君なら平気!」
三澤が握ったままのグラスを奪い、ソーダ水を注ぐ。
けれど勢い余ってドボドボと注いでしまい、ソーダ水が泡をはじかせながらグラスからあふれた。
「わ、わ」
まるで、胸からあふれ出しそうな「なにか」を取り戻すみたいに、翼は慌ててコップに口を付ける。
……あ、これ、また間接キスだ。
三澤も気づいたのだろう。「あっ」と小さく声を出した。
その後、子どもたちに「にぃにぃと翼君、間違えてお酒飲んだの? かーさんとおんなじ顔の色~」と不思議がられたふたりだった。