翌朝登校すると、クラスメイトの男女四人が翼の席へ集まってきた。
「ねえねえ、昨日三澤君に絡まれたりしなかった?」
「三澤って、不良グループのヘッドらしいぞ。いつも喧嘩してるから怪我が耐えないらしい」
「それにあの頭。不良の自己主張ってやつ? 正直痛いよな」
「そうそう、入学式から来てない人がいるなって思ってたら、あの図体にあの髪で現れて、みんな目が点だったよね」
皆、翼に話しかけているようでそうではない。自分たちだけで会話を進めている。
内容も翼のことではなく三澤への誤解と嘲笑だけだ。
翼も外見だけで彼を不良だと思ってしまったので責めることはできないが、三澤を悪く言われたくない。
「み、み……三澤君は思いやりのあるいい人だよ!」
自分の意見を言うのは苦手なくせに、伝えようとして一生懸命になり過ぎた。普段出したことがない大きな声が出てしまい、一瞬四人がしーんと黙った。
「……なに、弱みかなんか握られてんの?」
訝しげに見られる。
「違う、そんなこと三澤君はしないよ。三澤君は本当に優しい人なんだ」
赤い髪にも怪我にも、彼の熱意と一生懸命が詰まっている。
わかってほしい。けれど目の前の四人も、翼の声が聞こえたらしいクラスメイト数人も、顔をしかめたり呆れた表情をしたりするだけだ。
「三澤君は……」
続けて擁護しようとして、他に言えることがないとはたと気づく。翼は彼が優しい人だと知ったし、父親を亡くしてレッド役を頑張っていることを知っている。けれど他にはまだなにも知らない。
言葉に窮していると、リリリリリ、と予鈴のベル音が黒板上のスピーカーから流れた。
皆は席へ戻っていき、翼も席に着く。
だが三澤はまだ来ない。昨日も朝礼に遅刻していたがどうしてなんだろうと、翼は心細さに似た気持ちで教室後部のドアに視線を留めていた。
結局三澤が登校してきたのは、昨日と同じく教師が出席を取り終えた頃だった。
席に着く際に目配せで「おはよ」と示してくれたものの、やはり授業中はうつらうつらと船を漕ぎ、休み時間は机に伏せてしまう。
昨日は関わらないようにと思ってきちんと見ていなかったが、改めて見ていると気づける。
三澤が机と椅子をガタつかせるのは生徒への威嚇ではなく、うたた寝中に体の不随意運動が起こってビクッとしているだけだし、その後睨んだように見えるのも、目を覚ました際に自然と眉をしかめてしまっているだけだ。
とはいえ、これでは確かに態度の悪い不良だと思われても仕方がない。
「三澤君、昼休みだよ。三澤君」
四時間目の授業が終わって、昼休み。翼は彼の制服の半袖をちょいちょいと引っ張って声をかけた。
「……ん、あ。大塚。おぁよ」
くわぁぁとあくびをしながら返事をしてくる。
「おはようじゃなくて、もうお昼だよ。お昼ご飯はどうするの?」
一緒に食べたいという気持ちを持ちつつ聞くと、三澤は「おにぎり」と答え、リュックから大きなおにぎり……というより、ラップに包んだだけみたいなご飯を取り出し、数口で食べ終えた。
翼はポカンとして、お弁当袋のジッパーさえ開けられていない。
「それだけ?」
「ああ。かーさんが夜勤から戻るの、九時過ぎなんだ。中学まで給食だったし、かーさんは日勤のときも出ていくのが早いから、今まではいつも親父が朝の用意をしてくれてたんだよ。それでいまだに朝にうまく動けなくてさ。弟や妹の世話してたら、いつの間にか時間が過ぎてさ」
食べ終えた後のラップを丸めて握ると、うーんと腕を伸ばした背伸びをして、ゴミ箱に向かう。ポイッと捨てれば、そのまま教室を出ようとしていた。
「待って、待って三澤君」
翼はお弁当袋を両手でかかえて追いかけた。
「ん?」
「あの、一緒に、お弁当を食べたくて……食べたかった」
三澤の生活ぶりはまだ知らないことだらけでも、昨日の様子から彼の性質が少しはわかった。気持ちをはっきりと伝えないと、わかってもらえないときがある。
反面、話せばちゃんと聞いてくれる人だ。それも昨日知ったから、だから翼でも気持ちを伝えることができる。
「あ……? あーーーー!」
三澤はわずかに眉を寄せて強面になったものの、理解してくれたとわかるほど大きく頷いた。
「そっか。そうだよな、友達だもんな。俺、そういうの初めてだ。小中とも、全員給食は自分の席で前を向いて食べてたからさ。高校ではスタートから出遅れたし、こんなナリだから浮いてるしさ」
あっけらかんと言うが、三澤のキリッと上がっている眉尻が下がった。
昨日も同じ表情で「皆に引かれてる」と苦笑していた三澤が頭に浮かぶ。
悪いことをしているわけじゃないのに、そんなふうに思われて平気なわけがない。
翼だって。三澤を悪く思われて悲しくなってしまう。昨日とは反対で、翼が三澤の手首を引いて、教室を出た。
「ねえねえ、昨日三澤君に絡まれたりしなかった?」
「三澤って、不良グループのヘッドらしいぞ。いつも喧嘩してるから怪我が耐えないらしい」
「それにあの頭。不良の自己主張ってやつ? 正直痛いよな」
「そうそう、入学式から来てない人がいるなって思ってたら、あの図体にあの髪で現れて、みんな目が点だったよね」
皆、翼に話しかけているようでそうではない。自分たちだけで会話を進めている。
内容も翼のことではなく三澤への誤解と嘲笑だけだ。
翼も外見だけで彼を不良だと思ってしまったので責めることはできないが、三澤を悪く言われたくない。
「み、み……三澤君は思いやりのあるいい人だよ!」
自分の意見を言うのは苦手なくせに、伝えようとして一生懸命になり過ぎた。普段出したことがない大きな声が出てしまい、一瞬四人がしーんと黙った。
「……なに、弱みかなんか握られてんの?」
訝しげに見られる。
「違う、そんなこと三澤君はしないよ。三澤君は本当に優しい人なんだ」
赤い髪にも怪我にも、彼の熱意と一生懸命が詰まっている。
わかってほしい。けれど目の前の四人も、翼の声が聞こえたらしいクラスメイト数人も、顔をしかめたり呆れた表情をしたりするだけだ。
「三澤君は……」
続けて擁護しようとして、他に言えることがないとはたと気づく。翼は彼が優しい人だと知ったし、父親を亡くしてレッド役を頑張っていることを知っている。けれど他にはまだなにも知らない。
言葉に窮していると、リリリリリ、と予鈴のベル音が黒板上のスピーカーから流れた。
皆は席へ戻っていき、翼も席に着く。
だが三澤はまだ来ない。昨日も朝礼に遅刻していたがどうしてなんだろうと、翼は心細さに似た気持ちで教室後部のドアに視線を留めていた。
結局三澤が登校してきたのは、昨日と同じく教師が出席を取り終えた頃だった。
席に着く際に目配せで「おはよ」と示してくれたものの、やはり授業中はうつらうつらと船を漕ぎ、休み時間は机に伏せてしまう。
昨日は関わらないようにと思ってきちんと見ていなかったが、改めて見ていると気づける。
三澤が机と椅子をガタつかせるのは生徒への威嚇ではなく、うたた寝中に体の不随意運動が起こってビクッとしているだけだし、その後睨んだように見えるのも、目を覚ました際に自然と眉をしかめてしまっているだけだ。
とはいえ、これでは確かに態度の悪い不良だと思われても仕方がない。
「三澤君、昼休みだよ。三澤君」
四時間目の授業が終わって、昼休み。翼は彼の制服の半袖をちょいちょいと引っ張って声をかけた。
「……ん、あ。大塚。おぁよ」
くわぁぁとあくびをしながら返事をしてくる。
「おはようじゃなくて、もうお昼だよ。お昼ご飯はどうするの?」
一緒に食べたいという気持ちを持ちつつ聞くと、三澤は「おにぎり」と答え、リュックから大きなおにぎり……というより、ラップに包んだだけみたいなご飯を取り出し、数口で食べ終えた。
翼はポカンとして、お弁当袋のジッパーさえ開けられていない。
「それだけ?」
「ああ。かーさんが夜勤から戻るの、九時過ぎなんだ。中学まで給食だったし、かーさんは日勤のときも出ていくのが早いから、今まではいつも親父が朝の用意をしてくれてたんだよ。それでいまだに朝にうまく動けなくてさ。弟や妹の世話してたら、いつの間にか時間が過ぎてさ」
食べ終えた後のラップを丸めて握ると、うーんと腕を伸ばした背伸びをして、ゴミ箱に向かう。ポイッと捨てれば、そのまま教室を出ようとしていた。
「待って、待って三澤君」
翼はお弁当袋を両手でかかえて追いかけた。
「ん?」
「あの、一緒に、お弁当を食べたくて……食べたかった」
三澤の生活ぶりはまだ知らないことだらけでも、昨日の様子から彼の性質が少しはわかった。気持ちをはっきりと伝えないと、わかってもらえないときがある。
反面、話せばちゃんと聞いてくれる人だ。それも昨日知ったから、だから翼でも気持ちを伝えることができる。
「あ……? あーーーー!」
三澤はわずかに眉を寄せて強面になったものの、理解してくれたとわかるほど大きく頷いた。
「そっか。そうだよな、友達だもんな。俺、そういうの初めてだ。小中とも、全員給食は自分の席で前を向いて食べてたからさ。高校ではスタートから出遅れたし、こんなナリだから浮いてるしさ」
あっけらかんと言うが、三澤のキリッと上がっている眉尻が下がった。
昨日も同じ表情で「皆に引かれてる」と苦笑していた三澤が頭に浮かぶ。
悪いことをしているわけじゃないのに、そんなふうに思われて平気なわけがない。
翼だって。三澤を悪く思われて悲しくなってしまう。昨日とは反対で、翼が三澤の手首を引いて、教室を出た。