***
「玲王起きて、寝過ごしちゃった。放送始まっちゃう!」
「ん〜。いいよ、話知ってるし。それより俺はまだ翼とゴロゴロしていたい」
あれから六年の月日が流れた。
ふたりは、翼が一年遅れて大学を卒業してから、一緒に暮らし始めている。
「僕は知らないんだから、見たいの! 先行くからね!」
ベッドから起き上がれない三澤を残し、翼はバタバタとリビングへ走っていく。
高校一年生のときに大きな手術を受けるまでは、音を立てて走ることなんてなかったのに、今の翼は少しお行儀が悪い。
けれど三澤はそんなときの翼を見ると嬉しそうにするので、家でだけならいいだろうと翼は思っている。
「間に合った!」
テレビのリモコンを付けると、今季から始まった戦隊物の番組「アニマル戦隊・ガオレンジャー」のオープニングが流れ出した。
最初に戦隊全員のカット、それからひとりひとりのズームアップカットに移る。
一番に映し出されるのは、ヒーローのリーダー的存在のレッド。テロップに「三澤玲王」と役者名が表示されている。
「今日もライオンレッド、かっこいい!」
翼が高揚しつつソファに座ろうとすると、いつの間にか起きてきていたらしい三澤が先に座っていて、翼の腰に手を回して自分の太ももの間に座らせた。
「本物がここにいるのに、なんでテレビ見てかっこいいっていうんだよ」
三澤は昨日もガオレンジャーの撮影と、芸能雑載のインタビューで疲れているからなのか、それとも寝起きだからなのか、声が不満げだ。
「僕にもわかんないけど、こっちもかっこいいんだもん。あ~この決めポーズ、レオニーレッドと同じで好きなんだぁ~」
翼は広い胸にもたれて放送を楽しむことにした。
「でも、本当にすごいねぇ。三澤君は僕やレオニーランドのヒーローだけじゃなく、全国のヒーローになっちゃった」
高校で勉学に励んだ三澤は観光課のある大学に進み、レオニーレッドのアルバイトを続けていたのだが、三年生のときだ。テレビ局がレオニーランドの取材に来てレオニーショーの特集を組み、三澤のインタビューに時間を多く取った。
テレビ局は当たると考えていたのだろう。その目論見通り放送は話題となり、レオニーランドもレオニーショーも、そして、レオニーレッドである三澤玲王も、爆発的に人気が広まった。
そして、大学卒業後にレオニーランドを運営するイベント会社に入社できた三澤は、レオニーランドへの配属を希望していたものの、会社と番組制作会社のタイアップによりレオニーヒーローズをイメージした戦隊ドラマシリーズに出演させられることになったのだ。
させられる、というのは三澤が強く拒否していたからだが、社長の訓示に逆らえるわけもなく、なにより翼の「見たいなあ。僕のヒーローがテレビで活躍することろ」と言った言葉で決意し、今に至っている。
「見たいって言ったの、翼だろ」
まだ少し眠いのか、翼の肩に甘えるように額を埋める。家での玲王は隙あらば抱きついてきて、甘えんぼさんになるなと翼は思うが、ヒーローには休息も甘える時間も必要なのだ。抱きしめ返して髪を撫で、ライオンを手懐けるようにおいしい食事を用意すれば、彼の朝日のような笑顔がすぐに復活するのだから。
「うん。だってさ、僕に命を与えてくれたヒーローは強いだけじゃなくて寂しさや辛さを知ってる人だから、どこかで同じように傷ついている人の支えになると思って」
テレビのラストシーンを見ながら、手のひらを後ろに向けて三澤の頭を撫でる。トレードマークの赤い色は健在で、触り心地もたてがみのように柔らかい。
「そんな立派なもんじゃねぇよ。翼にかっこいいと思ってもらいたくてやってるし、俺は度量が小せぇから、翼だけのヒーローであればいい。なあ、来年にはレオニーレッドに戻るから、またショーを見に来てくれよな」
そういうものの、やるなら真剣勝負だと、他の出演者が俳優ばかりの中で彼が真摯に懸命に取り組んでいるのを、翼は知っている。またその様子が伝わるからこそドラマ撮影は順調で、視聴者にもライオンレッドが一番人気なのだ。
レッドの装備玩具だけでなく、三澤がドラマ内で使用している小道具が売れているのも、それを物語っている。
「もったいない気はするけどね。玲王は芸能界でもやっていけると思うから」
大人になるにつれ、ぶっきらぼうさも即断的なところも薄まった三澤は、ますます頼もしさに磨きがかかっている。
全体の骨格も完成し、容姿などは怖いというより精悍だ。とにかくかっこいい。
「いいって。俺がやりたいのはレオニーレッドだから。翼のヒーローの……」
また言った。翼のことでは即断的な部分は変わらない。三澤はいつでも翼ファーストだ。
「ん? 玲王、寝てる?」
肩と背にかかる重みが増し、規則的な寝息と心拍のリズムを感じた。リズムは翼のそれと同じだ。
トク、トク、トク……。
「よし、今日も一日精一杯生きていくための糧を作るぞ!」
翼は管理栄養士になった。現在は総合病院で勤務をしている。三澤の弁当作りや三澤家の家事サポートをきっかけに、料理に関わるすべての作業の楽しさを知ったからだが、翼の作る料理は心を癒やし、活力をも与えると、三澤がいつも言ってくれていたのが大きな決め手となった。
病気で食事制限のある人に、食から生きる喜びを感じてもらいたい。食べることで生命を感じ、活力をつけてもらいたい。
三澤が表舞台で輝くヒーローなら、翼は裏舞台で輝くヒーローを目指すのだ。
「おいしいの作るから、待っててね」
三澤をソファに横たわらせ、ひざ掛けを掛けて立ち上がる。腕まくりをした翼の左手首には、赤いラバーバンドが一本。
外側にはレオニーレッドのミニキャラ顔のプリントが、内側には「いつもそばにいる」と書かれた、三澤から贈られたラバーバンドだ。
初代のラバーバンドは翼が高校に復学した際に、役目を終えたかのように切れてしまった。
けれど二代目のこのバンドが、これからもずっと翼と共に在る。
書かれたその言葉通りに、それを書いた、翼の生涯のヒーローと共に、永遠に。
了
「玲王起きて、寝過ごしちゃった。放送始まっちゃう!」
「ん〜。いいよ、話知ってるし。それより俺はまだ翼とゴロゴロしていたい」
あれから六年の月日が流れた。
ふたりは、翼が一年遅れて大学を卒業してから、一緒に暮らし始めている。
「僕は知らないんだから、見たいの! 先行くからね!」
ベッドから起き上がれない三澤を残し、翼はバタバタとリビングへ走っていく。
高校一年生のときに大きな手術を受けるまでは、音を立てて走ることなんてなかったのに、今の翼は少しお行儀が悪い。
けれど三澤はそんなときの翼を見ると嬉しそうにするので、家でだけならいいだろうと翼は思っている。
「間に合った!」
テレビのリモコンを付けると、今季から始まった戦隊物の番組「アニマル戦隊・ガオレンジャー」のオープニングが流れ出した。
最初に戦隊全員のカット、それからひとりひとりのズームアップカットに移る。
一番に映し出されるのは、ヒーローのリーダー的存在のレッド。テロップに「三澤玲王」と役者名が表示されている。
「今日もライオンレッド、かっこいい!」
翼が高揚しつつソファに座ろうとすると、いつの間にか起きてきていたらしい三澤が先に座っていて、翼の腰に手を回して自分の太ももの間に座らせた。
「本物がここにいるのに、なんでテレビ見てかっこいいっていうんだよ」
三澤は昨日もガオレンジャーの撮影と、芸能雑載のインタビューで疲れているからなのか、それとも寝起きだからなのか、声が不満げだ。
「僕にもわかんないけど、こっちもかっこいいんだもん。あ~この決めポーズ、レオニーレッドと同じで好きなんだぁ~」
翼は広い胸にもたれて放送を楽しむことにした。
「でも、本当にすごいねぇ。三澤君は僕やレオニーランドのヒーローだけじゃなく、全国のヒーローになっちゃった」
高校で勉学に励んだ三澤は観光課のある大学に進み、レオニーレッドのアルバイトを続けていたのだが、三年生のときだ。テレビ局がレオニーランドの取材に来てレオニーショーの特集を組み、三澤のインタビューに時間を多く取った。
テレビ局は当たると考えていたのだろう。その目論見通り放送は話題となり、レオニーランドもレオニーショーも、そして、レオニーレッドである三澤玲王も、爆発的に人気が広まった。
そして、大学卒業後にレオニーランドを運営するイベント会社に入社できた三澤は、レオニーランドへの配属を希望していたものの、会社と番組制作会社のタイアップによりレオニーヒーローズをイメージした戦隊ドラマシリーズに出演させられることになったのだ。
させられる、というのは三澤が強く拒否していたからだが、社長の訓示に逆らえるわけもなく、なにより翼の「見たいなあ。僕のヒーローがテレビで活躍することろ」と言った言葉で決意し、今に至っている。
「見たいって言ったの、翼だろ」
まだ少し眠いのか、翼の肩に甘えるように額を埋める。家での玲王は隙あらば抱きついてきて、甘えんぼさんになるなと翼は思うが、ヒーローには休息も甘える時間も必要なのだ。抱きしめ返して髪を撫で、ライオンを手懐けるようにおいしい食事を用意すれば、彼の朝日のような笑顔がすぐに復活するのだから。
「うん。だってさ、僕に命を与えてくれたヒーローは強いだけじゃなくて寂しさや辛さを知ってる人だから、どこかで同じように傷ついている人の支えになると思って」
テレビのラストシーンを見ながら、手のひらを後ろに向けて三澤の頭を撫でる。トレードマークの赤い色は健在で、触り心地もたてがみのように柔らかい。
「そんな立派なもんじゃねぇよ。翼にかっこいいと思ってもらいたくてやってるし、俺は度量が小せぇから、翼だけのヒーローであればいい。なあ、来年にはレオニーレッドに戻るから、またショーを見に来てくれよな」
そういうものの、やるなら真剣勝負だと、他の出演者が俳優ばかりの中で彼が真摯に懸命に取り組んでいるのを、翼は知っている。またその様子が伝わるからこそドラマ撮影は順調で、視聴者にもライオンレッドが一番人気なのだ。
レッドの装備玩具だけでなく、三澤がドラマ内で使用している小道具が売れているのも、それを物語っている。
「もったいない気はするけどね。玲王は芸能界でもやっていけると思うから」
大人になるにつれ、ぶっきらぼうさも即断的なところも薄まった三澤は、ますます頼もしさに磨きがかかっている。
全体の骨格も完成し、容姿などは怖いというより精悍だ。とにかくかっこいい。
「いいって。俺がやりたいのはレオニーレッドだから。翼のヒーローの……」
また言った。翼のことでは即断的な部分は変わらない。三澤はいつでも翼ファーストだ。
「ん? 玲王、寝てる?」
肩と背にかかる重みが増し、規則的な寝息と心拍のリズムを感じた。リズムは翼のそれと同じだ。
トク、トク、トク……。
「よし、今日も一日精一杯生きていくための糧を作るぞ!」
翼は管理栄養士になった。現在は総合病院で勤務をしている。三澤の弁当作りや三澤家の家事サポートをきっかけに、料理に関わるすべての作業の楽しさを知ったからだが、翼の作る料理は心を癒やし、活力をも与えると、三澤がいつも言ってくれていたのが大きな決め手となった。
病気で食事制限のある人に、食から生きる喜びを感じてもらいたい。食べることで生命を感じ、活力をつけてもらいたい。
三澤が表舞台で輝くヒーローなら、翼は裏舞台で輝くヒーローを目指すのだ。
「おいしいの作るから、待っててね」
三澤をソファに横たわらせ、ひざ掛けを掛けて立ち上がる。腕まくりをした翼の左手首には、赤いラバーバンドが一本。
外側にはレオニーレッドのミニキャラ顔のプリントが、内側には「いつもそばにいる」と書かれた、三澤から贈られたラバーバンドだ。
初代のラバーバンドは翼が高校に復学した際に、役目を終えたかのように切れてしまった。
けれど二代目のこのバンドが、これからもずっと翼と共に在る。
書かれたその言葉通りに、それを書いた、翼の生涯のヒーローと共に、永遠に。
了