翼は心臓手術のためにそのまま休学となった。

 手術とリハビリは居住地より遠く離れた県の専門病院で受けることになったから、三澤の十二月の誕生日も祝えないまま転院をして、会えない日々はもう十一か月目になろうとしている。

 また、手術は成功したとはいえ、基礎体力が少ない翼には苦痛の強い日もあった。
 けれど三澤が待ってくれているから、くじけずに頑張ってこれた。

 三澤は毎日のスマートフォンメッセージはもちろん、折々に通話やビデオ通話もかけてくれる。それになんといっても、翼の左手首には、いつも三澤がついている。

 転院の少し前にお見舞いに来てくれた際、三澤は翼の左手首に「いつもそばにいる」と書いた新しい赤いラバーバンドを着けてくれた。

 初代レッドにもらったのとは違い、三澤のバンドにはレッドレオニーのミニキャラ顔がぐるりと一周プリントされていて、みるたびに翼の顔を綻ばせる。

 そして着けてくれる直前のことだ。

 初代のものも着けていていいかを問うと「親父がいたから俺たちは会えた。繋がらなかったかもしれない輪をつないでくれたのは親父だから、着けていてほしい」と三澤は言った。

 翼が「やっぱり僕たちは同じことを思ってるね。もう言葉がなくても通じる気がしてきた」と微笑むと、目を細めて微笑みつつ「でも単細胞の猪突猛進だから、気づいてないところは言ってくれな。これからも、ずっと」と言って腕に通してくれた。

 ──三澤君の、裏表無い真っ直ぐなところが僕は好きだよ。

 そう思いながら、翼にはそれが神聖な儀式のように思えて、「うん。誓います」と答えたのだった。

 ピコン。スマートフォンの通知が鳴る。二十時だから、学校の特別補講を終えたばかりの三澤だ。
 翼はいそいそとトーク画面を開いた。やはり三澤だ。

『今、補講終わったとこ。物理のミニテスト、満点だった』
『すごいね。もう毎回満点だ。他の教科も調子いいし、バッチリだね』

 やり取りをしていると、自然に笑みがこぼれる。

「三澤君、すごいなあ」

 三澤は翼の見送りに来た日、「大塚が頑張るから俺も全力で頑張るな」と決意を表明してきた。
 すでに頑張り過ぎの彼がこれ以上なにを頑張るのかと心配になっていると、三澤は苦手の勉強を頑張るのだと聞かせてくれた。

 そしてその表明の通り、今では学年全五クラス(ちゅう)普通科三クラスの(なか)で、トップの成績を保持している。アクション練習は部活代わりに週二日行くが、平日のアルバイトを辞め、学校が自由参加で募っている放課後特別補講を受けるようになったのだ。

 そのようにして成績優秀者を保持することで、三澤は学校育英会から無返済の奨学金を受けられるまでになった。
 三澤はどんどん完璧なヒーローになっていく。

 去年の夏、公園で不良を撃退した翼を「ヒーローみたいだった」と言ってくれた三澤。彼は今でも翼をそう思ってくれるだろうか。
 そして翼は、三澤の隣が似合う人間になれているだろうか。

 スマートフォンのメッセージを終えた翼は、次にメールアプリを開いた。もうすでに何度も確認した一通を再度確認すると、今度は病室に駆けてあるカレンダーを見る。

 その月の二週間先には、大きな赤丸が付いていた。