その日から五日間、翼は緊急入院となり、三澤は三日間の、土日を含めば五日間の謹慎処分になった。
『レッドは基本無抵抗で殴られ放題だったらしいけど、最初に相手の腕をねじり上げたときに捻挫をさせたらしい。それに喧嘩の理由を頑として言わないもんだから、厳重注意として謹慎になったんだよ。まあでも停学とは違うらしいし、レッドは軽い打撲とかすり傷って話だ』
謹慎処分中はスマートフォンを持てない三澤と、入院三日目までベッド上安静のためにスマートフォンを使えなかった翼は、連絡が取り合えなかった。
クラスメイトも翼の体調を案じてメッセージを遠慮していたようで、翼が三澤について知ることができたのは退院日の朝、代表で天宮がお見舞いのメッセージをくれたからだった。
……謹慎だったから既読にもならなかったんだ。
『どうしよう。僕のせいだ』
『一緒に帰ってたんだよな? なにがあったんだよ。他クラスのやつらとかはさ、三澤を不良だと思ってるから言いたい放題なんだよ。先生たちだって一部はそう思ってる感じだし』
『違うよ。本当に三澤君は悪くない。僕がちゃんと前を見ずに歩いて、ぶつかったから』
三澤に告白されたことは言えないものの、翼はその日の出来事を話した。
今回のことで三澤にあらぬ誤解をかけられたくない。三澤は暴力を振るっていない。ただ翼を守っただけだ。
『そっか、わかった。俺からも先生やみんなに伝える。あんま気に病むなよ? 大塚はいつ学校に戻れそう?』
『週明けには行ける予定だから、僕からも先生に話す』
三澤は翼を巻き込みたくないと思っているだろうけれど。
『そうか、待ってる。またな』
『ありがとう。またね』
メッセージ画面を閉じる。
ふう、と重苦しいため息を吐くと、母親が病室に入ってきた。退院手続きを終えたのだ。
「行きましょうか。大丈夫?」
「うん。あれだけ安静にさせられたんだもん。もう平気」
翼はベッド上安静と点滴だけで持ち直した。体の成長もあるだろうし、中学三年生のときに受けた手術の効果も大きいだろう。以前ならこのまま一か月は休学になっていた。
「でもやっぱり……学校行事は負担になるのかもしれないわね。これからも内容によっては休んだほうが」
「だめだよ、お母さん。ただでさえ、もう休学できる上限になってるでしょ。留年したくない」
高校は中学までと違い、出席日数の不足で留年になってしまう。三澤と離れたくない。
「そうだけど、先生がおっしゃってるでしょ? 今回は回復が早かったけど、次に大きい発作が起きたら前より大きい手術が必要だって。学校を長期で休みたくないなら、そのあたりをもう一度お父さんとも話し合いましょう?」
「……わかった」
緊急入院で両親に心配をかけた自覚はある。翼は頷いて病院を後にした。
それからさらに三日後、自宅療養中に迎えた土曜日。
翼は両親に告げずにレオニーランドに向かった。
退院して間がないのに、外出するなんて言ったら反対されるに決まっている。出かけたと気づいたらまた心配をかけるだろう。けれどどうしても三澤に会いたかった。
謹慎を終えたはずの三澤と連絡が取れていない。通話どころかスマートフォンメッセージもいまだ既読にならず、天宮に問うと『自分のせいで大塚が入院したと思って、大塚が無事に登校するまで自分に罰を課してる感じがする。スマホも持ってきてないし、俺らともほぼ話さない』と返ってきた。
ただ天宮からの追加情報では、翼が天宮に送ったメッセージがきっかけで、謹慎明けの三澤に再度聞き取りが行われたそうだ。
厳重注意に変わりはないものの、アルバイトの継続許可が降りて、今日からショーに復帰するとのことだった。
三澤君に会いたい。顔が見たい。三澤君が動かないなら、僕が動く!
三澤に会えない日々には色がなかった。左手首のラバーバンドの赤色もずいぶんと色褪せて見えて、三澤の髪の赤い色が恋しかった。
それでも翼は赤いラバーバンドを握って、早く三澤に会えますようにと祈った。
けれどそうすると胸がとても痛くなって。
今まではラバーバンドに祈れば心が軽くなっていたのに、三澤を思うとますます胸が重くて苦しくなって。
翼はもう高校生なのに、涙をこぼして泣きたくなって。
会いたい、会いたい、会いたい……!
込み上げて来るこの思いの意味を考えた。そのときには決まって「好きだ」と言ってくれた三澤の顔が頭に浮かんだ。
好き。
翼も三澤が好きだ。
同じ言葉なのに、ふたりの言葉の意味は違うのだろうか?
彼の言う「惚れてる好き」は恋愛の意味なのだろう。
でも翼は男だ。恋愛の好きは異性に向けるものじゃないのか?
だから翼の好きは、単純に親友に対する好きで。
……単純? 単純なんかじゃない。翼が三澤に感じる好きは、もっともっと複雑で、深くて大きい。
彼の人柄を、彼の行動を、翼に力を与えてくれる彼の笑顔を、翼は好きだ。
もしそれらがなくなったとしたら、翼にとっての世界は太陽を失くした暗がりになってしまう。
想像しただけで胸が痛んだ。けれど一緒にいるところを想像しても胸が切なくてきしんで、ドックドックと激しいリズムを刻んだ。
この痛みは。
この切なさは。
この律動は、きっと。
三澤に会って確かめる。
キスが嫌じゃなかった。いいや、心地よかった意味も。
思いを告げられたときはパニックになったが、三澤の言葉で心臓が止まりそうに感じた意味も、全部一緒に確かめる。
これほど動きたい気持ちになるのは、相手が三澤だからだ。
翼は開園と同時にレオニーランドに入り、一番にレオニーショーの整理券を求めてショー施設に向かった。
だが三澤が謹慎だったからだろう。レオニーショーは一週間ぶりということもあり、また翼が走れず先を越されたこともあり、整理券配布窓口に着いたときにはすでに長蛇の列ができていた。
不安と苛立ちに胸を痛めながら並ぶ。いつもは三澤が整理券を準備してくれていたから、この時間がとてつもなく長く感じた。
それでもラバーバンドに祈って順番を待つと、なんとか整理券を受け取れて、翼のふたり後で配布終了になったときにはラバーバンドに感謝せずにいられなかった。
──あと少しで会える。
開場まではまだ時間があるが、翼は少しでも早く三澤に見つけてほしいという思いから、そのまま施設の入り口に並んでいた。翼は一番後ろの左端に座ることが多いから、そこに座れば三澤も気づいてくれやすいかもしれない。
今日も「ショーに行くよ」とメッセージを送っても既読にならなかったから、謹慎処分後からスマートフォンを持ち歩いていない可能性が高い。
こうして三澤に見つけてもらうしか、ショー後に話せる術がないのだ。
ただ十月中旬に差し掛かろうというのに、快晴の秋は気温が高く、額や首に次第に汗が滲んだ。思いつめるように来たから飲み物も忘れてきている。
でもあと三十分だから……スマートフォンの時刻表示を見る。それからアルバムアプリを開いて、三澤と撮った写真を見た。
六月に出会ってからたった四か月。写真はまだ数枚しかないが、気を紛らわせるには充分過ぎた。充分過ぎて、見ているとさまざまな気持ちが溢れ出しそうになる。鼻の奥がじんと熱くなり、視界が少し霞んだ。
早く会いたい。あと二十分……そう繰り返してあと十分、あと五分となり、やっと開場時間となった。
一番に入った翼は一番後ろの左端を確保できて、暑い中を一時間待って疲労した体を休める。
けれど外気温が高いせいか施設内は冷房が効いていて、寒さのほうが弱い翼の手足はすぐに冷たくなった。温度の急激な変化は翼の体に負担だ。
胸が少しドキドキしている。だがこれはもうすぐ三澤に会えるからかもしれない。
ここ最近の翼は、三澤を思えばドキドキしていたから。
ふぅぅ、とゆっくり深呼吸をして胸を撫でる。
うん、大丈夫だ。今日はちゃんと頓服薬を持ってきたから、ひどくなれば飲めばいい。
このときの翼は浮き立っていたのだろう。飲み物を持っていないことを忘れていた。
『レッドは基本無抵抗で殴られ放題だったらしいけど、最初に相手の腕をねじり上げたときに捻挫をさせたらしい。それに喧嘩の理由を頑として言わないもんだから、厳重注意として謹慎になったんだよ。まあでも停学とは違うらしいし、レッドは軽い打撲とかすり傷って話だ』
謹慎処分中はスマートフォンを持てない三澤と、入院三日目までベッド上安静のためにスマートフォンを使えなかった翼は、連絡が取り合えなかった。
クラスメイトも翼の体調を案じてメッセージを遠慮していたようで、翼が三澤について知ることができたのは退院日の朝、代表で天宮がお見舞いのメッセージをくれたからだった。
……謹慎だったから既読にもならなかったんだ。
『どうしよう。僕のせいだ』
『一緒に帰ってたんだよな? なにがあったんだよ。他クラスのやつらとかはさ、三澤を不良だと思ってるから言いたい放題なんだよ。先生たちだって一部はそう思ってる感じだし』
『違うよ。本当に三澤君は悪くない。僕がちゃんと前を見ずに歩いて、ぶつかったから』
三澤に告白されたことは言えないものの、翼はその日の出来事を話した。
今回のことで三澤にあらぬ誤解をかけられたくない。三澤は暴力を振るっていない。ただ翼を守っただけだ。
『そっか、わかった。俺からも先生やみんなに伝える。あんま気に病むなよ? 大塚はいつ学校に戻れそう?』
『週明けには行ける予定だから、僕からも先生に話す』
三澤は翼を巻き込みたくないと思っているだろうけれど。
『そうか、待ってる。またな』
『ありがとう。またね』
メッセージ画面を閉じる。
ふう、と重苦しいため息を吐くと、母親が病室に入ってきた。退院手続きを終えたのだ。
「行きましょうか。大丈夫?」
「うん。あれだけ安静にさせられたんだもん。もう平気」
翼はベッド上安静と点滴だけで持ち直した。体の成長もあるだろうし、中学三年生のときに受けた手術の効果も大きいだろう。以前ならこのまま一か月は休学になっていた。
「でもやっぱり……学校行事は負担になるのかもしれないわね。これからも内容によっては休んだほうが」
「だめだよ、お母さん。ただでさえ、もう休学できる上限になってるでしょ。留年したくない」
高校は中学までと違い、出席日数の不足で留年になってしまう。三澤と離れたくない。
「そうだけど、先生がおっしゃってるでしょ? 今回は回復が早かったけど、次に大きい発作が起きたら前より大きい手術が必要だって。学校を長期で休みたくないなら、そのあたりをもう一度お父さんとも話し合いましょう?」
「……わかった」
緊急入院で両親に心配をかけた自覚はある。翼は頷いて病院を後にした。
それからさらに三日後、自宅療養中に迎えた土曜日。
翼は両親に告げずにレオニーランドに向かった。
退院して間がないのに、外出するなんて言ったら反対されるに決まっている。出かけたと気づいたらまた心配をかけるだろう。けれどどうしても三澤に会いたかった。
謹慎を終えたはずの三澤と連絡が取れていない。通話どころかスマートフォンメッセージもいまだ既読にならず、天宮に問うと『自分のせいで大塚が入院したと思って、大塚が無事に登校するまで自分に罰を課してる感じがする。スマホも持ってきてないし、俺らともほぼ話さない』と返ってきた。
ただ天宮からの追加情報では、翼が天宮に送ったメッセージがきっかけで、謹慎明けの三澤に再度聞き取りが行われたそうだ。
厳重注意に変わりはないものの、アルバイトの継続許可が降りて、今日からショーに復帰するとのことだった。
三澤君に会いたい。顔が見たい。三澤君が動かないなら、僕が動く!
三澤に会えない日々には色がなかった。左手首のラバーバンドの赤色もずいぶんと色褪せて見えて、三澤の髪の赤い色が恋しかった。
それでも翼は赤いラバーバンドを握って、早く三澤に会えますようにと祈った。
けれどそうすると胸がとても痛くなって。
今まではラバーバンドに祈れば心が軽くなっていたのに、三澤を思うとますます胸が重くて苦しくなって。
翼はもう高校生なのに、涙をこぼして泣きたくなって。
会いたい、会いたい、会いたい……!
込み上げて来るこの思いの意味を考えた。そのときには決まって「好きだ」と言ってくれた三澤の顔が頭に浮かんだ。
好き。
翼も三澤が好きだ。
同じ言葉なのに、ふたりの言葉の意味は違うのだろうか?
彼の言う「惚れてる好き」は恋愛の意味なのだろう。
でも翼は男だ。恋愛の好きは異性に向けるものじゃないのか?
だから翼の好きは、単純に親友に対する好きで。
……単純? 単純なんかじゃない。翼が三澤に感じる好きは、もっともっと複雑で、深くて大きい。
彼の人柄を、彼の行動を、翼に力を与えてくれる彼の笑顔を、翼は好きだ。
もしそれらがなくなったとしたら、翼にとっての世界は太陽を失くした暗がりになってしまう。
想像しただけで胸が痛んだ。けれど一緒にいるところを想像しても胸が切なくてきしんで、ドックドックと激しいリズムを刻んだ。
この痛みは。
この切なさは。
この律動は、きっと。
三澤に会って確かめる。
キスが嫌じゃなかった。いいや、心地よかった意味も。
思いを告げられたときはパニックになったが、三澤の言葉で心臓が止まりそうに感じた意味も、全部一緒に確かめる。
これほど動きたい気持ちになるのは、相手が三澤だからだ。
翼は開園と同時にレオニーランドに入り、一番にレオニーショーの整理券を求めてショー施設に向かった。
だが三澤が謹慎だったからだろう。レオニーショーは一週間ぶりということもあり、また翼が走れず先を越されたこともあり、整理券配布窓口に着いたときにはすでに長蛇の列ができていた。
不安と苛立ちに胸を痛めながら並ぶ。いつもは三澤が整理券を準備してくれていたから、この時間がとてつもなく長く感じた。
それでもラバーバンドに祈って順番を待つと、なんとか整理券を受け取れて、翼のふたり後で配布終了になったときにはラバーバンドに感謝せずにいられなかった。
──あと少しで会える。
開場まではまだ時間があるが、翼は少しでも早く三澤に見つけてほしいという思いから、そのまま施設の入り口に並んでいた。翼は一番後ろの左端に座ることが多いから、そこに座れば三澤も気づいてくれやすいかもしれない。
今日も「ショーに行くよ」とメッセージを送っても既読にならなかったから、謹慎処分後からスマートフォンを持ち歩いていない可能性が高い。
こうして三澤に見つけてもらうしか、ショー後に話せる術がないのだ。
ただ十月中旬に差し掛かろうというのに、快晴の秋は気温が高く、額や首に次第に汗が滲んだ。思いつめるように来たから飲み物も忘れてきている。
でもあと三十分だから……スマートフォンの時刻表示を見る。それからアルバムアプリを開いて、三澤と撮った写真を見た。
六月に出会ってからたった四か月。写真はまだ数枚しかないが、気を紛らわせるには充分過ぎた。充分過ぎて、見ているとさまざまな気持ちが溢れ出しそうになる。鼻の奥がじんと熱くなり、視界が少し霞んだ。
早く会いたい。あと二十分……そう繰り返してあと十分、あと五分となり、やっと開場時間となった。
一番に入った翼は一番後ろの左端を確保できて、暑い中を一時間待って疲労した体を休める。
けれど外気温が高いせいか施設内は冷房が効いていて、寒さのほうが弱い翼の手足はすぐに冷たくなった。温度の急激な変化は翼の体に負担だ。
胸が少しドキドキしている。だがこれはもうすぐ三澤に会えるからかもしれない。
ここ最近の翼は、三澤を思えばドキドキしていたから。
ふぅぅ、とゆっくり深呼吸をして胸を撫でる。
うん、大丈夫だ。今日はちゃんと頓服薬を持ってきたから、ひどくなれば飲めばいい。
このときの翼は浮き立っていたのだろう。飲み物を持っていないことを忘れていた。