午後からは組分けの応援合戦から始まり、いろいろな対抗のリレーが続いた。
一年生男子対抗リレーでは三澤がアンカーで走ったが、さすがの現役レッドだ。ふたりを抜いて一位になり、他と僅差だったクラスの点数もトップに躍り出た。
「三澤君、お疲れ様! すごく速かったね!」
「おっし、これでアレ、行けるな、三澤!」
席に戻ってきた三澤にねぎらいの言葉をかけていると、天宮がやってきて三澤と拳を合わせた。
「アレってなに?」
首をかしげれば、ふたりは企んだような顔をする。左右を見れば、他の生徒も意味深に笑っていた。
いったいなんだろう。答えが得られないまま多学年や部活対抗のリレーが終わり、最後の競技が近づいてくると、翼は再び緊張しだした。
閉会の行進で旗持ちがあるからだ。
「借り物競争の競技者は入場門に集まってください」
最後からふたつ目の競技集合のアナウンスが鳴った。
閉会式までまだ二十分はあるのだが、翼は左手首をラバーバンドごと握って、やり遂げられますようにと祈った。
その間に、後方で座席を立つ音がする。
そうだ、まだ団長の声掛けがあるのだから、しっかりとやり遂げないと。
そう思って、入場門に向かう競技者にエールを送ろうと後ろを見た。
「……あれっ? 三澤君、出るの?」
するとどうしたのか、借り物競争に出るのは天宮と別のふたりのはずだったのに、そのひとりは座席に残り、三澤が天宮と「真剣勝負な」など言いながら立ち上がっている。
「おう。行ってくる。応援しててくれ」
三澤が言えば、「大塚、待ってろよ」と天宮が言い、「俺が勝つから」と三澤が返しながら行ってしまう。
残された翼の頭にはハテナマークが浮かんだものの、借り物競走は人数調整のため、アンカーで五組のふたりが同時に走る。きっと三澤と天宮がアンカーなのだろう。自分たちの中で競合しているのかもしれない。
「ねね、どっちが先だと思う?」
「そりゃレッドでしょ」
「いや、天宮の底力もすげぇからな」
「じゃあどっちを応援する?」
「うーん、そうだな。……大塚は?」
「えっ」
突然話を振られた。同じクラスなのだからどちらも応援するよ、と答えたものの、翼は無意識に三澤を応援している。瞳には彼の広い背中しか映っていない。
「それでは、借り物競走スタートです! どんな借り物が書かれているのでしょうか」
アナウンスと軽快な音楽、スターターピストルが鳴り、競技が開始される。
「うちわを持っている生徒」「理事長」「丸坊主の生徒」などの定番の他、「長生きしそうな人」とか「スイーツ男子」「◯◯メーカーの最新スマホを持っている人」など難しいお題もあり、競技者の必死な様子は生徒の笑いを誘った。
「いよいよ、五組の二大モテ男来るぞ!」
実行委員がよっしゃ、と立ち上がった。天宮はともかく、いつの間に三澤まで二大モテ男認定されたのか、と思う余裕はない。
パァン! とスターターピストルが響き、アンカーたちが駆け出した。
「レッド行けー」
「天宮ー負けんな!」
皆がそれぞれにエールを送る中、翼は応援団長なのに声を出せなくて、けれど心で三澤の名を連呼した。応援の気持ちもあったが、普通のリレーのときと同じで、走る三澤はレッドレオニーを彷彿とさせるからだ。
「おおお! 三澤だ。三澤が先にお題を取ったぞ!」
クラス席がわあぁぁ! と沸く。三澤は群を抜いて速かった。天宮は悔しそうに二番手を走っている。
けれどなぜか三澤がお題を見ない。お題の紙を握り込むと、クラス席の方へと真っ直ぐに走ってくる。
握り込んだ手をガッツポーズにして、クラスメイトにアピールもした。「俺が行く」と大きな声で言って。
「三澤君、お題を見ないと」
三澤がもうそこまできたので、口の両端に手のひらを立てて翼が言うと、クラスの女子ふたりに手を引かれた。クラス席の一番前に出る。
「え? え?」
戸惑う翼の前で三澤がしゃがんだ。初めて三澤とレオニーランドに行ったときと同じ、おんぶの格好だった。
「乗れ。大塚も体育祭で走るぞ!」
「え?」
あのときと同じように、下肢にたくましい腕が回され、ふたりの女子にも背中を押されて、翼は三澤の背中に乗った。
その途端に三澤が走り出し、ゴールを目指す。
「しっかりゴール見とけ! 大塚、今、走ってる!」
走っているのは間違いなく三澤だ。けれど、初めておんぶされたときよりも三澤への信頼が厚くなっている翼は、三澤の広い背中の上でしっかりと背を伸ばし、ゴールを見据えた。
白いテープが貼られたゴールがズームアップのようにどんどん近づいてくる。健康な頃も足は速くなかった翼にとって、それは初めて見る光景だった。
「一年五組、一位でゴールです!」
アナウンスが通知したと同時、翼と三澤はゴールテープを切った。
「大塚ー! レッドー!」
「いちばーん!」
クラス席で大歓声が巻き起こり、肩を寄せ合ったりハイタッチを交わしたり、抱き合う生徒も見える。
「やったな、大塚。一番だ!」
三澤も翼をガバリと抱きしめた。驚きよりもなによりも、言葉にできない感動に包まれ、翼もギュッと三澤にしがみついた。
「くっそー。負けた!」
天宮が二位で戻って来る。うなだれて落胆する様子を見せながら、三澤の背にポスッと拳を当てた。
「負けねぇって言っただろ」
三澤は得意げに笑うも、翼の体から腕をほどくと天宮の背を撫で叩いて、健闘を称える。
「一年五組でワンツーなら負けじゃないよ。すごいことだよ! それよりもびっくりしちゃった。借り物は僕で良かったの?」
競技終了者の列に並びながら、翼もふたりを称えつつ問うと、三澤が教えてくれた。
借り物がなんであれ、先に借り物のお題の紙を取ったほうが翼をおぶってゴールに向かう計画を、クラス全員で立てたのだと。
「ええっ?」
「だから、みんな張り切ってクラスの点数を上げてたんだよ。今一位取ったけど、絶対失格になって減点されるから、そうなるのを見越してさ」
天宮もネタバラシしてくれる。
「ええ~~」
まさかそんなことだったとは。
クラス全員が翼を体育祭競技に参加させようと頑張ってくれたことを知り、目頭と胸が熱くなった。
「考えたのはレッドだ」
「でも俺が相談して、皆に承認を取ってくれたのは天宮だ。サンキュ」
「ふん。負けた身で言われるとカッコ悪いな。……ちなみに、お題はなんだったんだ?」
天宮が三澤の握り込まれたままの手を差した。翼も手のひらが開くのを一緒に見る。
「あ……!」
三人の声が揃った。お題は「サラサラ黒髪の男子」で、翼はふたりから髪をワシャワシャと乱される羽目になった。
一年生男子対抗リレーでは三澤がアンカーで走ったが、さすがの現役レッドだ。ふたりを抜いて一位になり、他と僅差だったクラスの点数もトップに躍り出た。
「三澤君、お疲れ様! すごく速かったね!」
「おっし、これでアレ、行けるな、三澤!」
席に戻ってきた三澤にねぎらいの言葉をかけていると、天宮がやってきて三澤と拳を合わせた。
「アレってなに?」
首をかしげれば、ふたりは企んだような顔をする。左右を見れば、他の生徒も意味深に笑っていた。
いったいなんだろう。答えが得られないまま多学年や部活対抗のリレーが終わり、最後の競技が近づいてくると、翼は再び緊張しだした。
閉会の行進で旗持ちがあるからだ。
「借り物競争の競技者は入場門に集まってください」
最後からふたつ目の競技集合のアナウンスが鳴った。
閉会式までまだ二十分はあるのだが、翼は左手首をラバーバンドごと握って、やり遂げられますようにと祈った。
その間に、後方で座席を立つ音がする。
そうだ、まだ団長の声掛けがあるのだから、しっかりとやり遂げないと。
そう思って、入場門に向かう競技者にエールを送ろうと後ろを見た。
「……あれっ? 三澤君、出るの?」
するとどうしたのか、借り物競争に出るのは天宮と別のふたりのはずだったのに、そのひとりは座席に残り、三澤が天宮と「真剣勝負な」など言いながら立ち上がっている。
「おう。行ってくる。応援しててくれ」
三澤が言えば、「大塚、待ってろよ」と天宮が言い、「俺が勝つから」と三澤が返しながら行ってしまう。
残された翼の頭にはハテナマークが浮かんだものの、借り物競走は人数調整のため、アンカーで五組のふたりが同時に走る。きっと三澤と天宮がアンカーなのだろう。自分たちの中で競合しているのかもしれない。
「ねね、どっちが先だと思う?」
「そりゃレッドでしょ」
「いや、天宮の底力もすげぇからな」
「じゃあどっちを応援する?」
「うーん、そうだな。……大塚は?」
「えっ」
突然話を振られた。同じクラスなのだからどちらも応援するよ、と答えたものの、翼は無意識に三澤を応援している。瞳には彼の広い背中しか映っていない。
「それでは、借り物競走スタートです! どんな借り物が書かれているのでしょうか」
アナウンスと軽快な音楽、スターターピストルが鳴り、競技が開始される。
「うちわを持っている生徒」「理事長」「丸坊主の生徒」などの定番の他、「長生きしそうな人」とか「スイーツ男子」「◯◯メーカーの最新スマホを持っている人」など難しいお題もあり、競技者の必死な様子は生徒の笑いを誘った。
「いよいよ、五組の二大モテ男来るぞ!」
実行委員がよっしゃ、と立ち上がった。天宮はともかく、いつの間に三澤まで二大モテ男認定されたのか、と思う余裕はない。
パァン! とスターターピストルが響き、アンカーたちが駆け出した。
「レッド行けー」
「天宮ー負けんな!」
皆がそれぞれにエールを送る中、翼は応援団長なのに声を出せなくて、けれど心で三澤の名を連呼した。応援の気持ちもあったが、普通のリレーのときと同じで、走る三澤はレッドレオニーを彷彿とさせるからだ。
「おおお! 三澤だ。三澤が先にお題を取ったぞ!」
クラス席がわあぁぁ! と沸く。三澤は群を抜いて速かった。天宮は悔しそうに二番手を走っている。
けれどなぜか三澤がお題を見ない。お題の紙を握り込むと、クラス席の方へと真っ直ぐに走ってくる。
握り込んだ手をガッツポーズにして、クラスメイトにアピールもした。「俺が行く」と大きな声で言って。
「三澤君、お題を見ないと」
三澤がもうそこまできたので、口の両端に手のひらを立てて翼が言うと、クラスの女子ふたりに手を引かれた。クラス席の一番前に出る。
「え? え?」
戸惑う翼の前で三澤がしゃがんだ。初めて三澤とレオニーランドに行ったときと同じ、おんぶの格好だった。
「乗れ。大塚も体育祭で走るぞ!」
「え?」
あのときと同じように、下肢にたくましい腕が回され、ふたりの女子にも背中を押されて、翼は三澤の背中に乗った。
その途端に三澤が走り出し、ゴールを目指す。
「しっかりゴール見とけ! 大塚、今、走ってる!」
走っているのは間違いなく三澤だ。けれど、初めておんぶされたときよりも三澤への信頼が厚くなっている翼は、三澤の広い背中の上でしっかりと背を伸ばし、ゴールを見据えた。
白いテープが貼られたゴールがズームアップのようにどんどん近づいてくる。健康な頃も足は速くなかった翼にとって、それは初めて見る光景だった。
「一年五組、一位でゴールです!」
アナウンスが通知したと同時、翼と三澤はゴールテープを切った。
「大塚ー! レッドー!」
「いちばーん!」
クラス席で大歓声が巻き起こり、肩を寄せ合ったりハイタッチを交わしたり、抱き合う生徒も見える。
「やったな、大塚。一番だ!」
三澤も翼をガバリと抱きしめた。驚きよりもなによりも、言葉にできない感動に包まれ、翼もギュッと三澤にしがみついた。
「くっそー。負けた!」
天宮が二位で戻って来る。うなだれて落胆する様子を見せながら、三澤の背にポスッと拳を当てた。
「負けねぇって言っただろ」
三澤は得意げに笑うも、翼の体から腕をほどくと天宮の背を撫で叩いて、健闘を称える。
「一年五組でワンツーなら負けじゃないよ。すごいことだよ! それよりもびっくりしちゃった。借り物は僕で良かったの?」
競技終了者の列に並びながら、翼もふたりを称えつつ問うと、三澤が教えてくれた。
借り物がなんであれ、先に借り物のお題の紙を取ったほうが翼をおぶってゴールに向かう計画を、クラス全員で立てたのだと。
「ええっ?」
「だから、みんな張り切ってクラスの点数を上げてたんだよ。今一位取ったけど、絶対失格になって減点されるから、そうなるのを見越してさ」
天宮もネタバラシしてくれる。
「ええ~~」
まさかそんなことだったとは。
クラス全員が翼を体育祭競技に参加させようと頑張ってくれたことを知り、目頭と胸が熱くなった。
「考えたのはレッドだ」
「でも俺が相談して、皆に承認を取ってくれたのは天宮だ。サンキュ」
「ふん。負けた身で言われるとカッコ悪いな。……ちなみに、お題はなんだったんだ?」
天宮が三澤の握り込まれたままの手を差した。翼も手のひらが開くのを一緒に見る。
「あ……!」
三人の声が揃った。お題は「サラサラ黒髪の男子」で、翼はふたりから髪をワシャワシャと乱される羽目になった。