***
「花火、すごく楽しかったね。今のって煙も少ないんだね」
「ああ。凜音に喘息があるから、そういうのを買ってるんだ。大塚は? 気分悪くなったりしてねぇか? 怪我は……」
怪我をして汗もかいたので、結局三澤家の浴室を使わせてもらった翼の腕を、そっと三澤が持ち上げる。入浴後に消毒をして、傷が早く治る塗り薬を塗って、絆創膏を貼ったのも三澤だ。どうやら新品のようだが、三澤もスタントアクションの練習で怪我が多いため、母親が購入して用意をしていたものだ。
「また言う。大丈夫だってば」
「ごめんな。俺が考えなしで突っ走るから……不甲斐なくてごめん」
三澤の四畳半の部屋、隣同士で敷かれた布団の上で、正座をして深く頭を下げてくる。
「また謝るし! たしかにハラハラしたけど、不甲斐ないなんて思ってない」
両手で三澤の側頭部に触れ、顔を上げさせる。入浴後の三澤の髪はいつもより柔らかくて、翼はつい髪の中まで指を進めて言った。
「今日はさ、三澤君のおかげで思い出になる誕生日を過ごせて、それに「初めて」をたくさん経験して、楽しいんだよ? ねえ、あのとき僕の声、大きく出てたでしょ? 喧嘩はできないけど、悪い人を撃退できたのも初めてだったよ?」
「ああ……めちゃくちゃかっこよかった。ヒーローみたいだったな」
「ほんと!? 僕がヒーロー? だったらこれのおかげだよ!」
三澤の頭から手を離し、左手首のラバーバンドを目の高さに掲げて見せる。
「三澤君を守らせて、って祈ったんだ。三澤君のお父さんが力を貸してくれたんだね」
「……次は親父じゃなくて、俺が絶対に守るから」
「んっ」
翼の腕を持っていた手に頬を包まれ、右頬に貼った絆創膏を親指でなぞられる。その触れ方が羽で触れるようだったからか、こそばゆい刺激が背中を走った。
それにまた顔も近くなって、力のある切れ長の目でじっと見つめられると、胸が騒いでしまう。
「ふにゅっ」でなく「キュッ」でもなく、「ドキドキ」と。
これは少し胸が痛む気がして、翼は胸を押さえつつ、少しばかり体を後ろに傾けた。
「ありがと……でも三澤君には充分に守ってもらってるし、力をもらってる。レオニーレッドのおかげもあるけど、三澤君のおかげでもあると思ってるもの」
取って付けたわけじゃない。翼は本当に、三澤がいるから変われつつあるのだ。
「じゃあもっと」
「え?」
「もっともっと強くなって、かすり傷ひとつ、付けさせねぇ」
「う……」
後ろに傾いた分近づいて言われて、声が出ない。真剣な表情に心臓がドキドキ、ドキドキして、息が詰まる。
翼はポテンと布団に横になって、三澤に背を向けて体を丸めた。
「大塚? 大丈夫か? 具合悪いのか?」
焦り声で聞いてくる。肩に手を置かれて余計に胸が騒いだ。かといって三澤のせいじゃないとは思うが、もうやめてほしい。泣きたいくらいに胸が痛むのだ。
「大丈夫。眠いから、寝る。おやすみ」
「ああ、そっか。そうだよな。隣にいるから、なんかあったらすぐ言えよ?」
部屋の電気が消える。三澤も横になるのがわかってほっとしながらも、布団はくっつけて敷かれている。
三澤の息遣いと一緒に体温まで伝わってくる気がした翼は、瞼をぎゅっと閉じてもしばらく眠ることができなかった。
***
翼はサバンナで彷徨っていた。
背の低い草が地面を覆う大草原。草の色は茶色だから季節は乾季だ。涼を求めて巨大な幹を持つバオバブの木陰に横たわるも、喉の乾きだけはどうしようもない。
──それにしても、どうして動物が一匹もいないんだろう。
翼は首を濡らす汗の不快さに、手のひらでそこを拭いながら目を眇めて草原の先を見た。
「あ……」
ライオンが向かってくる。たてがみも体も赤い色をした珍しいライオンだ。
「三澤君……」
親友を思い出さずにはいられなくて、そっと呟いた。
すると赤いライオンはいつの間にかすぐそばにいて、翼に寄り添うように地表に体を落とすと、前足で器用に汗を拭ってくれる。
鋭い爪を感じさせずに、髪の中に手を入れて頭皮の汗を。それから額も、首の汗も。
それが済むと上半身を起こして支えてくれ、水を飲ませてくれた。すごいライオンだ。
「ありがと……」
汗の不快感が消え、喉が潤った安堵感から、翼はライオンの首に腕を回して抱きつき、感謝を伝えた。
優しいライオンは本当に翼の親友のようだ。
「いい匂い。おひさまの匂い」
匂いだって、サバンナの太陽の下で暮らしているからだろう。翼の頬や耳に触れる柔らかいたてがみから、三澤と同じ香りがする。
翼は鼻から大きく息を吸い込んで、おひさまの匂いを嗅いだ。
けれどほんのりとシャンプーのような香りもして、変なの、と思いながらライオンの首から腕をほどいて顔を見る。
濁りのない瞳が熱く揺れていた。サバンナの熱さを集めたような瞳だった。
「ん……」
見惚れていると、ライオンが翼の眉間に鼻を置いた。少しだけ濡れた感触は柔らかく熱く、翼の眠気を誘った。
「花火、すごく楽しかったね。今のって煙も少ないんだね」
「ああ。凜音に喘息があるから、そういうのを買ってるんだ。大塚は? 気分悪くなったりしてねぇか? 怪我は……」
怪我をして汗もかいたので、結局三澤家の浴室を使わせてもらった翼の腕を、そっと三澤が持ち上げる。入浴後に消毒をして、傷が早く治る塗り薬を塗って、絆創膏を貼ったのも三澤だ。どうやら新品のようだが、三澤もスタントアクションの練習で怪我が多いため、母親が購入して用意をしていたものだ。
「また言う。大丈夫だってば」
「ごめんな。俺が考えなしで突っ走るから……不甲斐なくてごめん」
三澤の四畳半の部屋、隣同士で敷かれた布団の上で、正座をして深く頭を下げてくる。
「また謝るし! たしかにハラハラしたけど、不甲斐ないなんて思ってない」
両手で三澤の側頭部に触れ、顔を上げさせる。入浴後の三澤の髪はいつもより柔らかくて、翼はつい髪の中まで指を進めて言った。
「今日はさ、三澤君のおかげで思い出になる誕生日を過ごせて、それに「初めて」をたくさん経験して、楽しいんだよ? ねえ、あのとき僕の声、大きく出てたでしょ? 喧嘩はできないけど、悪い人を撃退できたのも初めてだったよ?」
「ああ……めちゃくちゃかっこよかった。ヒーローみたいだったな」
「ほんと!? 僕がヒーロー? だったらこれのおかげだよ!」
三澤の頭から手を離し、左手首のラバーバンドを目の高さに掲げて見せる。
「三澤君を守らせて、って祈ったんだ。三澤君のお父さんが力を貸してくれたんだね」
「……次は親父じゃなくて、俺が絶対に守るから」
「んっ」
翼の腕を持っていた手に頬を包まれ、右頬に貼った絆創膏を親指でなぞられる。その触れ方が羽で触れるようだったからか、こそばゆい刺激が背中を走った。
それにまた顔も近くなって、力のある切れ長の目でじっと見つめられると、胸が騒いでしまう。
「ふにゅっ」でなく「キュッ」でもなく、「ドキドキ」と。
これは少し胸が痛む気がして、翼は胸を押さえつつ、少しばかり体を後ろに傾けた。
「ありがと……でも三澤君には充分に守ってもらってるし、力をもらってる。レオニーレッドのおかげもあるけど、三澤君のおかげでもあると思ってるもの」
取って付けたわけじゃない。翼は本当に、三澤がいるから変われつつあるのだ。
「じゃあもっと」
「え?」
「もっともっと強くなって、かすり傷ひとつ、付けさせねぇ」
「う……」
後ろに傾いた分近づいて言われて、声が出ない。真剣な表情に心臓がドキドキ、ドキドキして、息が詰まる。
翼はポテンと布団に横になって、三澤に背を向けて体を丸めた。
「大塚? 大丈夫か? 具合悪いのか?」
焦り声で聞いてくる。肩に手を置かれて余計に胸が騒いだ。かといって三澤のせいじゃないとは思うが、もうやめてほしい。泣きたいくらいに胸が痛むのだ。
「大丈夫。眠いから、寝る。おやすみ」
「ああ、そっか。そうだよな。隣にいるから、なんかあったらすぐ言えよ?」
部屋の電気が消える。三澤も横になるのがわかってほっとしながらも、布団はくっつけて敷かれている。
三澤の息遣いと一緒に体温まで伝わってくる気がした翼は、瞼をぎゅっと閉じてもしばらく眠ることができなかった。
***
翼はサバンナで彷徨っていた。
背の低い草が地面を覆う大草原。草の色は茶色だから季節は乾季だ。涼を求めて巨大な幹を持つバオバブの木陰に横たわるも、喉の乾きだけはどうしようもない。
──それにしても、どうして動物が一匹もいないんだろう。
翼は首を濡らす汗の不快さに、手のひらでそこを拭いながら目を眇めて草原の先を見た。
「あ……」
ライオンが向かってくる。たてがみも体も赤い色をした珍しいライオンだ。
「三澤君……」
親友を思い出さずにはいられなくて、そっと呟いた。
すると赤いライオンはいつの間にかすぐそばにいて、翼に寄り添うように地表に体を落とすと、前足で器用に汗を拭ってくれる。
鋭い爪を感じさせずに、髪の中に手を入れて頭皮の汗を。それから額も、首の汗も。
それが済むと上半身を起こして支えてくれ、水を飲ませてくれた。すごいライオンだ。
「ありがと……」
汗の不快感が消え、喉が潤った安堵感から、翼はライオンの首に腕を回して抱きつき、感謝を伝えた。
優しいライオンは本当に翼の親友のようだ。
「いい匂い。おひさまの匂い」
匂いだって、サバンナの太陽の下で暮らしているからだろう。翼の頬や耳に触れる柔らかいたてがみから、三澤と同じ香りがする。
翼は鼻から大きく息を吸い込んで、おひさまの匂いを嗅いだ。
けれどほんのりとシャンプーのような香りもして、変なの、と思いながらライオンの首から腕をほどいて顔を見る。
濁りのない瞳が熱く揺れていた。サバンナの熱さを集めたような瞳だった。
「ん……」
見惚れていると、ライオンが翼の眉間に鼻を置いた。少しだけ濡れた感触は柔らかく熱く、翼の眠気を誘った。