三澤家に到着すると、今日は休日だという麻紀が満面の笑みで出迎えてくれた。
  家ではノーメイクの彼女の眉は今日も薄いが、翼は彼女の飾り気のない笑顔が好きだ。まるでふたつ目の我が家に帰ってきたような気持ちになる。

 先立って三澤の父の遺影に手を合わせたのち、翼が立ち上がると、背後には弟たちが待ち構えていた。

「翼君、今日は花火するんだよ!」

 獅央は打ち上げ花火のセットを、緋王は手持ち花火のセットを胸に抱いている。

「よーし、行くか」

 その後ろでは、着火ライターを持った三澤と、バケツを持った凜音もいた。

「花火!?」

 翼がどんぐり眼で声をはずませると、三澤が頷く。

「今日は大塚の誕生日だろ? だから、花火で祝だ!」
「えっ? 僕の誕生日、知ってたの?」
「おう。トークアプリの通知に、なんと昨日気づいてさ。言ってくれればよかったのに」

 トークアプリのホーム画面には、誕生日が近い人のアイコンにマークが付く。それを見たようだ。

「なんだかきっかけがなくて」

 えへへと照れ笑いしていると、麻紀と子どもたちが「誕生日おめでとう!」と声を揃えて言ってくれて、三澤も眩しい笑顔で祝ってくれる。

 ああ、朝日の笑顔だ。三澤の母や弟妹たちの笑顔も好きだが、やはりこの笑顔が一番だな、と翼は思う。
 花火は当然嬉しいが、誕生日にこの笑顔に会えたことが、本当に嬉しい。

「ありがとう、すごくうれしい!」

 翼も満面の笑みになった。すると。

「よし、行くぞっ」
「あっ」

 三澤に手首を取られた。その手はスルリと手のひらに移動して、ごく自然に手が繋がる。

 ──手……繋げた……。

 子どもたちも手を繋いで玄関を出て、花火が許可されている大きな公園へ皆で向かった。
 到着までの約十分間、三澤の手は離れることがない。

 子どもたちはスキップや小走りをして先を行くが、三澤は走れない翼のペースに合わせてゆっくりと歩いてくれる。
 三澤の家に来るときもそうだった。それに、お弁当のときもそう。
 早食いであろう三澤なのに、翼のペースに合わせてゆっくりゆっくりと食べてくれる。
 気にせず食べてと言っても、「一緒にってこういうことだろ。その楽しさを大塚が教えてくれたから、いーの」なんて言うのだ。

「三澤君、いつもありがとう」

 病気になってから、いつも置いてきぼりだった寂しさを消してくれてありがとう。僕の誕生日に気づいて、家族ぐるみで嬉しい計画を立ててくれてありがとう。

 心でそう続けながら、ちょっと潤んでしまう瞳で三澤を見上げる。
 街頭が三澤の赤い髪をキラキラと光らせて眩しくて、瞳が余計に潤んだ。

「……っ。反則技が多すぎる」

 するとどうしたのか、翼の視線に気づいて目を合わせた三澤が、額に手を当ててそうこぼした。

「反則技?」
「大塚は不思議なやつだ。俺のここんとこ、変にさせる」

 三澤は額に当てた手を胸に下ろし、ポンポンとそこを叩く。

「胸? ……あっ、胸がこそばゆくなる? 僕もだよ! 三澤君といるとここがね、ふにゅっとしてこそばゆくて……」

 嬉しい。お揃いだった。三澤も翼と同じように、体で友情を感じていたのだ。
 翼は立ち止まり、開いている方の手でも三澤の手をぎゅっと握った。

「……大塚」

 三澤はゴクリと喉を上下させると、「俺のこれさ、多分なんだけど」となにかを言いかける。けれど翼はあふれてくる気持ちをおさえられず、早口で言葉を続けた。

「すごいね! 僕たち、心が通じ合ってる証拠だよね? これって、本当の親友ってことだよね!」
「……しん、ゆう……?」
「うん、心が通じ合ってるから体にも同じ反応が……あ、あれ? 違った……?」

 三澤がみるみる顔をしかめるので、不安になった。親友だと浮かれているのは翼だけなのだろうか。

「……いや、そう、そうだよな。親友だから……だよな。うん、男同士だしな。おかしいのは俺だけだよな……」

 急にブツブツ言い出す三澤。

 おそらく三澤も、男友達なのに手を繋ぐとか、こういった話をわざわざするのはおかしいと思っているのだろう。「男の中の男は、口に出さなくても心でわかり合う」と漫画にあった。翼もまた、そういう固い絆の関係を願っているのだから。
 ただ、三澤は言葉にして伝えないとわかってくれないところもある。

 だから翼は伝えることにした。なんといっても今夜は花火にお泊まり。誕生日というだけではなく、翼にとって大塚とする初めてが目白押しの「初めて尽くし記念日」だ。

「三澤君!」
「お、おう、なんだ」
「僕はね、三澤君との出会いは運命だと思ってるし、三澤君は僕にとってすごく大切な人で、僕を変えてくれるヒーローなんだ。これからも僕の親友でいてね!」

 伝われ僕の思い、と、ぎゅうぅと三澤の手を握りしめる。

「……あ、ああ。俺こそ……」

 三澤の返事は翼の予想とは違い、あっさりというか、間の抜けたもののようにも思えたが、伝えられたことで満足した翼がニコッと微笑むと、表情を柔らかくして小さな息を吐いた。

「ま、今はいっか……時間はいっぱいあるしな」
「え、なぁに?」
「なーんでもね。行こ」

 三澤の声があまりに小さくて聞き取れなかった。それでも手を力強く握り返してくれる。

 手を繋いだまままた歩き出せて、翼は胸のこそばゆさを嬉しく思いながら、公園への道を笑顔で歩いた。