夏休み中、成績が上昇傾向の三澤はアルバイト継続の許可が学校から出て、毎日を遊園地のアルバイトに費やしていた。
夏休みだから休園日はなく、平日でも一日三回のショーが催されている。
翼は無料券とお小遣いを駆使しながら、ショーを見にレオニーランドに足繁く通ったが、例年より暑い日が続いたせいか、八月の第二週に入る頃に体調を崩した。
「水分、ちゃんと摂ってた?」
その週の水曜日にちょうど心臓外科での定期検診があり、すべての検査を終えた後、六年間担当してもらっている医師の問診を受けた。
「取ってたつもりだけど、汗を結構かいたから足りなかったかもです」
「翼君、君が今まで先生とお母さんとの約束を守ってきてくれたのはわかっているけど、何度も言うよ? 基本的な生活サイクルと約束を守らないと、次は去年よりもっと大きな手術が必要になるんだから、気をつけてね」
「はい……」
同席した母親にも念を押されて、青菜に塩状態で返事をした。
ただ顔も体もむくんでいたので心配していたものの、入院は免れて自宅療養となった。盆明けにもう一度診察にかかるように言われて家へ戻る。
『体調が悪くてしばらくショーを見に行けなくなっちゃった。花火も駄目だって。ごめんね』
自室のベッドに寝転びながら、トークアプリで三澤にメッセージを送った。
ため息が出る。せめて十二日の花火大会だけは行きたかった。
レオニーランドでは、毎年お盆前の日曜日とお正月に八百発もの花火が上がるイベントがある。幼い頃は場所取りに両親が大変そうだったが、近年では観覧席チケットが発売されるようになった。そして今回、見事正規の入手方法で、三澤がチケットを獲得していたのだ。三澤の弟妹と連れ立って翼も行くはずだった。
なにより翼は八月二十日が誕生日だ。三澤には言っていないが、十二日に一緒に花火を見ること自体がプレゼントに等しかった。
初めての親友との夏休みに、大好きなレオニーランドでの花火。十六歳になる夏に忘れられない思い出ができると思ったのに残念過ぎる。
そうしていつの間にか眠っていたようで、メッセージ着信音がスマートフォンから流れて瞼を開ける。カーテンがかかった窓に西日が当たっているのが感じられた。十七時頃だろう。
「三澤君だ!」
ポップアップ通知を確認して、すぐにアプリを開いた。翼には他にトークをし合う友達がいないので、いつも三澤がトークルームの一番上だ。
『体、結構悪いのか。心配してる。無理しないでくれ』
三回目のショーが終わり、園内でのバイトに移る前の短い休憩時間に、すぐにメッセージを送ってくれているのだろう。
『そこまで悪くないよ。安静にしてたら治る』
そう送信するとすぐに既読がついた。
繋がっているんだと思うと、なんだかもう、すごくすごくすごく、声が聞きたくなる。
翼は通話ボタンを押そうと指をずらした。その瞬間。
「み、三澤君!」
三澤からの通話の着信音が鳴って、慌てて通話を開始する。
「よ。休んでるかなと思ったけど返信がすぐ来たからつい。……大丈夫か?」
ああ、聞きたかった声だとじーんとする。おまけにこれが初めての通話だということにも気づいて、さらに感動した。
「大丈夫。通話するのは初めてだね! また三澤君とする初めてのことが増えてうれしい」
けれどそう素直に伝えると、三澤は電話の向こうで「ゔっ」というような奇妙な唸り声を出した。
「三澤君? どうしたの?」
「いや、大丈夫。大塚がかわいすぎて驚いてる」
「へっ?」
なにそれ、と思う。そういえば以前も「生まれたての子犬のよう」なんてたとえられたが、いくら三澤がライオンっぽくてかっこいいからって、翼は男なのでその言葉は不適当だと思う。
「かわいくないよ。失礼だなぁ。今のなにがかわいいのかもわかんないし」
親友との初通話の喜びを伝えているのだから「俺も嬉しい」でいいじゃないか。
「いいよ、わかんなくて。俺もよくわかってないけどとにかく今のはヤバかった」
「????」
わかっていないのにやばいとか、おかしなことを言う。
翼が首を捻っていると、三澤が会話を続けた。
「それより、休んでたら治るのなら、ちゃんと休んでくれよ?」
「うん。でも花火は行きたかった。三澤君との初めて、またひとつ増えたのに……三澤君と一緒に見たかった」
「ぐ……それだよ。はあぁぁ」
今度は大きくため息を吐かれてしまう。
心外だ。三澤は翼と同じ気持ちになってくれないのだろうか。
「……三澤君は、花火、楽しみじゃなかった?」
僕との、という言葉はさすがに重い気がしてやめた。三澤の弟も妹もいるのだし。
「楽しみだったに決まってんだろ! ……俺も、大塚と見たかった」
けれどすぐに欲しい返事をくれた。声はだんだん小さくなったが、ちゃんと聞こえた。それから、もうひとつ嬉しい言葉をくれた。
「でもさ、また正月にもあるし、来年の夏もある。その次もその次も一緒に見ればいいじゃん」
「……うん! 約束だよ。ずっとずっと一緒に見ようね!」
声がはずむ。怠かった体が軽くなる気もして、自分でも気づかない間につかえていた胸の重みがすっと消えた。
嬉しい。三澤はこれからも翼のそばにいてくれる。ずっと親友でいられるのだ。
だから三澤が電話の向こうで「まじヤバい。俺、なんかこのあたりが痛くて変。ほんとヤバいからもう切る。またな!」と勝手に電話を切ってしまったことを残念に思いつつ、また、怪我でもしたのだろうか、どこが痛いのだろうかと心配になりつつも、翼のニヤニヤ顔はしばらく収まらなかった。
夏休みだから休園日はなく、平日でも一日三回のショーが催されている。
翼は無料券とお小遣いを駆使しながら、ショーを見にレオニーランドに足繁く通ったが、例年より暑い日が続いたせいか、八月の第二週に入る頃に体調を崩した。
「水分、ちゃんと摂ってた?」
その週の水曜日にちょうど心臓外科での定期検診があり、すべての検査を終えた後、六年間担当してもらっている医師の問診を受けた。
「取ってたつもりだけど、汗を結構かいたから足りなかったかもです」
「翼君、君が今まで先生とお母さんとの約束を守ってきてくれたのはわかっているけど、何度も言うよ? 基本的な生活サイクルと約束を守らないと、次は去年よりもっと大きな手術が必要になるんだから、気をつけてね」
「はい……」
同席した母親にも念を押されて、青菜に塩状態で返事をした。
ただ顔も体もむくんでいたので心配していたものの、入院は免れて自宅療養となった。盆明けにもう一度診察にかかるように言われて家へ戻る。
『体調が悪くてしばらくショーを見に行けなくなっちゃった。花火も駄目だって。ごめんね』
自室のベッドに寝転びながら、トークアプリで三澤にメッセージを送った。
ため息が出る。せめて十二日の花火大会だけは行きたかった。
レオニーランドでは、毎年お盆前の日曜日とお正月に八百発もの花火が上がるイベントがある。幼い頃は場所取りに両親が大変そうだったが、近年では観覧席チケットが発売されるようになった。そして今回、見事正規の入手方法で、三澤がチケットを獲得していたのだ。三澤の弟妹と連れ立って翼も行くはずだった。
なにより翼は八月二十日が誕生日だ。三澤には言っていないが、十二日に一緒に花火を見ること自体がプレゼントに等しかった。
初めての親友との夏休みに、大好きなレオニーランドでの花火。十六歳になる夏に忘れられない思い出ができると思ったのに残念過ぎる。
そうしていつの間にか眠っていたようで、メッセージ着信音がスマートフォンから流れて瞼を開ける。カーテンがかかった窓に西日が当たっているのが感じられた。十七時頃だろう。
「三澤君だ!」
ポップアップ通知を確認して、すぐにアプリを開いた。翼には他にトークをし合う友達がいないので、いつも三澤がトークルームの一番上だ。
『体、結構悪いのか。心配してる。無理しないでくれ』
三回目のショーが終わり、園内でのバイトに移る前の短い休憩時間に、すぐにメッセージを送ってくれているのだろう。
『そこまで悪くないよ。安静にしてたら治る』
そう送信するとすぐに既読がついた。
繋がっているんだと思うと、なんだかもう、すごくすごくすごく、声が聞きたくなる。
翼は通話ボタンを押そうと指をずらした。その瞬間。
「み、三澤君!」
三澤からの通話の着信音が鳴って、慌てて通話を開始する。
「よ。休んでるかなと思ったけど返信がすぐ来たからつい。……大丈夫か?」
ああ、聞きたかった声だとじーんとする。おまけにこれが初めての通話だということにも気づいて、さらに感動した。
「大丈夫。通話するのは初めてだね! また三澤君とする初めてのことが増えてうれしい」
けれどそう素直に伝えると、三澤は電話の向こうで「ゔっ」というような奇妙な唸り声を出した。
「三澤君? どうしたの?」
「いや、大丈夫。大塚がかわいすぎて驚いてる」
「へっ?」
なにそれ、と思う。そういえば以前も「生まれたての子犬のよう」なんてたとえられたが、いくら三澤がライオンっぽくてかっこいいからって、翼は男なのでその言葉は不適当だと思う。
「かわいくないよ。失礼だなぁ。今のなにがかわいいのかもわかんないし」
親友との初通話の喜びを伝えているのだから「俺も嬉しい」でいいじゃないか。
「いいよ、わかんなくて。俺もよくわかってないけどとにかく今のはヤバかった」
「????」
わかっていないのにやばいとか、おかしなことを言う。
翼が首を捻っていると、三澤が会話を続けた。
「それより、休んでたら治るのなら、ちゃんと休んでくれよ?」
「うん。でも花火は行きたかった。三澤君との初めて、またひとつ増えたのに……三澤君と一緒に見たかった」
「ぐ……それだよ。はあぁぁ」
今度は大きくため息を吐かれてしまう。
心外だ。三澤は翼と同じ気持ちになってくれないのだろうか。
「……三澤君は、花火、楽しみじゃなかった?」
僕との、という言葉はさすがに重い気がしてやめた。三澤の弟も妹もいるのだし。
「楽しみだったに決まってんだろ! ……俺も、大塚と見たかった」
けれどすぐに欲しい返事をくれた。声はだんだん小さくなったが、ちゃんと聞こえた。それから、もうひとつ嬉しい言葉をくれた。
「でもさ、また正月にもあるし、来年の夏もある。その次もその次も一緒に見ればいいじゃん」
「……うん! 約束だよ。ずっとずっと一緒に見ようね!」
声がはずむ。怠かった体が軽くなる気もして、自分でも気づかない間につかえていた胸の重みがすっと消えた。
嬉しい。三澤はこれからも翼のそばにいてくれる。ずっと親友でいられるのだ。
だから三澤が電話の向こうで「まじヤバい。俺、なんかこのあたりが痛くて変。ほんとヤバいからもう切る。またな!」と勝手に電話を切ってしまったことを残念に思いつつ、また、怪我でもしたのだろうか、どこが痛いのだろうかと心配になりつつも、翼のニヤニヤ顔はしばらく収まらなかった。