「友達百人できるかな」
なんて、幼い頃に歌った童謡のようなことは思っていない。
ただひとり、親友ができたなら。
そうしたらきっと、新しい一日の始まりを告げる朝日が差すような、眩ゆくて力強い毎日になると思うから。
それなのに、どうしてよりによってこの人が隣の席なんだろう。
今日が高校生活スタートとなる大塚翼は、細身の体を強張らせ、息を詰めた。
九歳で心臓病を患ってから、休学を繰り返してばかりだった。受験は保健室で受けられたものの入学式に出ることは叶わず、皆から二か月半遅れての初登校だ。
すでに構築された人間関係の中にすぐに馴染めるとは思っていない。そもそも病気になる前から引っ込み思案だから、自分からグループの中に入っていくのは苦手だ。
だからまずは隣の席の人との会話を糸口に、少しずつクラスメイトと打ち解けていければいい。
両親ともそう話をして、左右隣の席の生徒はどんな人だろうと不安ながらも期待に胸を膨らませていた。
だが、苦手な自己紹介をたどたどしくもなんとか終わらせたのち、与えられた席は窓際の一番後ろ。右隣は無く、左隣は空席だった。
残念だな、と主のいない机を見やりつつ席に着くと、ガラッと大きな音をたてて、教室後部のドアが開いた。
入ってきたのは身長百八十センチはありそうな、がっしりとした体つきの男子生徒。切れ長の目は眼光鋭く、頬に擦り傷、腕に打撲痕がある。
それだけでも迫力なのに、前髪を後ろに流した少し長めの髪を、真っ赤に染めている。
不良だ。
翼は彼をひと目見た瞬間そう思った。
「来たか三澤、席に着け」
教師があっさりと着座を認め、遅刻を咎めないのも、彼が不良で歯向かわれたら敵わないからだろう。
三澤と呼ばれた生徒は軽く頭を下げたように見えたが、首を捻ったのがそう見えただけかもしれない。悪びれもせず、気だるげに翼の方に向かって歩いてくる。
髪型のせいか、翼には彼が赤いライオンに見えた。それもとても機嫌の悪いライオンだ。
圧倒された翼は、まさかこの不良生徒が隣の席なのかと、まん丸目をもっとまん丸くして凝視してしまう。
当然視線が絡んだ。翼とは対照的な鋭い目つきに体が強張り、喉がヒュッと閉まりそうになる。
案の定隣の席に座った三澤は、翼を見たまま眉をしかめていた。
今まで空席だったところに知らない生徒が座っているうえ、自分を凝視しているのだから当然だろう。
彼の視線は、翼の顔から順に下へと移っていく。
「おまえ、それ……」
「あっ、こ、こんなの着けてきてごめんなさい!」
翼は三澤の視線が留まった左手首を右手で覆って隠した。そこには赤いラバーバンドが着いている。
これは病気になって以降、翼の闘病生活を支えてくれた大切なお守りだ。
条件反射のように謝ってしまったが校則違反ではないはずだし、三澤の赤い髪のほうがよほど校則に触れると思う。
それなのに、三澤は翼の隠した手首をジッと睨んでくる。
どうしていいかわからず、翼はラバーバンドをしっかりと隠すように手首を握ってうつむいた。
それでも三澤の目線がまだ翼の手元にあるのがわかる。さらに彼は、翼になにかを言いかけていたが、教師が話し始めたので逃れることができた。
チビでヒョロヒョロした翼が目立つ色のラバーバンドを着けているのが気に喰わないのかもしれない。不良とはちょっとしたことで因縁を付けるきらいがあるのを、漫画を読んで知っている。
目を付けられませんように、目を付けられませんように……翼はお守りのラバーバンドに右手を当てて、そう祈った。
なんて、幼い頃に歌った童謡のようなことは思っていない。
ただひとり、親友ができたなら。
そうしたらきっと、新しい一日の始まりを告げる朝日が差すような、眩ゆくて力強い毎日になると思うから。
それなのに、どうしてよりによってこの人が隣の席なんだろう。
今日が高校生活スタートとなる大塚翼は、細身の体を強張らせ、息を詰めた。
九歳で心臓病を患ってから、休学を繰り返してばかりだった。受験は保健室で受けられたものの入学式に出ることは叶わず、皆から二か月半遅れての初登校だ。
すでに構築された人間関係の中にすぐに馴染めるとは思っていない。そもそも病気になる前から引っ込み思案だから、自分からグループの中に入っていくのは苦手だ。
だからまずは隣の席の人との会話を糸口に、少しずつクラスメイトと打ち解けていければいい。
両親ともそう話をして、左右隣の席の生徒はどんな人だろうと不安ながらも期待に胸を膨らませていた。
だが、苦手な自己紹介をたどたどしくもなんとか終わらせたのち、与えられた席は窓際の一番後ろ。右隣は無く、左隣は空席だった。
残念だな、と主のいない机を見やりつつ席に着くと、ガラッと大きな音をたてて、教室後部のドアが開いた。
入ってきたのは身長百八十センチはありそうな、がっしりとした体つきの男子生徒。切れ長の目は眼光鋭く、頬に擦り傷、腕に打撲痕がある。
それだけでも迫力なのに、前髪を後ろに流した少し長めの髪を、真っ赤に染めている。
不良だ。
翼は彼をひと目見た瞬間そう思った。
「来たか三澤、席に着け」
教師があっさりと着座を認め、遅刻を咎めないのも、彼が不良で歯向かわれたら敵わないからだろう。
三澤と呼ばれた生徒は軽く頭を下げたように見えたが、首を捻ったのがそう見えただけかもしれない。悪びれもせず、気だるげに翼の方に向かって歩いてくる。
髪型のせいか、翼には彼が赤いライオンに見えた。それもとても機嫌の悪いライオンだ。
圧倒された翼は、まさかこの不良生徒が隣の席なのかと、まん丸目をもっとまん丸くして凝視してしまう。
当然視線が絡んだ。翼とは対照的な鋭い目つきに体が強張り、喉がヒュッと閉まりそうになる。
案の定隣の席に座った三澤は、翼を見たまま眉をしかめていた。
今まで空席だったところに知らない生徒が座っているうえ、自分を凝視しているのだから当然だろう。
彼の視線は、翼の顔から順に下へと移っていく。
「おまえ、それ……」
「あっ、こ、こんなの着けてきてごめんなさい!」
翼は三澤の視線が留まった左手首を右手で覆って隠した。そこには赤いラバーバンドが着いている。
これは病気になって以降、翼の闘病生活を支えてくれた大切なお守りだ。
条件反射のように謝ってしまったが校則違反ではないはずだし、三澤の赤い髪のほうがよほど校則に触れると思う。
それなのに、三澤は翼の隠した手首をジッと睨んでくる。
どうしていいかわからず、翼はラバーバンドをしっかりと隠すように手首を握ってうつむいた。
それでも三澤の目線がまだ翼の手元にあるのがわかる。さらに彼は、翼になにかを言いかけていたが、教師が話し始めたので逃れることができた。
チビでヒョロヒョロした翼が目立つ色のラバーバンドを着けているのが気に喰わないのかもしれない。不良とはちょっとしたことで因縁を付けるきらいがあるのを、漫画を読んで知っている。
目を付けられませんように、目を付けられませんように……翼はお守りのラバーバンドに右手を当てて、そう祈った。