インターハイ予選が始まった。地区大会は難なく勝ち上がった。神奈川県大会。新人戦よりもさらに力をつけてきたライバル校たちに苦戦を強いられることもあったが、なんとか勝ち進み、迎えた決勝戦。翔太は、夕陽ヶ浜学園のユニホームを着て、ベンチから戦況を見守っていた。
バレーボールは6人でボールを繋げて得点する競技。ユニホームが着られるのは、スターティングメンバーの6人とリベロを含むベンチメンバー8人の計14名。夕陽ヶ浜学園男子バレーボール部の部員数は、現在39名。毎日どれだけ努力をしても、ユニホームがなければその日、試合に出場することはできない。上級生も下級生も関係なく、その時一番強いチームにするために、メンバーは選出される。
そんな厳しい条件の中で、翔太は1年生にも関わらずユニホームを着ることができた。大宮もセンスの良さとチームトップレベルの身長を買われ、同じくベンチメンバーに選出された。しかし、翔太も大宮もユニホームがもらえただけでは、満足しない。どんな試合でも、大声を張り上げて応援しながら、わずかな出場機会がいつ来てもいいように、ずっと準備をしていた。
「優勝が目の前に見えてきたからといって、気を許さず、一点を大事に取っていこう。」
試合は終盤。わずかに夕陽ヶ浜学園がリードしたところで、相手チームのタイムアウト。コート内で繰り広げられている激戦に、選手たちの息も上がっている。そんな選手たちに、部長の高山が声をかけた。
「日下部、いける?」
空に声をかけたのは、同じく3年でセッターの三浦奏。攻めたトスワークで相手のブロックを振り回しつつ、スパイカーの好みに合わせたトスを丁寧に上げる、セッターとして非常に優秀な選手だ。問われた空は、こくんと頷いて見せた。息は上がっているものの、まだまだ体力には余裕がありそうな表情だった。
「よし、一点ずつ!焦らず行こう!」
今度は副部長の斉藤が声をかけた。それに続いて、全員が気合いの入った声をあげる。その輪から一歩下がった位置で、翔太は空をじっと見つめていた。ずっと、ずっと憧れ続けた空のプレーをこんなにも近くで見られるのは、本当に幸せなこと。でも、それだけじゃ足りない。外で見ているだけなんて、満足できるわけがない。
たった幅5cmのラインを越えた向こう側。立ちたい。空と同じコートに、立ちたい。そのチャンスが目の前にあるのに、コートの外で指を咥えて見ていることしかできないのが悔しくて仕方ない。
一進一退の攻防が続いていたが、織田のバックアタックから一点が入り、夕陽ヶ浜学園がマッチポイントを迎えた。あと一点。だけど、この一点を取ることが何よりも難しいことを、翔太たちは知っている。ここから試合の結果がひっくり返ることもあり得るのがバレーボール。最後のその一点が決まるまで、勝負は終わらない。
高山の力強いサーブが相手コートに打ち込まれるが、相手もそう簡単に落とすはずがない。ボールは繋がれ、今度は相手から強いスパイクが打ち込まれる。それに反応したのは、夕陽ヶ浜学園の守護神、2年でリベロの小南映太。小柄だが、自分よりもはるかに高い位置から叩き落とされたボールに体当たりで向かっていく。乱れたボールをセッターの三浦がなんとか繋ぐが、立て直せずボールは再び相手コートに・・・。
こちらも簡単に決めさせるわけにはいかない。長いラリーになる。翔太は声を出すのも忘れて、目の前の試合を見つめていた。双方のチームとも、選手たちはみな肩で息をしているが、その足を止めることはしない。
相手からの何度目かの攻撃を、2年でミドルブロッカーの安原敬五が手のひらに当てて、その勢いを殺す。ふわりと浮いてこちらのコートに入ってきたボールをリベロの小南が丁寧に上げた。そのボールは綺麗な弧を描き、セッター三浦の両手に吸い込まれる。翔太は、空がスパイクモーションに入っていることに気付いていた。きっと、三浦は空にトスを上げる。そしてきっと、そのスパイクは優勝を決めるだろう。なぜか分からないけど、そう確信した。
「日下部!」
翔太の読み通り、三浦はそのボールを空に託した。寸分の狂いもなく、空が待つ方向へと飛ばされたボール。そして、空は大きく飛び上がった。何度見ても、空のスパイクフォームは美しかった。
「いけ・・・!空くん」
翔太は、ほとんど絞り出すように声を出す。と、同時に空の腕が思い切り振り下ろされた。バチンとボールを叩く音がした、その直後、相手コートにボールは叩きつけられた。
“ピピーーッ”
試合終了を告げるホイッスルが体育館中に鳴り響き、歓声に包まれた。夕陽ヶ浜学園男子バレーボール部はインターハイ出場を決めた。歓喜に沸くチームの中で、翔太は一人拳を握りしめていた。