2 5月
 翔太たちが夕陽ヶ浜学園に入学して1ヶ月が経とうとしていた。そして翔太は、この1ヶ月でしっかりと現実を突きつけられていた。それは、男子バレーボール部のレベルの高さだ。

 練習は入学式より早く、入寮した翌日から参加することになった。新入生は翔太を含めて十名。前日に仲良くなった大宮ももちろん一緒だ。どんな楽しいことが待っているんだとわくわくしながら始まった練習だったが、翔太が想像していた以上にハイレベルな練習が繰り広げられていた。

 関東近郊はもちろん、翔太のように遠方からも高いレベルの選手たちがここには集まってくる。そんなことは重々承知だったが、やっぱりすごかった。そんなありきたりな言葉しか出てこないほど、ここにいる人たちはみんなすごかった。中学時代、生半可な気持ちで部活に取り組んできたつもりはない。全力で目指せる限りの上を目指してやってきた。特に空のバレーに出会ってからは、これまで以上に努力を続けてきたつもりだった。でも・・・

「このままやったらあかん・・・。」

 不安と焦燥感に駆られながら、それでも1ヶ月必死に食らいついてきた。ボール拾いしか出来ない日もあった。きつい筋力トレーニングばかり続いた日もあった。でも、無駄なことは絶対にないと、与えられたメニューを黙々とこなしてきた。

 一方で、憧れの日下部空との共同生活の方は、思いのほか順調だった。授業の時間を除いて、朝から晩までずっと一緒だった。朝、起きるタイミングも一緒、寮を出るタイミングも一緒。当たり前だけど、朝練がある日は同じ場所に向かうし、放課後は練習で顔を合わせる。さらに、自主練習にも参加し、ほぼ同じタイミングで帰寮する。

 最初の二、三日はそれでも緊張した。憧れ続けた選手と生活を共にするなんて、想像もしていなかった。気を遣って話しかけてみても、素っ気ない返事が返ってくるだけ。そもそもそんなに感情が表に出ないタイプだろうと、試合を見ていて分かってはいたが、想像以上だった。嫌われているかもと不安にもなったが、みんなが口をそろえて、「日下部は誰にでもあんな感じだから気にするな」と言ってくれた。

 そのうち、会話も少しずつ増えてきて、それなりに快適に寮生活を送ることができている。

 普段何に対しても無気力な空だが、ことバレーボールに関しては180度違っていた。表情に変化が少ないことは確かだが、気持ちよくスパイクが決められたとき、綺麗にレシーブが返った時は嬉しそうだし、反対にうまくいかない時は苛立っているようだった。

 憧れの日下部空も人間だった。ロボットではない。いいときもあれば、悪いときもある。寮ではだらしなくベッドに横たわっていることもある。今だって、放課後の練習の後自主練までやりきった空は、部屋に入るや否や、ボスンとベッドに倒れ込んだ。

「あ~疲れた~。」
「お疲れ様でした。空くん今日あかんかったですね。」
「・・・うるさいよ。俺だって人間だから、いつも絶好調なわけないじゃん。」
「それはそうですけど。」
「お前も言うようになったね。まだ大してボールも触らせてもらえてないのに。」
「ちょ、それは言わんといてくださいよ!」

 仲良くなれたかは分からないが、少なくともこんな風にだらしなく横たわる憧れの先輩に、軽口をたたけるぐらいには打ち解けられた。そして、もう一つ分かったことは、空は普段ほとんど表情が変わらないが、翔太をからかう時だけは、ケラケラと愉快そうに笑うということだ。それは寮だけでなく、部活中にも見られるため、先輩たちにも「日下部、小柳からかってる時はいい表情してるよな。」と最近よく言われる。

 別に嫌な気はしない。憧れの選手が意外とだらしなかったり、常に絶好調なわけじゃなかったり、自分のことをからかってきたりすると分かっても、やっぱり翔太は空のバレーボールが好きだった。別メニューの練習をしていても、ボール拾いをしていても、自主練中もずっと空を見ていた。

 日下部空は天才だと思うけど、それだけじゃない。一見、やる気が無さそうに見えるけど、そうじゃない。あの日、あの春高の決勝を決めた、あの一本も、まぐれでも奇跡でもなく、空の努力の賜だと、間近で見るようになって思った。

 だから・・・だから、どうしても許せなかったのだ。