(昨日のクソジジイ。セット料金だけでお触りとか馬鹿にしてるの?)
景気が悪くなると客の金払いも態度も悪くなる。
酒が好きで、男にチヤホヤされるのが好きだから始めたキャバ嬢の仕事にもウンザリしてきた。
人気ナンバーワンになったって、日々生意気な新人が入ってくるし、古株は足を引っ張ってくるし、戦いは終わらない。
同伴出勤の予定を『低気圧キツイよぉ泣』と強制キャンセルし、カフェでホイップ特盛のフラペチーノを買う。
エナジードリンクより、脂肪と甘味が私を奮い立たせる。これをおいしい、と思えるうちはまだこの街に居場所があると勝手に決めていた。
MacBook Airをカチャカチャターン男に挟まれて座るのはごめんだから公園に避難する。
子連れが帰り、カップルがイチャつくまでの間なら、ド派手な女が一人でいても許されるのだ。
日当たりの良いお気に入りのベンチには先客がいた。
長い尾を抱きしめて眠る真っ黒な猫はツヤツヤで、野良とは思えない気品があった。
「猫は現金稼げないけど、気に入らない時に引っ掻いてもOKだし、枕営業ないし、タイプのイケメン見つけて着いてっちゃえば飼ってもらえるし、最高では?」
長過ぎる独り言は虚しくなるのにやめられない。
またやってしまったと肩を落としていると、黒猫が起き上がり大きく伸びをした。
「アンタ馬鹿?」
しっとりとした低音が響く。声だけでイイオンナ確定の美声は目の前の黒猫から聞こえた気がする。信じられずに、猫に顔を近づけた。
「ね、猫、喋った?」
「だから何よ。猫になりたいなら、私と体を交換しましょうか」
「はぁ?」
ぽかんと開けた口に猫は手を突っ込んだ。
舌の上に、ぷにゅんと柔らかな肉球の感触。
「う、えぇぇ?……にゃぉ、にゃにゃにゃ???」
「じゃ、そういうことで!」
こちらを見下ろす美しい美女っていうか、私だな……?
猫の言った通り、私は猫に、猫は私に。
新しく手に入れた黒い毛皮はツヤツヤで、お日様の匂いがした。
とりあえず、昼寝するか!
自由気ままな猫の暮らし、最高と思ったのも半日だった。
高校生はやたら写真を撮ってくるし、酒臭いオヤジはいきなり抱き上げてタコみたいに唇を突き出してきた。思い切り顔を引っ掻き、逃げられたと思ったところで、不細工なオス猫が登場。望まない追いかけっこをする羽目になった。
結局、猫になっても変わらなくない⁉︎
しかも家無し、金なし、仕事なし。
「にゃおにゃおにゃお!」
つんでる!やばい!しぬ!
って言ったつもりです。
暖かいベッドで眠りたい。
もう誰でもいいから連れてって!
手当たり次第に、体を擦り付けたが、結果は惨敗。
イケメン:ペット不可物件に住んでるんだ。
フツメン:出張中でホテル住まいです。
おじいちゃん:はっくしょーい(猫アレルギーか?)
私、こんなに素敵なのに、ツイテない。
諦めかけた時、いい匂いのする手が差し出された。
いきなり触らないで、匂いを確かめさせてくれるってポイント高い!
しかも、び、美女がキター!!!
もうあなたに決めた!!
「ふわふわ!やっぱり私の毛皮は最高だわ」
っていうか私だわ。中身は猫だけど。
「かわいいね? 行くとこないの? 泊めてあげよっか?」
白々しいセリフで煽られても、相手が美女なら悪くない。
やっぱり私、自分の顔好きだ〜!
「にゃおにゃおにゃにゃにゃ!(何勝手なこと言ってるの?それ私の家でしょ〜!)」
猫の私は、猫が入っている私をにらみつけた。
揺れ出す尻尾が勝手に不機嫌さを表す。
「はいはい、うるさい。嬉しいくせに。っていうか家どこ?案内してよ」
「にゃにゃにゃにゃにゃ(なんだ、アンタ困ってるんだ。助けてあげてもいいけど?)」
「自分だって困ってるくせに。じゃ、一緒に暮らそっか。一人と一匹っていい感じじゃない?」
え、こんな美女が誘ってくれるの?最高!
って違うの。私メンクイ過ぎ。すぐ乗せられちゃう。
「にゃー!!(体を返せ!!)」
「私の気が向いたらね。今夜はお祝いにチュール買ってあげるから」
「にゃーん!」
チュールの美味しさを体が記憶していた。
媚を売るように愛らしい鳴き声がこぼれだす。
「にゃおにゃおにゃにゃーん(もう全然意味わかんない!食べたことないのに、食べた〜い!)」
いてもたってもいられなくて、猫入り私の足元をぐるぐる歩き回る。
私のお気に入りのヒールは、猫が体をこすりつけるにも完璧だった。
「猫もいいもんでしょ?」
「にに、にゃ〜ん(いやいや、人間だっていいもんでしょ?)」
帰路の途中にあるカーブミラーを見て、思わず長い尻尾が満足気に揺れた。
月光の下で黒猫と美女が笑う。
なんか、いいじゃん。