「奈月さん。あたし、今日は用事があるけえ出かけるね」
朝の出勤前。朝食を食べてコーヒーを飲んでいると、私よりも遅く起きてきた美月が言った。
「そうなんだ。もしかして日帰りで実家……とか?」
美月がうちに居候を始めてそろそろ一週間。私が仕事に出かけているときは、アクセサリーを作ったり、部屋を掃除してくれたり、近所に買い物に行ってたまに夕飯を作っておいてくれたり。美月は基本的に私の家にいた。
話を聞く限り、こっちに出てきているという学生時代の友達とも連絡はついていないらしい。だからもしかして日帰りで広島に……と思ったのだけど。
「まさかあ、帰らんよ」
そんなはずはなかった。
美月が顔の前で手を振りながら、あっけらかんと笑う。
あれから何度も、お父さんに会いに行ったほうがいいと勧めているが美月はまったく聞く耳をもたない。
他の話は素直に聞くのに、実家のお父さんのことになると頑なになるのだ。
「じゃあ、今日はどこ行くの?」
「あたし、今日から単発バイトするんよ」
「バイト?」
「そう。今日いくのは、こっから三十分くらいのところにある大型スーパーの試食販売。このままずっと奈月さんとこにお世話になり続けるわけにもいけんじゃろ。じゃけえ、アクセサリー作りながら働ける単発バイト始めようと思って」
美月が慣れた様子で食器棚からマグを取り出して、作り置いてあるコーヒーを淹れる。
「バイトはいいけど……お父さんのことは? 一度顔見せに行かなくていいの?」
「いいよ。べつにあたしがおらんでも平気じゃろ。あっちにはお兄ちゃん家族も妹もおるんじゃけえ」
「そんなことないって。お兄さんはお兄さん、妹さんは妹さん、美月ちゃんは美月ちゃんでしょ。あれからちゃんと家族と連絡とってる?」
余計なお世話だとはわかっているけど気になる。
「ああ、なんか毎日お兄ちゃんから連絡くるよ」
「なんて?」
「お父さんに顔見せに来い。駆け落ち相手と住むにしても、いったん帰ってきて紹介しろって」
「ほら、やっぱり……」
私が顔をしかめると、美月が「だって」と不貞腐れたように口を尖らせた。
「紹介できる恋人なんてもうおらんもん。それに、帰ったらもう広島から出て来られんかもしれんじゃろ。奈月さんは迷惑かもしれんけど、あたし、この街での生活が結構気に入ってるんよ。じゃけえ、帰らん」
「気に入ってるならなおさら、ちゃんと親御さんと話してからこっちに出てきたら?」
「奈月さん、あたしもう二十五。おとななんじゃけえ、どこで何するにも親の許可なんていらんのよ」
「そうかもしれないけど、きっと心配してるよ」
「知らんよ、そんなん。帰ってくるなって言うたんは向こうなんじゃけえ」
「気持ちはわからなくもないけど……、どっちかが折れないとケンカは終わんないよ」
「だったら、お父さんが謝ればいいじゃろ」
そう言って、美月がプイッとそっぽ向く。こんなふうに拗ねてしまうと説得は難しい。
私はため息を吐くと、「バイト頑張ってね」と美月に声をかけて家を出た。
最寄り駅まで速足で歩き、いつも通勤で利用する電車に乗り込む。カバンからスマホを取り出して音楽を聴こうとしたとき、ふとトップ画面に表示された日時が目に止まった。
今日は九月十七日。私の誕生日だ。そういえば、この一週間、美月が家に来てバタバタとして自分の誕生日も忘れていた。
苦笑いで音楽を再生しながら、帰りに自分用にお祝いのケーキでも買おうかなと思った。
朝の出勤前。朝食を食べてコーヒーを飲んでいると、私よりも遅く起きてきた美月が言った。
「そうなんだ。もしかして日帰りで実家……とか?」
美月がうちに居候を始めてそろそろ一週間。私が仕事に出かけているときは、アクセサリーを作ったり、部屋を掃除してくれたり、近所に買い物に行ってたまに夕飯を作っておいてくれたり。美月は基本的に私の家にいた。
話を聞く限り、こっちに出てきているという学生時代の友達とも連絡はついていないらしい。だからもしかして日帰りで広島に……と思ったのだけど。
「まさかあ、帰らんよ」
そんなはずはなかった。
美月が顔の前で手を振りながら、あっけらかんと笑う。
あれから何度も、お父さんに会いに行ったほうがいいと勧めているが美月はまったく聞く耳をもたない。
他の話は素直に聞くのに、実家のお父さんのことになると頑なになるのだ。
「じゃあ、今日はどこ行くの?」
「あたし、今日から単発バイトするんよ」
「バイト?」
「そう。今日いくのは、こっから三十分くらいのところにある大型スーパーの試食販売。このままずっと奈月さんとこにお世話になり続けるわけにもいけんじゃろ。じゃけえ、アクセサリー作りながら働ける単発バイト始めようと思って」
美月が慣れた様子で食器棚からマグを取り出して、作り置いてあるコーヒーを淹れる。
「バイトはいいけど……お父さんのことは? 一度顔見せに行かなくていいの?」
「いいよ。べつにあたしがおらんでも平気じゃろ。あっちにはお兄ちゃん家族も妹もおるんじゃけえ」
「そんなことないって。お兄さんはお兄さん、妹さんは妹さん、美月ちゃんは美月ちゃんでしょ。あれからちゃんと家族と連絡とってる?」
余計なお世話だとはわかっているけど気になる。
「ああ、なんか毎日お兄ちゃんから連絡くるよ」
「なんて?」
「お父さんに顔見せに来い。駆け落ち相手と住むにしても、いったん帰ってきて紹介しろって」
「ほら、やっぱり……」
私が顔をしかめると、美月が「だって」と不貞腐れたように口を尖らせた。
「紹介できる恋人なんてもうおらんもん。それに、帰ったらもう広島から出て来られんかもしれんじゃろ。奈月さんは迷惑かもしれんけど、あたし、この街での生活が結構気に入ってるんよ。じゃけえ、帰らん」
「気に入ってるならなおさら、ちゃんと親御さんと話してからこっちに出てきたら?」
「奈月さん、あたしもう二十五。おとななんじゃけえ、どこで何するにも親の許可なんていらんのよ」
「そうかもしれないけど、きっと心配してるよ」
「知らんよ、そんなん。帰ってくるなって言うたんは向こうなんじゃけえ」
「気持ちはわからなくもないけど……、どっちかが折れないとケンカは終わんないよ」
「だったら、お父さんが謝ればいいじゃろ」
そう言って、美月がプイッとそっぽ向く。こんなふうに拗ねてしまうと説得は難しい。
私はため息を吐くと、「バイト頑張ってね」と美月に声をかけて家を出た。
最寄り駅まで速足で歩き、いつも通勤で利用する電車に乗り込む。カバンからスマホを取り出して音楽を聴こうとしたとき、ふとトップ画面に表示された日時が目に止まった。
今日は九月十七日。私の誕生日だ。そういえば、この一週間、美月が家に来てバタバタとして自分の誕生日も忘れていた。
苦笑いで音楽を再生しながら、帰りに自分用にお祝いのケーキでも買おうかなと思った。