「いただきまーす!」
 手を合わせて元気に言う美月の声も賑やか。
「いただきます」
 私も静かに手を合わせて、食事をいただく。
 美月の作ってくれたごはんは、ちょっぴり味が濃い目。だけどとてもおいしかった。
 外食以外で、誰かに作ってもらった料理を食べるのもひさしぶりだったから、美月の料理がなおさら温かくおいしく感じる。
「美月ちゃんの料理、すごくおいしい。こんなおいしいごはん、ひさしぶりに食べたかも」
 じわっと胸が熱くなるのを感じながらそう言うと、美月がケラケラッと笑った。
「もう、奈月さんてば大げさじゃねえ。あたしの作るもんなんて、ふつうよ。うちのお父さんの店で出してる料理とは比べものにならんけえ」
「美月ちゃん、お父さんの料理好きなんだね」
 私がそう言うと、美月がしまったというように手のひらで口を塞いだ。
「いや、べつに。そういう意味で言ったんじゃないんよ。いちおう、身内の店じゃけ、営業……、的な?」
 あわてて誤魔化す美月に、私はちょっと笑ってしまう。
 ケンカして家を出てきたと言っていたけど、美月はきっとお父さんや家族に愛情をたくさんもらって育ってきた子で。ほんとうは、お父さんのこともお父さんの料理も大好きなのだろう。
「ほら、奈月さん。冷めるけえ、早く食べんさい」
 ついにっこりしてしまう私を、美月が急かす。
 美月がたくさん作ってくれた料理を、私はおかわりもして食べた。食べ終えたあとは、美月とふたりで食器を下げて協力して洗い物をする。
 そうしながら、美月の話を聞いた。
 私が仕事に出かけているあいだ会う予定だった友達は、美月を泊められない事情があるらしい。
「なんか聞いたら、結婚が決まって彼氏と同棲しよるんじゃと。羨ましいわ」
 泡立てたスポンジをぎゅーぎゅー握りながら、美月が悔しげに言う。
「もうひとりの友達も連絡ないけえ、泊めてもらうのは厳しいんかも。奈月さん、厚かましいお願いってわかってるけど迷惑ついでに今日の夜まで泊めてくれん? 明日はビジネスホテルかマン喫探して泊まるけえ」
 泡のついた両手を合わせてお願いされて、私は小さく苦笑いした。
 そんなことだろうとは思ったけれど、二日目に突入して
美月との付き合いに慣れたのか、お腹が満たされて心に余裕があるからか、彼女のお願いを不快には思わない。
「いいよ。明日でも明後日まででも、とりあえずしばらくは泊めてあげる」
「え? ほんまに?」
「うん、ほんまに」
「うわー、ありがとう! 奈月さん、めっちゃいい人! あたし、奈月さんに出会えてほんまによかったわ」
 にこにこしながらそう言うと、美月が張り切って食器を洗っていく。単純で、裏表がなくて。美月の性格は子どもみたいだ。
 食器を洗い終わったあと、食後にコーヒーを淹れていると、美月のスマホが鳴り出した。
「もしかして、昼間連絡してた友達かな」
 その言葉に、私はなぜか少しドキッとしてしまった。
 友達と連絡がつけば、美月はきっとうちを出て友達のところに行くだろう。そのことを心のどこかで寂しいと思ってしまったのだ。
 美月はまだ、出会って二日のほとんど他人なのに。
 コーヒーを淹れながら美月を眺めていると、スマホを手に取った彼女が微妙そうに顔をしかめる。
「うわ、違う。お兄ちゃんじゃ……」
 低い声でつぶやくと、美月がスマホをテーブルに置く。着信は鳴り続けていたが、美月は電話に出ようとしない。
「いいの?」
 私がスマホを指差すと「いいの、いいの」と美月が笑う。
 着信が鳴り止んでからコーヒーをテーブルに運ぶと、スマホを手に取った美月が少し渋い顔をした。
「えー、ウソじゃろ」
「どうかしたの?」
 気になって聞くと、美月がちょっと躊躇ってから私にスマホを見せてくる。それは彼女のお兄さんらしき人とのラインのトーク画面だった。
【美月、今どこにおるん? 親父が倒れたけえ、すぐ帰ってこい】
 お兄さんからはそんなメッセージが届いている。
「え、倒れたって大変じゃない。すぐ連絡したほうがいいよ」
 心配する私をよそに、「えー、でもなあ」と美月が渋る。事情を聞けば、美月は家を出るときにお父さんから「二度と帰ってこなくていい」と言われたことを気にしているらしい。
「とりあえず、お父さんがどんな状況なのかちゃんと確認したほうがいいよ。電話で話したくないなら、ラインでも」
 私がしつこく言うと、美月は渋々お兄さんにメッセージを入れた。
【今、大阪。お父さん、どんな感じ? 緊急じゃないならラインで教えて】
 すぐに帰ってきたお兄さんからのメッセージには、お父さんが過労で倒れたこと。命に別状はないが、二〜三日入院することになったこと。「美月には連絡するな」と言っているが意地を張ってるだけだと思うと言うようなことが書かれてあった。
「これならそんなに心配せんでも良さそうじゃね」
 美月はほっとしたように言ったけれど、私はそうは思えなかった。
「そうかな。お互いに意地の張り合いしてるだけなら、美月ちゃんが素直に謝って仲直りしたほうがいいよ。時間が経つほど関係を戻すのって難しくなっちゃうよ」
「んー、そうかねえ……」
 私の家にはかなり不躾に乗り込んできたくせに、父親とのことになると美月が渋る。
 よほど父親のことが怖いのか、それとも身内だからこそ素直になれないのか。でもきっと、後者だと思う。私も同じだったから。