「さあ、今からどこ行く? 奈月さん、何食べたい? 肉系? 魚系?」
 美月が店を調べるためにスマホを取り出す。そうしてすぐに顔をしかめた。
「うわ、またお兄ちゃんからメッセ入っとる……あたしが無視してるから、一日に何度も入れてくるんよ」
「返事しといてあげたら? 心配してるんだよ」
「わかっとるけど、なんて言ったらいいん? 家族はみんな、あたしが今駆け落ち相手のところにいると思いよるんよ。だけど結局、ケンちゃんには裏切られてたし、頼る友達もいなくて、なんの関係もない奈月さん家に居候のままで」
「家族のことに関しては、ネガティヴだね」
「そりゃ、そうよ。ほんとのこと話したら、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも呆れ返るわ。合わす顔ない……」
 美月が落ち込んだ顔で、スマホを触りながらため息を吐く。
 健一のところには向こう見ずに突撃してきたくせに、家族への歩み寄りに慎重になるのは、それだけ家族が大切で、美月自身も家族に大切にされてきたことがわかっているからだろう。
 心配かけたくない。がっかりされたくない。傷付けたくない。そんな気持ちがこんがらがって空回りしている。
 スマホを見つめて難しい顔をする美月をしばらく見つめたあと、私は夜空の満月に視線を向けた。
 今夜は真ん丸な綺麗な満月。けれど、月のカタチはいつも完全なわけじゃない。満ちたり、欠けたり、そういうときも、そのカタチでちゃんと美しい。
「美月ちゃん、今すぐお兄さんに連絡してよ。週末帰るって」
 私の言葉に、美月が「え」と少し不安そうな顔になる。
「ごめん、奈月さん……やっぱり、あたしがいつまでも家におったら迷惑よね……」
 悲しそうに目を伏せる美月に、私はゆるりと首を横に振った。
「そうじゃなくて、私も一緒に行こうかなって。広島まで」
「え、なんで……?」
「広島って小学校のときの修学旅行で行ったっきりだから行ってみたい。それに、こないだ営業受けた美月ちゃんちの実家の定食屋も行きたいし」
 私がそう言うと、美月が途端にあたふたとし始めた。
「いやいや、奈月さん。うちの定食屋、ほんまにふつーの町の定食屋よ? わざわざ行くようなとこじゃないって」
「でもさ、私が一緒だったら美月ちゃんも帰りやすくない?」
 にこっと笑いかけると、美月がわかりやすく困ったような顔をした。
「美月ちゃんだって、ほんとうはお父さんが倒れたって聞いて気になってるでしょ。でも、家出みたいに出てきちゃったから意地張って帰れないんだよね? だったら、私を広島観光に連れてきたって名目で一緒に行こうよ。よかったらそのとき、今美月ちゃんとルームシェアしてますって挨拶もするよ。ご家族も、美月ちゃんが駆け落ちした男のところに転がり込んでるんじゃなくて、私の家に住んでてアクセサリーの仕事したりバイトしてるってわかったほうが安心なんじゃない?」
「でも……、何の関係もない奈月さんにそこまで迷惑かけられん……」
 迷うように瞳を揺らす美月を「今さらでしょ」と、笑いとばす。
「まだ知り合って一週間くらいだけど、私たち、お互いに恥ずかしいことも情けないこともいっぱい話し合ったよね。そんなん、もう友達じゃない? だから私は、美月ちゃんが困ってたら力になりたいと思うよ」
 健一に対して、本気で怒ってくれた美月ちゃんのために。
 いろいろな感情を抱えた私たちは、満月になる前の不完全な月のカタチのようで。欠けているところは、互いに思いやれる相手と補い合えばいい。そうすればきっと、堂々と美しく輝ける。
「うわーん、奈月さん、やっぱりめっちゃいい人! 大好きっ!」
 小さく肩を振るわせながら話を聞いていた美月が、勢いよく私に飛びついてくる。
「あたし、ケンちゃんに騙されてよかったわ。おかげで奈月さんに出会えたもん」
「いやいや、あいつに騙されたことを喜んじゃだめだって。気を付けないと」
「奈月さんもよ」
 微苦笑を浮かべる私に、美月がいたずらっぽく返してくる。
 お互いにしばらくじっと視線を合わせて、ふたりで同時に吹き出す。肩を寄せ合って笑う私たちを、黄金色の真ん丸な月の光が優しく照らしていた。
fin.