愛を雇いたかった理由。それは、『愛の矢』の射手としてだ。

 僕が所長を務める、『結婚相談所 キューピット』は、かつては、成婚率100%を誇っていた。その理由は、もちろん、恋のキューピットである僕が、運命の二人を、愛の矢によって結び付けていたから。

 愛の矢を受けた人は、たちまち恋に落ち、そのまま一直線に結婚まで駆け抜ける。そして、その運命の人とのみ、生涯を共にする。

 しかし、最近は離婚が増えた。それから、生涯おひとり様を貫く人も増えたのだが、その一因が、残念ながら僕にある。僕は、30年ほど前に、箪笥の角に肩をぶつけて以来、弓を思うように引けなくなってしまったのだ。

 事務所存続の危機に陥った僕は、神様が管理する人材バンクに、適性のあるアシスタントを推薦してもらうことにした。

 しかし、残念なことに、これまでのアシスタントの腕前は芳しくなくなかった。ほとんどの矢が運命の相手に届かなかったのだ。たまに、矢が刺さっても、刺さり具合が浅いようで、ちょっとしたことで、矢が外れてしまい、心が離れたカップルは、離婚してしまう。

 しかも、アシスタント達は、すぐに辞めてしまうから、困っていた。

「なぜ?」

 ここまでの業務内容を含めた、事務所案内を聞いていた愛が、首を傾げる。

「お手当のことで、ちょっとね……」
「まさか、この事務所は、ブラック企業なのですか?」

 愛の言葉に、僕は、ブンブンと首を振る。

「違う、違うよ。お手当は、歩合制にさせて貰ってる。1組成婚で、10万円」
「10万円……」
「前のアシスタントの人達は、……その……うまく成婚しなかったから、あまり、お手当が出せなくてね……。君の弓の腕前なら、そう難しいことではないよ。例えば、1週間に1組ずつ成婚させれば、1ヶ月後の収入は40万。悪い話ではないと思うけどなぁ」

 そんな話をしていると、ドアベルが、カランカランと鳴り、来客の訪れを知らせる。

 二人して、視線をドアの方へ向けると、ちょうど、ドアの隙間から、男性が顔を覗かせたところだった。

「あの〜、チラシを見てきたんですけど……」
「ああ、はい。少々お待ちくださーい」

 依頼者を外に待たせ、愛へと向き直る。

「愛くん、とりあえず、うちのシステムを理解するためにも、ここで、見学しててもらえないかな?」

 パソコン前の椅子を引き、彼女をそちらへ誘導すると僕は、愛想よく依頼者を室内へと招き入れる。

「どーぞー。中へお入りくださーい」